2022年6月22日水曜日

病理の話(669) それは丸亀製麺と一緒である

ある病気を顕微鏡でみるとき、病理医はどれくらい細胞のありようをチェックしているのか?


一例として、とある「がん」にかかった臓器を手術で採ってきたケースを考える。


まず、「がん細胞」そのものを見る。がんは正常の細胞とくらべると、形になんらかの「かけ離れ」がある。診断書では「かけ離れ」とは書かずに「異型(いけい)」と書くがおなじことだ。細胞のボディが普通より大きい/小さい、濃い/薄い。細胞の核が大きい、色が濃い、中に見える核小体がやたらと目立つ/でかい。こういった「かけ離れ」をチェックする。

そして、がん細胞がどのように配列しているかをみる。正常の細胞は、部位や働きによって、決まった配列をとる。ジグソーパズルのように平面を埋め尽くすように配列することもあれば、パイプや試験管のように管の形をつくることもある。がん細胞だと、この配列に乱れが出る。ジグソーパズルだが普通のものと面積が違うとか、パイプかと思ったらやたらと分岐しているとか、そういう「かけ離れ」をもチェックする。


これらの細胞異型(いけい)は、がん細胞がどれくらい通常の細胞から隔たっているかを現す。そして、かけ離れが強ければ強いほど、基本的に、がん細胞の「悪性度」は高い。悪性度というのはつまり、どれだけ早く体に悪さをするか、みたいなものだ。


病理診断はこれで終わりではない。


どれだけ早く悪さをしそうか、だけではなく、具体的に悪さをしているところをもチェックすべきである。犯罪捜査では職務質問(悪そうなやつに声をかける)も大事だが、現行犯で犯罪の現場をおさえることも重要だろう。


具体的な悪さとはたとえばこういうことだ。がんがどれくらい広い範囲で正常の臓器を破壊しているかをみる。あるいは、がんがどれくらい「深い」ところまでしみ込んでいるか、という言葉を使う場合もある(これを深達度という)。

さらに、がんがリンパ管や静脈、末梢神経といった、元からあるインフラの中に潜り込んだり、それらを伝って移動しようとしたりする場合がある。これらを現行犯逮捕しておくことが重要だとされる。

リンパ管や静脈、末梢神経を伝った先で、臓器のまわりにあるリンパ節と呼ばれる構造や、臓器の周囲にある別の臓器にしみこんでいるならば、それもチェックする。



だいたいこれくらいの内容を、H&E染色という基本の染色を中心にして病理医は検討する。さらに、近年は、免疫染色や遺伝子検査といった手法をもちいて、がん細胞の「持ち物チェック」をする場合もある。パスポートを見て国籍をチェックしたり(原発部位の確認)、拳銃や麻薬を所持しているならばそいつはだいぶ悪いやつだろうと見定めたり(がんに特異的な抗原の検査)、スマホを見てどことやりとりをしているかを暴いたり(サイトカインやホルモンなどの伝達物質の調査)する。


これらのすべてを毎回行う必要はないが……。

最近の病理診断は、「どの病理医がやってもある程度クオリティが保たれる」ことを重要視している。できればどの病理医も、ある程度決まった項目をがんばってチェックしたほうがいい。最近は臓器ごと、病気ごとに、「病理医はこれこれの項目をチェックするように」というリストが設定されている。

リストを目にした医学生や臨床医は、しばしば、「なあんだ、病理医ってのは箇条書きのリストを埋める仕事なのかあ」なんて失望したりする。でもこれってすごく大事なことだ。

そもそも医療において、ある病気が「一流の病理医でなければ診断できない」という状態はダメである。全国津々浦々でおなじ診断が行われなければいけない。今目の前にいる患者の中にあるがんを「過去に別の病理医が診断したのと同じやりかたで」診断して比べられることこそが「いい医療」なのだ。これを難しい言葉で「均霑化(きんてんか)」という。全国の誰もがいつでも同じ種類の医療を受けられるように均(なら)すこと。

丸亀製麺は全国どこで食べても同じ味がするというのがすばらしい。医療も丸亀製麺なみに「どこでも同じ味」である必要がある。そうでなければならない。安くて早いことも大切だし。丸亀製麺は医療の目標である。

病理医は、孤高の天才であってはいけない。いや、天才でもいいんだけれど、他の人とまるで違う診断をしてしまうと、それは「これまでの医療の経験を活かせないし、これからの医療にも活かせない」ということになってしまう。だから、いい病理医ほどチェックリストをないがしろにしない。なあに、本当に頭のいい病理医ならば、リストを埋めた後にアンケートのように一言そえる診断コメントの中に、臨床医をうならせるような輝きを秘めるものなのだ。