ある病気か、そうでないかを診断するとき、さまざまな理由により、その診断に「ぶれ」が生じる。我々はそのぶれを制御するために、ある工夫をしている。
説明のために模式図を作った。これを見てほしい。
という特徴があるため、病気Aだと診断したら、治療をはじめるべきである。
ただし、診断を確定することは思った以上にむずかしい。
「このような症状が出たら病気Aだ」とか、「検査でこの値が異常だったら病気Aだ」と、誰が見てもわかるような目安があればいいのだけれど、そういうのはない。
じっさいに、さまざまな患者を診察してみた。「これはもう誰が見ても病気Aだな」とわかる人もいるが、中には、「ちょっと病気Aっぽい」とか、「わずかに病気Aのふんいきがある」という人もいる。
たくさんの人に対して「病気Aらしさ」を調べていくと、グラデーションがあることに気づく。まったく病気Aではない人が図の一番左側。ぜったいに病気Aの人が図の一番右側だ。図をもう一度載せよう。
みなさんもちょっと考えてほしい。赤い矢印の部分は病気Aだろうか? 黄色矢印の部分は? 青はまだ病気Aとは言えない、だろうか?
「ちょっとでも色がついたら病気Aとして扱っていいんじゃないの?」と考える人もいるだろう。しかし、思い出してほしいのだけれど、病気Aというのは「放置しておくと命にかかわる」という問題があり、「診断したらすぐ治療」しなければならない。
ほんとうに「青い矢印の部分」はすぐ治療するべきだろうか?
「すればいいじゃん、悪いことはないでしょ」というのは話をかんたんにしすぎである。あらゆる治療には副作用がつきものだ。病気Aと確定していないのに治療をすることは許されない。
そもそも、治療というのは「患者の人生の時間を費やして行うもの」だ。入院したことがある人ならわかるだろう。たとえば2週間入院したら、その分、「病院の外で自由に使えるはずだった時間」が2週間失われる。病気で人生がちぢまなくても、必要のない治療で人生の自由な時間をちぢめてしまったら、本末転倒である。
「病気Aかどうか」を確定するのが難しいので、研究者はいろいろと調べてみた。すると、あることがわかった。
この病気Aは、右側に行くにつれて「命が奪われるまでの時間が短くなる」。色が濃ければ濃いほど命に影響するのだ。一番濃い右端だと、数年以内に命にかかわる。しかし、赤い矢印だと、仮に病気Aと同じ結果をたどるとしても、10年単位だ。青い矢印だと、「100年くらい経たないと命にかかわらない」。
このような「程度の重さ」は、病気を考える上で非常に重要である。「たしかに病気Aかどうか」にグラデーションがあるだけでなく、「その病気Aがどれくらい深刻か」にもグラデーションがある。
そこで、診断者たちは、思い切って、病気Aかどうかという二択をやめた。