2022年3月30日水曜日

病理の話(641) 偉い人がやらないといけないのではないかという話

今日はいつもの「病理の話」とは少し方向が違うのですが、一度書いておきたいと思ったことを書きます。海外の病理医、特にアメリカやヨーロッパの病理医は、日本の病理医とはツイッターの使い方が異なる、という話です。


海外の病理医は、プライベートではなく仕事の一環としてツイッターアカウントを取得している人が多いです。本名・顔出しあたりまえの、Facebook的な使い方です。

これに対して日本では、本名を絶対に出さない人や、本名がある程度ばれていても通名・あだ名で使い続ける人のほうが多いです。そもそも病理医であると公には明かしていない人が多い。かろうじて病理医であることを「におわせる」Bioやツイートも見かけますが、完全に職業をマスクしている人がそれ以上にいっぱいいます(あとでこっそり教えてくれたりする)。病理医の運用するアカウントのうち「自分が病理医である」と明かしている人はたぶん3割くらいではないかと思います。

もちろん、あそびでつぶやいていることを職場と紐付けられては困る、という感覚でしょう。SNSのリスクマネジメントとしては大事なことだと思います。

ただし、実名でツイッターをやっていない以上、自分の研究成果をつぶやくことはできません。このため日本人病理医の多くは、学術成果をあまりSNSでシェアできないのです。


本名でツイッターをやっている海外の病理医たちは、学会発表や論文掲載時にすぐにツイートします。ですから、そういう人たちをフォローしていると、毎日最新の学術情報が手に入りますし、学会や研究会などが開催されると本当に盛り上がります。

日本ではまだそこまでには至っていません。学会ハッシュタグでは、「あの演題がおもしろかった」というような感想ツイートは少しずつ増えてきていますけれども、「自分の発表を自分で盛り上げるムーブ」がない。論文の著者に対してリプライで質問が飛び交うということもめったにないです。



ここにはSNSをどのようにとらえているかの文化的な違いがあるのかな、と感じることがあります。日本では、「ツイッターというおもしろいものがあったぞ! 仕事には使えないかもしれないけれど、趣味としてやってみよう」というアカウントの作り方が多いですが、米国病理医は最初から「学術活動のためにツイッターアカウントを作ろう」と考えている。

日本人病理医も、本名のサブアカウントを作って、顔写真と所属をしっかり載せて、まじめなことだけをツイートすれば米国病理医と似たようなことはできると思うのですけれども……そういう人は少数派です。




ところで、海外の病理医は、日常的に難しい症例の写真をツイートして、世界中の人と診断について考えたりもしています。

「こんな珍しい症例を見つけたのでシェアする。診断を考えて欲しい」

だったり、

「症例クイズだ。この写真から何を考える?」

だったりを日常的にやっています。


この「症例の写真をツイートする」というのを、日本の病理医がそのまま真似することはできません。なぜなら、日本の病理医が症例の写真をツイートすると、それは、患者の個人情報を垂れ流す、いわゆる守秘義務に反する行為になりかねないからです。

えっ、守秘義務だったら、米国だっていっしょでしょ? と思われるかもしれません。じっさい、一部の日本人病理医も、「アメリカではやってるんだから日本でもやって大丈夫だろ」と思っているふしがあります。でもこれは非常に危険なことです。

これまでも、日本人の病理医で、気軽に自施設の症例写真をツイートしていることが職場に通報されて、アカウントを削除しただけではなく、患者(らしき人)と訴訟になりそうになった人がいます(実例を知っている)。


なぜ日本人病理医がやるとトラブルを招くのに、アメリカの病理医は平気で症例写真をツイートできるのか? ここには、日米の病理医の「働き方の違い」がかかわっていると考えています。


まず、アメリカの病理医のうち、症例写真をツイートしている人は、「ものすごい数の施設で採取された標本を診断している」人ばかりです。アメリカの病理医は、その人がニューヨークに住んでいようとシカゴに住んでいようと、症例はロサンゼルスの病院のものかもしれないしデトロイトの病院のものかもしれない。なんなら、パリかも、バンコクかも、北京かもしれない。


でも日本人病理医は、基本的に、「その人が所属している組織の病理標本しか診断していない」。日本人病理医が病理写真をツイートすると、「ああ、○○県の○○病院で診断された病気なんだな」と、個人情報が多めに伝わってしまうのです。



ところで、病理医は、全身ありとあらゆる臓器の病気を診断する……ということになっていますが、たいていの場合はそうではありません。高度化しすぎた医療の現場で、あらゆる病気の診断をひとしくやることはほぼ不可能ですから、どうしても得意・不得意が出ます。

基本的に「自分が所属している施設、担当している部署によって、得意な診断が自然と決まってくる」のです。

アメリカでは特に、「病理医の専門性」がはっきりしているので、基本的に、自分の得意な臓器の診断「しか」しません。脳腫瘍が得意だというなら脳腫瘍ばかり診断している。胃癌だけとか、膵臓癌だけとか、小児炎症性腸疾患だけを診断している。

では、「専門外の臓器の病理診断」はどうするか?

病理医どうしの横のつながり、ネットワークを駆使して、ほかの施設の病理医にお願いしたりするのです。

A病院に勤めている胃癌病理の専門家は、B病院の胃癌もC病院の胃癌もD病院の胃癌もみる。かわりに、A病院の大腸癌は、C病院の別の病理医がみる。

こうやって、ネットワークで持ちつ持たれつ、コンサルテーションをお互いにきかせまくっているのが、アメリカの病理医……特に、コンサルタントとして有名になっている病理医です。

そういう人たちは、全世界から病理診断の相談をうけているので、手元に無数の「勉強になる症例」を持ち合わせている。ほとんど「歩く教科書」みたいになっているんです。

彼らのツイートは「教科書の一部をリアルタイムで更新している」のですね。世界中どこの人の症例かわからないから、個人情報的にもけっこう安全である。



では、日本はどうか。

日本でも、一流の病理医たちは基本的に「自分の専門臓器」を決めており、アメリカの病理医とおなじように横のつながりでコンサルテーションをしまくっています。そういう人は、どんどん症例の写真をツイートしてくれていいと思うのですが……。アメリカの病理医とは違うポイントがひとつだけある。

それは、「日本の偉い病理医はツイッターをやっていない」んです。

日本の偉い病理医がツイッターを実名でやっていれば、と思うことが頻繁にあります。学会や論文の成果をどんどんツイートし、コンサルテーション症例の写真を教科書的にツイートしていただきたい。すごく役に立つと思います。

でも、日本でツイッターをやっているのは、匿名で、所属施設を隠してプライベート中心にツイートしているばかり。

しかも、「基本的には自分の施設の病理診断だけをしており、さまざまな臓器を相手に病理診断するタイプ」の病理医が多いのです。

こういう人たちは、症例の写真を載せることで患者の個人情報(住んでいる地域やかかっている病院の名前)がわかってしまうリスクが高い。だからツイートできない。してはいけないと思います。



今日の話をあえて敬語で書いたのはなぜかというと、「日本では偉い病理医こそツイッターをやらないと、ツイッター学会みたいな取り組みはうまくいきませんよ」ということを伝えたかったからです。やる気があって改革心の旺盛な、「若者」が取り組んでも、こればかりはうまくいかない。心意気はよくても実際に多くのコンサルテーション症例を診断していなければツイッター病理診断は盛り上がりませんし、いくらSNSに長けていて言葉が上手であっても学術成果を上げていなければツイッター学会だって活性化しないのです。



というわけで全国の病理学会コンサルタントや病理学講座教授はただちにツイッターをはじめていただけますと幸甚です。USCAP(北米病理学会)に置いてかれるよ。