タイトルの「誤診を防ぐための技術」は、きちんと読んで欲しい。心の目で読み、心の脳(?)できちんと考えて頂く必要がある。
誤診を防ぐための技術――を――身につけろ!
誤診を防ぐための技術――が――重要だ!
誤診を防ぐための技術――がないと――誤診するぞ!
……おわかりだろうか。
技術が存在するからには、「その技術が磨かれてきた歴史」があるわけで、なぜこれまで先人たちが技術を磨いてきたのかというと、それはもちろん、
「誤診をしてしまうから」
である。
そう、医者は誤診をするのだ。そのまま善意だけで暮らしていては。やむをえない。それくらい診断というのは難しい。
「人を救おう」という熱意に技術を乗せて、誤診をなるべく回避する。ありとあらゆる現代医学の粋を尽くしてもなお「誤診」するとしたら、それはむしろ現代医学の限界とでも呼ぶべきものであって、誤診と名付けることに問題が生じるが、もし、先人達の作り上げた技術を「知らずに」誤診をしてしまった場合……それは……ほんとうに悲しいことだが、ある程度、「医者本人の責任」になってしまう(ことがある)。
一例をあげよう。
30代の女性のリンパ節を顕微鏡で見ていたら、あきらかに素性のおかしいリンパ球が多数認められた。リンパ球のうしろに張り巡らされているこまかい血管の走行もめちゃくちゃである。数々の教科書をひっくり返して「絵合わせ」をすると、これはもう、どこからどう見ても「悪性リンパ腫」というがんの一種であろうと思われた。
病理医は慎重に教科書をめくり、「血管免疫芽球性T細胞性リンパ腫」という診断名を付けようと思ったが、ある「技術」によって、待てよ、おかしいぞ、と気づいた。
病理医は主治医に電話をかけた。
「この患者さん、てんかんのお薬を飲んでいませんか?」
すると主治医はびっくりして問い返す。「えっ? 腫れたリンパ節を見てもらいたかっただけなんですけれど、てんかんのお薬なんて関係あるんですか?」
おおありなのである。実はこの人は、「薬剤性リンパ節症」といって、とあるてんかんの薬(ヒダントイン、フェニトインなど)を飲んでいるときにたまにみられる、がんでもなんでもない、一切悪くないリンパ節の腫れだった。しかし、医者にとっては非常に難しいことに、この薬剤性リンパ節症、顕微鏡で細胞をみてもリンパ球系のがんだとしか思えない(区別がつかない)。
ここで病理医が使った技術とは、何か?
それは、「血管免疫芽球性T細胞性リンパ腫という病気は、ほとんどが40歳以降、中高年の方に発症する病気であって、30代に出るというのはかなりまれである」という知識を前提としている。
30代で血管免疫芽球性T細胞性リンパ腫っぽい像を顕微鏡で見たら、「抗てんかん薬などの薬による、薬剤性リンパ節症ではないかと主治医に電話をかけて問いただす」というのが技術だ。
おわかりだろうか。誤診を防ぐための技術というのは、「慎重になる」とか、「複数の人とディスカッションをする」とか、「免疫染色を変える」というようなものばかりではない。「知っていること」も技術に含まれるのである。
(※今日の記事は、雑誌『病理と臨床』2021年3月号の竹内賢吾先生の記事を参考にして書きました。文中に登場した病気や架空の患者と現実の患者・あるいは医療現場とは一切関係ありません。相当いじりました。)