2020年12月29日火曜日

ブルガリアのほうがたぶん寒い

マフラーを巻いてからコートを着るのは、首筋からのすきまかぜを少しでも減らすためである。ダナーのスノーブーツ(短いが信じられないほど温かい)を履いて、家のカギを締めるのにも苦労するような厚手の手袋を履いて(手袋をはめている人はなにもわかっていないのだ)、車に乗ってエンジンをかける。すぐに膝掛けを取り出す。


そこでふと気づく。あれ、それほど今日は寒くないのでは……。


車のコンパネに表示された外気温をみるとマイナス1.5度だった。だったらこんなに完全装備じゃなくてもよかった。


とりあえず手袋だけを脱ぐ。あとはまあ、車が温まってからでいいだろう。




経験的に外気温マイナス5度くらいを下回ると、これくらい完全装備しておかなければ出勤中にすっかり凍えてしまって、朝イチの仕事でうまくキータッチをできなくなる。いつしか冬はモッコモコになった。スタイルなど気にしていられない。


それでなくても冬至周辺は昼が短いのだ。世界が一番冷たいときにエンジンをかけさせられる車もかわいそうである。走行は12万キロを越えた。ときおりエンジンが身震いをする。


東京に住む友人たちが、こちらでいう「秋程度」の寒さで凍えているとき、はたからそれを見ていると、「おしゃれだからだよ。」と教えてあげたくなる。それで防げるわけがないんだ。あるいは、防げなくても大勢に影響がない程度の寒さなんだ。




かつて北欧から日本にやってきて、高校生時代のぼくに数学を教わっていたベルトーチカ・イルマ……いやこれは本名じゃなくてガンダムの登場人物だな……イルマじゃなくてイリ……しまった、名前を忘れてしまった。

とにかく、「なぜこんな場末の公文式に通ってくるの?」と不思議になるくらいの、アニメの中から出てきたかのような肌の色をした女の子とぼくはたまたま同じ公文式にいた。ぼくはとっくに公文式を卒業していたが確か知り合いに頼まれて数学の採点バイトをしていたのだったと思う。そこに彼女はやってきた。

イル……イリ……細身の彼女は冬になると、ミシュランマンもかくやという防寒をしていたことを覚えている。というか、今、思い出した。

彼女の冬に対する堂々とした備えっぷりは、すごくかっこよかった。

その後彼女は確か、ケンブリッジ的な名前のどこぞの大学の医学部に合格した。オックスナントカにも受かったしほかにもいろいろ受かっていた。あとから聞いて、ああ、かっこよかったもんな、なんて変な納得のしかたをした。


ぼくが彼女に数学を教えていたのは、単に向こうの文化では数学の進度が日本よりも遅くて、「ぼくの程度」でも十分通用したからだ。ぼくのほうが真の意味で「数学に強かった」わけではない。だいいち、北欧の母国語と、英語と、そしてカタコトではあったが日本語を使いこなしてぼくと「数学」でコミュニケーションをとるような秀才である、数学的センスだって申し分なかった。ぼくはたまたま日本という国に住んでいて、たまたま学校でイリなんとかよりも先に微分積分を習っていた、ただそれだけのことで、とてもじゃないが上から目線というか日本から目線で彼女を語ることなんてできなかった。


なんて言ったっけな……あの子の名前……。冬になってもずっと忘れていた。もっときちんと覚えておけば、いまごろ、あるいはTwitterで再開することもできたかもしれないのに。