2022年3月2日水曜日

わがままな客

小説やマンガなどの新刊はAmazonの順位が高い方がいい。書店もランキングを参考にして本を売ることができる。したがって、Amazonで書影を宣伝するのはみんなにとってwin-winだ……みたいな話を最初に耳にしたとき、「虫が良すぎる」と思った。

それはどこで売っても利益が得られる作家や出版社側の論理である。売る側(書店)にとってみれば、誰かがAmazonでポチっとするたびに、客が書店を訪れる機会がひとつ失われていると考えたくなるだろう。

「もともと書店に行けない人たち」にとっては本を買う手段がAmazonしかないってこともあるじゃん……というのも言い訳である。それは社会インフラの話であって、書店にとっての「これまで来てくれた客がこなくなった」の悲しさに変わりはない。

本の紹介記事にAmazonのリンクが貼っていれば、自然とAmazonで買うようになる。「1冊だけ探したい本があるなあ」と思って書店に歩いて行く人は、その1冊をAmazonで買ってしまえば、しばらくの間は本屋に行かなくて済むだろう。

売上げというのは往々にして、「ある1冊だけを買うために、家から所定の棚まで直線的にダッシュしてくるような人びと」によって支えられているものだと思う。アメトーーク読書芸人を見て買いに来ました、みたいな人たちを抜きにして、ベストセラーは語れまい。


一方で、書店員さんの中には、「Amazonで人気!のポップを描いて今までに何冊も本を売りましたよ」とにこやかに語る人もいる。

ある本屋は次のように言った。

「毎日ほんとうにたくさんの本が出ますからね、読む人たちはもちろん、売る側だってそんなの選びきれないわけですよ。だったら、Amazonのランキングを参考に、『この棚を見ておけば、いい感じに偏った本が手に入りますよ(笑)』という感じで、セレクトショップを目指してやっていくという方法です。この場合、Amazonは敵じゃなくて、本棚作りのための資料を作ってくれるボランティアさんみたいなもんですよ」

また、読者の側にも、たとえば持病などの理由で外出するのがいやになり、本屋にも図書館にも行かなくなったけれど、Amazonのおかげで出版文化を支え続けることができる、と喜んでいる人は多い。「またよくなったら本屋に行くんだ、それまではAmazonでがまんだ」という人の声を聞くと、ああ、いろいろあってよかったなあ、多様って人を救うなあ、と感じる。




視点を変えればストーリーが語る。良し悪しは多面的だ。「真実はいつもひとつ! でも角度によって見え方が変わります」というやつである。Amazonと書店の関係なんて話、ほんとうは、統計を引っ張ってきて「本屋の売上げが上がった、下がった」を調べれば、Amazonが良かったか悪かったかわかりそうなものだ……と思うが、実際にはもっとはるかに複雑で、真実はひとつかもしれないが解釈はひとつではない。ストーリーは語り手の好みによって好きなように後付けできる。




ある頃からぼくは、Amazonが書店にとっていい/悪いという話や、作家や版元にとっていい/悪いという話をするのをやめた。どう語ってもそれは「ぼくのためのストーリー」にすぎない。外向けに吹聴して回る話ではない。ぼくはぼくの視座から書店を応援するが、考え方は人それぞれである。ぼくはe-honやhontoを使うことで、ネット経由であってもリアル書店にお金を落とせることを便利だと思う。でも他人に強要するような話でもない。

そんなことを考えた末に、数年前くらいから、本を紹介する際にはなるべく「版元ドットコム」のリンクを貼ることにしている。


https://www.hanmoto.com/


版元ドットコムには、本一冊ごとに、さまざまなネット書店・リアル書店通販サイトへのリンクが貼られており、e-honもhontoも含まれているがAmazonだってちゃんとある。書籍ごとのちょっとしたポータルサイトになっているのだ。

あるいは、本を出してくれる出版社の書籍ページが、版元ドットコムのように「いろいろなネット書店・通販サイト」のリンクを貼ってくれている場合もある。自著の新刊の場合は、本を出してくれた版元に敬意を表して、版元ドットコムではなく版元そのもののサイトを貼ることも多い。


https://www.daiwashobo.co.jp/book/b595197.html



このやり方なら、イヤな思いをする人は(ぼくが考える範囲では)少なくなるんじゃないのかなあ、と考えている。幸い、各方面もそれをわかってくれているようである。

ツイッターを見ると、ぼくの本を買って感想を述べてくれる人たちは、「近場の書店で買いました」とツイートしてくださっていることが多い。かつて、自著のAmazonリンクを貼っていたときは、「即ポチです!」みたいなリプライをもらったこともあったが、そういうのは今はほぼなくなった。代わりに書店で買ってくださっているのなら、(ぼくのポジションからの身勝手な感想ではあるが)うれしい。

もっとも、Amazonでポチるのは、自分では未だによくやっている。応援している作家の本がいっぱい売れたらいいなと思うときに、あえてAmazonリンクを貼ることもある。このへんは理屈ではなくて、「わがまま」だ、それは自分でもわかっている。「わがまま」だからけしからん、と言われたら返答に困る。「わがまま」のうち、「それなりに無害」なものについては許容していただけないだろうか、という気持ち。


自著に関してAmazonリンクを貼らないことによる弊害は、今のところさほどない。本を出してくれた版元からすると、「もっとツイッターを使ってAmazonリンク貼ってがんがん宣伝してくれよ」と内心思っているのかもしれないが、実際にそのように言われたことは一度もない。ありがたいことだと思う。

あえて一つ言うならば、信頼できる本読みたちがAmazonでぼくの本を買わなくなったために、Amazonにレビューを付ける人の数が減った(Amazonリンクを貼っていたときと比べると歴然としている)。結果、アンチの低評価レビューだけが相対的に残ってしまって、評価が低評価寄りになるという現象は起こっている。ただし低評価レビューの文章から感じる「奇妙さ」を見ると、ぼくの愛する本読みたちであれば普通に「この人の言うことは何かおかしい、信用できない」と感じるはずで、実害はさほどないだろうと思っている。