2021年12月27日月曜日

病理の話(611) 早い段階で見つけたほうが診断は難しい

「悪の芽は早めに摘むに限る」。この考え方は、人体においても通用する。たとえばがんのような病気は、育ち切ってしまうと大変なことになるから、なるべく「できたばかりのタイミングで見つけて、さっさととってしまう」のがいいだろう。「早期発見」の考え方だ。


ただしこの「早期発見」にはいくつか技術的な問題がある。とくに、「病気ができて間もない頃は、まだ病気らしさがはっきり出てこない」というのが、病気を早期に発見することを難しくしている。


たとえば、がん細胞。


進行したがんで、あちこちに転移しているような細胞は、(言い方は悪いけれど)医学生が顕微鏡をみるだけでもなんとなく「ああ、普通の細胞とは違うなあ」とわかりやすい。さらに、教科書と見比べることで、「あ、これはAというタイプのがんだな」「こちらはBというタイプのがんだな」と、分類までできたりする。

このようながん細胞は、通常の細胞からかなりわかりやすく、かけ離れているから、素人に毛の生えた程度の医学生でも見分けることができるのだ。ちなみにこの「形態が正常からかけ離れていること」を病理用語で異型(いけい)があるとか異型性があるという。


(※子宮頸部などの病気である「異形成(いけいせい)」とは漢字が違うので注意!)


一方で、まだ「がんになりたて」の細胞や、「もうすぐがんになる」くらいの細胞は、正常の細胞からのかけ離れが少ない。異型が弱い、と言う。



これらはたとえ話でイメージするとよいだろう。破壊の限りをくりかえし、たくさんの人に迷惑をかけるマフィアの構成員と、高校に入ってからちょっとグレて上靴のカカトを踏み潰すことで社会に反抗したつもりになっている若者とでは、「かけ離れ」が違う。カカトをふみつけ、髪型をいじり、校舎の裏でタバコを吸い、カツアゲ、万引きと犯罪に手を染めるごとに顔つきは悪くなっていき、カツアゲのあたりで一線を越えて補導されることになるわけだが、これが細胞においては「異型が強くなっていく」と呼ばれる。



今回の話は「がん」を例にあげたが、じつはこれと同じようなことは、がん以外の多くの病気でも認められる。たとえば、関節リウマチやSLEなどの膠原病(こうげんびょう)と呼ばれる病気、あるいは、潰瘍性大腸炎(かいようせいだいちょうえん)などの炎症性腸疾患、さらには肺炎などでも、病気のごく初期には「どんな名医でも診断できない」時期がありうる。

病気は、出始めには見極めにくく、名医がお金と機材を揃えて必死に探せばどんな病気も早くに見つけることができるというのは幻想なのである。

もちろん、最初からトップスピードで悪くなるタイプの病気というのもあって、これはもう、ひとことで「こういうものだ!」と断定できるほどのことではないんだけれど。

たいていの病気は、「超・初期に見つけられれば治療も楽だろうが、超・初期だと今度は診断がしづらい」というジレンマをかかえているものなのである。