病理医をやっていると、専門性とかサブスペシャリティとか呼ばれる、「自分の強み」が身についてくる。ただ、今日はむしろ、「弱み」の話をしたい。
ぼくを例にあげて説明する。
ぼくは市中病院に勤めているので、基本的にあらゆる臓器をまんべんなく診断する。胃腸、肝臓、胆嚢、胆管、膵臓、肺、乳腺、甲状腺、子宮、卵巣、膀胱、尿管、前立腺、リンパ節……。
しかし、このすべてに対してまんべんなく知識を持っているかというと、そういうわけではない。
たとえば、胃腸の病理についてぼくは詳しいが(これは「強み」である)、卵巣のめずらしい腫瘍の病理についてはあまり詳しくない(つまりは「弱み」だ)。自分ひとりでレアな卵巣病変をいちから十まで診断する自信はない。
「自分が専門としていない臓器の診断」。
これを責任もってやろうと思ったら、自分でなんとかしようというプライドだけではどうにもならない。
誰かに手伝ってもらう。
そのためのシステムが複数存在する。
まず何よりも大事なのは、「複数の病理医を雇用して、専門性を分担する」こと。
ひとりでカバーしきれないならみんなでやればいい。単純なことだ。
しかし、それにしたって限界がある。10人雇ったってせいぜい専門性は20個までだろう。病理の専門分野というのはもっと多い。おまけに、AさんとBさんの専門性が少しかぶっている、なんていうパターンもある。人を集めればすべて解決するわけではない。
それに、複数の病理医を雇える施設ばかりではない。いわゆる「ひとり病理医」という病院は全国に数多く存在する。
ひとりで病理医として勤務している人にも必ず「強み」と「弱み」は存在する。オールマイティになろうと思って勉強する姿勢はすばらしい。しかし、あらゆる臓器の最新医療の深みに到達するというのは物理的に無理である。
ではどうするか?
「コンサルテーションシステム」というのを使うのだ。
日本病理学会が窓口となって、「難しい症例の診断に答えてくれる人」と、「難しい症例を持っている人」をマッチングするサービスが展開されている。これが無料で行われていることは他科の医師にはあまり知られていないだろう。なんともすごい話だ。
「自分一人で病理診断なんてできるわけない」ということを、日本中(というか世界中)の病理医がよくわかっているから、相互互助の精神で持ちつ持たれつやっている。
では、コンサルテーションシステムさえあれば、経験が少なくても、勉強が足りてなくても、「ひとり病理医」として活躍できるものかというと……。
少なくとも、「コンサルト(相談)できるくらいには、その患者・その臓器のことを語れる能力」が必要なので、手放しでは喜べない。
自分の「弱み」をも具体的に分析しておく必要があるのだ。なぜこの腫瘍が珍しいと思ったのか? なぜ自分だけでは診断しづらいのか? どうして専門家の目を借りようと思ったのか? そういったことが説明できずに、「わからなさそうなので見てください」だけメールで送っても、適切なコンサルテーションは得られない。
「見立て」を人に頼ることもまた専門的な技術が必要なのである。弱みの部分を誰かに助けてもらうにも経験がいる。その意味で、病理診断には豊富な経験が必須なのだ。もっとも、経験を積み上げる土台にある程度の知性は必要な気がするし、経験を積み上げたあとに知性で色を塗るくらいのことはしなければいけないのだけれど……。