2022年3月11日金曜日

病理の話(635) 病理の5W1H

「この臓器、お腹の中ではどっちに向いていたのかなあ……」


みたいなことが、たまにある。


病理医は全身あらゆる臓器に詳しい。胃とか肝臓とか肺などが手術で採られてきて、目の前にジャンと置かれたら、それがお腹の中でどういうふうに収まっていたのかは当然わかる。しかし……。


胃がんを「胃カメラで、粘膜の部分だけ切り取ってくる」という治療法がある。内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD, endoscopic submucosal dissection)という。ESDはお腹に傷をつけずに、胃カメラの先端から特殊な電気メスを出すことで、がんの部分だけをくりぬいてくる手技だ。すごく便利である。

しかしこの、「がんと、その周りだけをくりぬいてくる」をやられると、さすがの病理医であっても、「もともとこの粘膜が胃の中でどのような場所にあったのか」はわからない。


これは、「日本の都道府県が切り取られたジグソーパズル」に例えるとわかりやすいかもしれない。群馬とか石川とか、高知とか宮崎などのピースが置いてあると、我々はそれが日本のどこにあって、どっちが北を向いているかがわかる。しかし、「公園の中にチンピラが集まって集会をしているところです」という一場面だけをホイと渡されたところで、それがいったいどこの風景なのかはわからない。たとえ、「住所」が書き添えてあったとしても、「チンピラの親玉が公園の北側に立っていたかどうか」まではわかるまい。


病理診断のだいじな仕事のひとつに、「病気が、体の中でどのような場所に、どれくらいのボリュームで存在したかを事細かにマッピングする」というのがある。今は、札幌市内に存在する町中華すべてをグーグルマップ上でチェックできる便利な世の中であるが、それと同じように(?)、臓器のどこにどれくらい病気があるのかをマッピング(=地図に印を付ける)することで、より効率的に病気に対処することができる。


病理診断というのは、Whatだけに答える仕事ではない。「それががんか、がんじゃないか」を決めることを俗に質的診断というのだけれど、「質」以外にも、どこにどれくらい存在するか(where)や、周りの臓器にどのように影響しているか(how)を解析する必要がある。

これは、現代の医療が、「がんなら薬Aを使いましょう、がんじゃないなら薬Aは使いません」では終わらず、「がんがどれくらい広がっているかによって、薬A、薬B、薬Cを使い分け、場合によっては手術が一番いいですし、はたまた放射線治療のほうが効く場合もあります」みたいに、めちゃくちゃ細かくパターン分けされているからだ。

そして、究極的なことを言うと、病理診断では、このがんはいつからここにあったのか(when)を検討することもできるし、そもそもなぜこのようながんが発生したのか(why)にすら言及することができる。


5W1Hのほとんどを担うのが病理診断だ。唯一使っていないものは……「どれにする?(which)」だけである。でも、病理診断を受け取った主治医は、その結果をみながら、どの治療がふさわしいかと考えることになるので、ま、結局、5W1Hすべてにかかわることになるのだね。