2022年3月15日火曜日

病理の話(636) 診断書には書いていない部分の相談

突然だが、サッカーの試合結果を伝えるニュースのことを考えてみてほしい。まず、ニュース番組の後半の短いスポーツコーナーや、あるいはラジオなどだと、下記のような伝え方であることが多い。


「ホニャララ競技場で行われた○○FC 対 □□SCの試合は、3-1で○○FCの勝利。○○FCは4位のまま、□□SCは12位に後退しました。」


基本的に、点数と順位を伝える。これが一番重要な情報であり、視聴者も最低限知りたい情報だ。


では、わりとスポーツコーナーが充実しているタイプの番組なら、どうか?


「○○FCと□□SCのカードは今年の5月以来。期待のダービーマッチです。開始から両サイドを中心に攻撃の起点をつくる○○FC。前半22分、右サイドをオーバーラップしたAがこの日3度目のクロスを上げ、ここにフォワードBが走り込んでヘディングで先制点。勢いもそのままに前半39分にも、今度は左サイドからCがわざありのアーリークロス、これにまたもBが合わせて追加点。2点リードで前半を折り返します。巻き返したい□□SCは後半33分、後半から交代で入ったDがペナルティーエリアすぐ外で倒されてホイッスル。フリーキックをEが直接決めて1点差としますが、反撃はここまで、2-1で○○FCの勝利、□□SCはホニャララ競技場では4年間勝ち星がなく、苦手意識を払拭できませんでした。」


最初のと比べると、だいぶ濃厚になった印象である。とはいえ、これでもまだ、「実際にサッカー場で見ていた人が感じ取ったニュアンス」には届かない


今の試合では、○○FCが何度も「サイド攻撃」を仕掛けていた。特に、先制点のきっかけになったのはサイドバックというポジションのAさんであった。彼がすごく目立つプレーをしたのは間違いないが、じつは、Aさんのチームメイトで、ボランチというポジションにいるベテランのFが、Aさんのプレーの1つ前に、うまくボールをさばいてAさんがプレーしやすいような場所にボールを出していた。相手の□□SCは、Fさんにプレッシャーをうまくかけられず、彼に自由にボールを持たせてしまったために、FさんはAさんにいつもいいパスを送り、そのおかげでAさんも何度もサイド攻撃ができて、前半のうちに3回もセンタリングできて、結果、先制点につながったのだ。しかし、Fさんによる玄人向けのボールさばきは、夜のスポーツニュースでは取りこぼされてしまった。

また、□□SCがどのように攻撃していたのかにも全然触れられていない。まるで一方的に○○FCが攻め込んでいるかのような印象を受ける。ニュースだけを見ていると、「○○FCが前半に2点も取っているから、きっと□□SCはやられ放題だったのでは?」と思いがちだが、往々にして2-1くらいのサッカーの試合では、けっこうどっちのチームも攻めたり守ったり忙しいものだ。サッカーって得点シーン以外でも惜しい部分やはっとするプレーがけっこうあるものなのである。

さらに言えば、前半に2点も取ることができた○○FCは、後半、1点も取れていない。ニュースだと全然触れられていなかったけれど、じつは敵側の□□SCの選手交代が効いていた。前半は、○○FCのボランチ・Fさんが思い通りにプレーしていて、右サイドも左サイドもすごく活性化していたので、□□SCの監督は後半に「Fさんを厳しくマークするD選手」を投入したのである。このD選手のプレッシャーが強く、Fさんは前半ほどうまくボールを回せなくなった。いらついたFさんは後半33分に、マークについたD選手を強く押してしまってファウルをとられ、フリーキックを与えてしまうのである。

こうして細かく解説すると、この試合は、良くも悪くもFさん劇場だったのだな、とわかる。

前半はFさんが縁の下の力持ちとなり、両サイドを活性化させて2点を奪った。ただし、Fさんはシュートしたわけではないし、シュート直前のセンタリングをしたわけでもないので、スポーツニュースでは写らない。

さらに、後半はFさんを自由にプレーさせないことで試合が膠着し、疲れのたまったFさんがファウルをして相手に1点を与えた。ただしこのファウルよりも、やはりニュースを見る視聴者が着目したいのは「誰がゴールを決めたか」なので、ファウルのシーンがFさんであったかどうかはあまりナレーションで語られない。


こういうことはしょっちゅうあるのだ。いい、悪いと評価したいのではない。「勘所をある程度長い文章で伝えたとしても、本当にその全貌を眺めていた人が見る風景に比べれば、伝わる情報はごく微々たるものだ」ということを言いたい。




で、本題に入るけれども(ずいぶん長い前置きだった)。



病理医の仕事は、プレパラートを見て病理診断を書くことだ。

このとき、「見て考えたこと」と、「実際に文章にして人に伝えたこと」の間には差がある。

どれだけ病理診断を細かく書いて、臨床医がその文章を念入りに読んでも、伝わらないニュアンスというものは確かにある。

そういうとき、臨床医はどうするか?


実際に試合を生で見ていたサポーター、じゃなかった病理医に、「ダイジェストはよくわかったのですが、実際、ふんいき、どうですか?」とたずねるのだ。


ここで病理医は、たとえば「がんと人体とのせめぎ合い」であるとか、「病気とは関係ない部分だけど、治療をした外科医などがここで少し苦労したろうなーという部分」などを、事細かに、まるで実況中継するかのように、答えられると……カッコイイ。



たとえ話のほうが長いというのもどうなのかという気はするけどまあよいでしょう。