出張先の病院に着く。もちろん一言もしゃべらない。病理検査室に入る。1か月ぶりですよろしくお願いします。あとはもう、一言もしゃべらない。顕微鏡に向かい合い、積まれたマッペ(プレパラート入れ)を端から片づけていく。夕方まで診断をしたらホテルに向かう。途中にあるコンビニで晩飯を買う。パスタを温めてもらった。ビールを買い込む。ホテルまで歩いてチェックインして部屋にこもって、手を洗って、ジャケットもワイシャツもぜんぶ脱いで部屋着に着替えて、ビールを開けてパスタを食う。ずーっとしゃべらない。パスタを食べ終わる。
ああーと声が出た。それっきりまた一言もしゃべらない。
ビールは少々買いすぎたかもしれない。3本目の500ml缶を開けたところで飽きてしまった。PCを付けて音楽をかける。
ああーと声が出た。
いろいろと言いたいことはある。
コンビニでビールを買うとき、500ml缶だけを買うということはない。なぜか昔から、500mlの缶を何本買ったとしても、最後に必ず350ml缶を1本買い足してしまう。実際、500mlの缶を3本も飲むといつもぼくはいったん酒に飽きるのだ。そして飲みかけのビールを置いたまましばらくの間、音楽を聴いたり映像を見たりする。出張先ではどこにも出かけない、それは感染症禍に見舞われる前から変わらない習慣だ。3時間もだらだらと動画を見ながらTwitterやメールを返したりしていると、夜が深まったあたりで、ついさっきまでたどり着く気がなかった場所にたどりつく。
そこでぼくはもう一度だけ、いちからビールを飲みたくなる。ここぞとばかりに500ml缶のぬるいビールを流しに捨てて、冷蔵庫の中にもう1本だけ残った、冷たい350ml缶のプルトップに指をかける。
だいたいそこで本当の無言にたどり着く。