2020年12月10日木曜日

病理の話(483) 病理医としてやれる病理診断以外のこと

病理医は、

・臨床医が診断・評価して患者の体内からとってきた細胞や臓器を、

・目で見て切って

・臨床検査技師さんにプレパラートにしてもらって

・それを顕微鏡で見て

・診断書のかたちにして臨床医ほか医療者向けに説明する

ことをやっていれば給料が十分にもらえる。これらをまとめて「病理組織診断」という。


しかし、病理医は、実はほかにもやれることがある。


あくまで「やれることがある」であって、「やらなければいけない」ではないが、自分が給料を稼ぐためとか自分が達成感を得るためといった「自分のため」以外にも何かやってみようかな、医療をもうちょっと担ってみようかな、と思った場合は、病理組織診断以外の仕事を同時に行う。ほかならぬぼくも、病理組織診断以外の仕事を勤務中に行っている。


(※医師免許があるからついでに他の仕事もしよう、といった「資格があるからやれちゃうバイト」については今回は割愛する。いわゆる「寝当直」(医者としてある決められた時間に当直室にいるだけでお金が発生する)などは、以下には書かない。ぼくはそういう「医師免許を活用してお金をかせぐこと」は、借金をして大学院に行っていた時代から一切やっていないし今後もやる気がないので、ぶっちゃけ、詳しいことはわからない。また、株取引など医師免許とは関係ない仕事については興味がないので書けない。他人の趣味に口出しをするつもりもない。)



病理診断以外の仕事その1: 細胞診(さいぼうしん)

病理医が行う病理組織診断以外の仕事として最もポピュラーなのは、「細胞診」である。えっ、細胞をみて診断するのはふつうに病理医の仕事でしょ? と思われるかもしれないが、「組織診(そしきしん)」と「細胞診(さいぼうしん)」は微妙に異なる仕事で、今ここでとりあげているのは「細胞診(さいぼうしん)」のほうだ。


細胞診は、臨床検査技師さんが主として行う。ただし、臨床検査技師さんだけでは仕事を完遂できないことになっていて、細胞診の最後には必ず病理医がチェックをする。このとき、ふつうの病理医が持っている「病理専門医」とは違う資格が必要で、「細胞診専門医」という資格を別に持っていなければいけない。病理専門医の資格をとること自体が決して簡単ではないが、細胞診専門医の試験は段違いに難しい。かくいうぼくは、病理専門医の試験は学生時代や大学院時代の勉強と診断補助経験を活かして労せず取得することができたが、細胞診についてはめちゃくちゃ受験勉強をした。英検に例えると準2級と準1級くらいの差があると思う(※ぼくは準1級持っていないので適当に言いました)。

細胞診専門医のほとんどは病理医である。まずは土台としての病理専門医を取った上で、細胞診専門医という「二階」を積み重ねることで、ようやく臨床検査技師さんたちの仕事の手伝いができる

よく病理医は、「技師さんに手伝ってもらって病理診断をする」などと偉そうにいうのだが、細胞診(さいぼうしん)という局面においては逆に技師さんを手伝う側にまわるのだ。持ちつ持たれつの関係によりお互いの仕事が鋭くレベルアップする。細胞診をやっていない病理医は、技師さんにお手伝いしてもらうばかりで、お返しをしていない……とまで言うと言いすぎなのだけれど個人的にはそのように感じている。



病理診断以外の仕事その2: 検査室の管理

病理医のはたらく病理診断科という部門は、病棟をもたず、臨床検査技師さんと一緒に作り上げる場所だ。そしてたいていの場合、「臨床検査室」に附属していることが多い。

検査室を取り仕切るのは基本的に技師さんたちだ。しかし、近年、臨床検査「科」にも医師をおくべきだという意見がある。そして臨床検査専門医という制度も存在する。血液検査や生理検査、一般検査、細菌検査など、画像診断以外のあらゆる検査を統括する医師が必要だろう、という考え方だ。それ自体はいいことだと思う。

ただしこの「臨床検査専門医」という資格は極めてマイナーで取得者が少ない。聞いた話だが、北海道には20人もいないという噂もある(それどころか一ケタだと言う人もいる)。資格をとるには事実上、大学での勤務経験が必要なので、大学で働いていないぼくをはじめ、多くの市中病院の医師たちはそもそも取得できない。

ではほとんどの病院の臨床検査室は医師抜きで回っているということか? まあぶっちゃけそうなんだけど、病理医がいる病院では、病理医が臨床検査科の維持業務の一部を手伝っていることもある。いつも病理診断部門で技師さんと持ちつ持たれつやっているのだから、病理以外の検査技師さんのことも手伝おう、と考えるのは当然のことである。ぼくは臨床検査専門医資格はもっていないのだけれど、「臨床検査管理医」というチョロい資格をいちおうとっていて、まあこんなもの申請して講義を受ければすぐ取れるんだけど、「臨床検査室を管理する手伝いをしますよ!」と宣言している。予算でめんどくさいことがあったとか、技師さんが勉強会を企画する、とか、技師さんが論文を書きたいなどといったときに、事務作業やアイディア出しなどを一緒になって手伝う。



病理診断以外の仕事その3: 臨床・病理対比

病理医は日ごろからおおくの医者を相手にして書類仕事を行う。「医療における総務課ポジ」的なところがある。ただし医療の知識は持っているので、毎日顔をあわせる臨床医たちと、医学的な話について相談をしたり、ときには論文作成を手伝ったり、共同で研究をしたり、臨床医がみた患者の姿を病理の知識を使って解釈し直したりする。「臨床」と「病理」を照らし合わせる。この作業を雑談だとか暇つぶしのように捉えている病理医……なんてものはたぶんもうほとんど存在しない(昔はいた)。最近の病理医はみな、臨床医との関係が良好で、コミュニケーション能力が高く、みんなに一目おかれて病院の中でなかなかいいポジションを勤め上げている印象がある(インターネット上にいる病理医は不満ばかり言っているなどとよく耳打ちされるのだが、ぼくが知る限り、ここ10年の病理医はかなり臨床医に愛されている印象がある)。



病理診断以外の仕事その4: 医学研究

多くの病理医は研究目線をもっている。めちゃくちゃ雑に言えば「医学の発展に寄与する」ことは病理専門医という資格の中に、あるいは病理医の給料の中に含まれているとぼくは考えている。どんな研究をどのようなかたちでやるのかはバリエーションがありすぎるのでひとまずおくが、基本的には論文を書くか、他人の論文を病理の力で良くすることがメインとなると思う。学会・研究会などに出席して発言することも含まれる。



病理診断以外の仕事その5: 教育・啓蒙

多くの臨床医と一緒にはたらき、日常的に文章を作る仕事をしている病理医は、教育現場との相性がいいと思う。病院内の研修医教育に携わり、病院図書室の書籍目録を充実させ、病院の研究費を統合して病院内外に向けた研究会を企画し、臨床・病理検討会(CPC)で活躍する。医療系の大学や専門学校での講義を行い、ときには一般向けの書籍を書いたりもする。




「病理医という特殊な職業人を、病院が医師としての給料を払って雇う」ということをぼくはだいぶ重く考えている。病理診断だけでももちろん給料分のはたらきはできる、それはまちがいない。でも、「あの病理医は雇って正解だったな」とみんなに思ってもらおうと考えるとき、ほかにもこれくらいの仕事があるぞと思っていたほうが健全なのではないか、という気がする。今日は日ごろから自分が何度も考えていた話なので長くなってしまった。