今回の記事は特に研修医あたりをターゲットとして書く。
……と、いうように、記事にはある程度のターゲット設定がある。誰でもやってることだろう。札幌のすし屋についてのブログを書くならターゲットはおすしが好きな人。ナマモノがいっさい食べられない人は、すし屋についていっぱい書かれたブログはあまり読まないと思う。
もちろん例外はいくらでもあるだろう。自分ではおすしは全く食べないけれど、札幌にお客さんがやってくるときに、おすしを食べたいと言われたから急いでお店を探している……みたいなニッチな人も、記事にたどり着く可能性はある。
だからといってブログ記事の最初の部分に、
「みなさんこんにちは! おすし好きですか? おすし食べられない人もいますか? おすしが好きな人は自分がおすしを食べるときのことを、おすしが食べられない人は誰かにおすしを食べさせるときのことを、おすしで商売している人はすし屋がどれくらいもうかるのかってことを、考えながら今日の記事を読んでみてください!」
とは書かないと思う(こんな記事も読んでみたいとは思うけど)。
やっぱり書き始めるならこうだろう。
「おすし、おいしいですよね! 今日は札幌のステキなおすし屋さんをいっぱい紹介しますよ!」
病理診断報告書、すなわち病理のレポートも、これと同じだと思う。
どんな人が読むかはわからない。ターゲット外の人が読む可能性はある。
だから、病理に対して知識がある人も、知識がない人も、読みやすいようにレポートを書くというのはきわめて大事なことだ。レポートをバリアフリー化しておく、みたいな。
けれどもその上で、やはり、病理レポートというものは、
「病理診断に興味がある人がよろこんでくれるように書く」。
「病理診断に期待している人をターゲットとして書く」。
これがいいんじゃないかなーと思うところがある。
どうせ大多数の人は専門的な病理レポートなんて読まないだろ? 良悪だけわかってりゃそれで大半の臨床医は十分なんだからさ!
とか。
あとで責任問われないように、Aという意見とBという意見とCという意見をひたすら併記しよう。この所見はAにマッチするけれど、この所見はBにマッチするし、しかしこの所見がCを示唆するから……
とか。
これって病理診断を大事にしている、病理診断に興味がある、病理診断をよりどころにしている、本来のターゲットたる人を、ないがしろにしたレポートじゃないのかなーと思うのだ。
すべての文書は当たり前だけどコミュニケーションである。ツールというよりも、文書そのものがまさにコミュニケーションの現場そのものだ。病理医というのは患者や医者と直接しゃべる機会がそれほど多くない(多い人もいるけどさ)。だからこそ、文書の中に、自分の思いの丈をほどよく書いておかなければ、それはやっぱり、伝わらないのである。病理に興味がない人もいるからさあ、とか、病理にあまり難しいこと書いても臨床医はわからないだろうしさあ、とか、そういう言い訳はおいといて、とりあえず、病理医自身は、何を思って何を信じて何を伝えたいのか。
という内容の今日の記事を、ぼくは今日、病理医に興味がありそうな研修医をターゲットとして書いた。
2019年6月28日金曜日
2019年6月27日木曜日
ビジーフォーって元祖ご機嫌だよな
今となっては何をやりたかったんだかまったくわからないんだけれど、なんかしみじみおもしろかったインターネットシングスがあるので、今日はその話をします。
デスクに向かっていた。右手でツイートをふぁぼりつつ、左手で、右腕のつけねに生えていた
”うぶ毛のくせに一本だけ、髪の毛みたいに太いやつ”
を抜いていた。分化異常だなーとか思っていた。
そこでふと、なぜか、思い付いたことがあった。
「ウガンダ・トラって人いたな」
いや今もいるけれど、なぜか突然、ウガンダ・トラという人のことを思い出した。
ふと、ウガンダ・トラのことが、うかんだ。
ここでフフッダジャレやん、と終わらせてもよかったのだけれど、そこから先、少し気になることがあった。
ウガンダ・トラって人はいたけれど、では、ウガンダにトラは生息しているのだろうか?
気になりますよね?
さっそく調べてみました!
Googleに「ウガンダにトラはいるか」と入力して……検索!
検索の一番上に表示されたのは……
イ ン ド ラ イ オ ン
ウ ガ ン ダ で も ト ラ で も ね え
で、まあ、ここから、普段であれば、「○○病はどうやって治るか」みたいなGoogle検索の危険性、みたいなことをじゃんじゃん語るほうに進んでいくのがこのブログなんだけれども、ぼくは昨日、歯医者で歯石を激しく取ってもらったせいで、歯茎が少し腫れていて、機嫌がわるいので、そういう頭のよさそうなことはまったく言わずに、ひとつ、今日、気になったことを書いて終わりにします。
「ウガンダ」の理由はわかった。「トラ」の理由がいまだにわからない。
デスクに向かっていた。右手でツイートをふぁぼりつつ、左手で、右腕のつけねに生えていた
”うぶ毛のくせに一本だけ、髪の毛みたいに太いやつ”
を抜いていた。分化異常だなーとか思っていた。
そこでふと、なぜか、思い付いたことがあった。
「ウガンダ・トラって人いたな」
いや今もいるけれど、なぜか突然、ウガンダ・トラという人のことを思い出した。
ふと、ウガンダ・トラのことが、うかんだ。
ここでフフッダジャレやん、と終わらせてもよかったのだけれど、そこから先、少し気になることがあった。
ウガンダ・トラって人はいたけれど、では、ウガンダにトラは生息しているのだろうか?
気になりますよね?
さっそく調べてみました!
Googleに「ウガンダにトラはいるか」と入力して……検索!
検索の一番上に表示されたのは……
イ ン ド ラ イ オ ン
ウ ガ ン ダ で も ト ラ で も ね え
で、まあ、ここから、普段であれば、「○○病はどうやって治るか」みたいなGoogle検索の危険性、みたいなことをじゃんじゃん語るほうに進んでいくのがこのブログなんだけれども、ぼくは昨日、歯医者で歯石を激しく取ってもらったせいで、歯茎が少し腫れていて、機嫌がわるいので、そういう頭のよさそうなことはまったく言わずに、ひとつ、今日、気になったことを書いて終わりにします。
「ウガンダ」の理由はわかった。「トラ」の理由がいまだにわからない。
2019年6月26日水曜日
病理の話(337) 免疫組織化学マニアックス
ピンホールメガネ的な原理で、むかしの人は細胞をみる手段を手に入れた。
おっおっ拡大したらなんか見えたぜ、からよくぞここまで発展してきたなあーと思う。
たいしたもんだよね人の脳。
ただ、細胞を拡大すればするほど、中身が気になり始めた。
極端なことをいうと、どこまで拡大しても細胞の「中」に何があるかがよくわからなかったのだ。
ミジンコとかミドリムシみたいに、拡大することで中がすけてみえる程度のものでガマンしてればまだよかったんだけど。
ぼくら、もっと、ほんとに細かいとこまで見えたら楽しいんじゃないの、みたいなことを考えちゃったんだね。
考えたから工夫した。
細胞が見やすくなるように色つけてみるべや。
一色じゃなくて二色で染め分けてみるべや。
ケミカルな物質をいろいろ探っていくと、植物由来のオーガニックな色素が、たまたま細胞の核とよばれる部分をめちゃくちゃそこだけきれいに染めることがわかった。もう小躍りした。
小躍りしてなんかいろいろ細胞のことがわかって、これで科学はめっちゃ発展するだろうって思った……。
ところが、細胞を拡大してよろこんでいた人とは別に、細胞をとかしてよろこんでいた人もいたんですよ。
拡大すると構造がみえるじゃん。
とかすと成分が分離してきたんだよ。
最初はほら、水とアブラがわかれたんだ。細胞をいっぱいすりつぶしたものをごっちゃにまぜて、なんか分離作業とかしてたら、水っぽい部分とアブラとがわかれてきた。
おー細胞ってひとつふたつの成分でできてるわけじゃないみたいだぞ、となった。
でここからが人類のえらいところでね。
水とアブラだけじゃなくて、もっと細かく、いろいろわけたの。
主に物質の重さとか比重とか電荷とかが違うってことを利用してね。
成分をどんどん抽出したんだね。人間って抽出するの大好き。すぐエキスとっちゃう。エキスってエキストラクトって意味だからほんとはすりつぶしたってだけの意味なんだろうけど。すりつぶしたらそこから「有効成分」みたいなのを探して通販に出すの大好きだから。ついめちゃくちゃ細かくわけちゃった。
そしたら、細胞の中には、無数のタンパク質があるってことが明らかになった。
水とアブラだけじゃなくてね、タンパク質、ほかもろもろがあることがわかったんだな。
しかもタンパク質を種類ごとにわけることもできたんだな。
あのねえ細胞を顕微鏡でいっくら拡大しても、タンパク質そのものなんて見ることはできないのよ。
ラーメンが目の前にあって、それを顕微鏡で拡大してさ、うまみ成分が見えてくると思う? 煮干しから出てきたダシの部分と、豚骨からしみ出たコクの部分と、そんなものいっぱいごっちゃごちゃに混じり合ってるから、いっくら顕微鏡でみたって、そのままみたんじゃ絶対にみえてこないわけ。
でも成分を抽出すると出てきたんだよ。成分がさ。ていうかいろんなタンパク質がさ。
そこでね、「顕微鏡班」と、「すりつぶし班」がね、それぞれ好き勝手に、別個の研究してたってぜんぜんおかしくなかったと思うんだけれど……。
彼らは、あれだね。
貪欲だったんだよね。
バラエティ班はバラエティだけ、報道班は報道だけやっててもよかったのにさ。
つい、夕方の大型情報番組、みたいにして、バラエティ的な切り口も、報道的な切り口も、両方やっちゃおう、夕方ビッグバン!みたいなことをはじめたんだよ。
何をしたかっていうとね。
細胞に溶け込んでいるタンパク質、そのままだと、ちいさいし、紛れ込んでるし、わけわかんないから、そこにタグをつけてみた。
タグ。
光るタグ。
ある細胞だけを認識して、くっついて、光るものを用意して、細胞の中にほうりこむわけ。
すると細胞の中でもそのタンパクがあるところだけが強調してビカッと光ってくる。
Google mapでね、札幌 スープカレー とかで検索するとさ、地図の中に、スープカレー屋さんのところだけ、ピンがささるじゃない。ああいうかんじよ。
で、興味のあるタンパク質のところだけを光らせた状態で、顕微鏡をみるんだ。
するとそのタンパクが細胞の中にある状態で、タンパクが光っていることをみることが可能になるんだよ。まあー、これはこれは。すりつぶさなくてもいいじゃない。ていうか、すりつぶすよりももっと、細胞のどこに何があるかがわかって便利じゃない。
まあいっぺんに複数のタンパク質を観察するとわけわかんなくなるんだけどな。札幌 スープカレー ラーメン ジンギスカン で検索したらGoogle mapもぐっちゃぐちゃになるべさ。それと一緒だ。
で、まあ、この、特定のタンパク質を光らせて顕微鏡でみる、みたいな作業を、昔はすごく金かけて、特殊な輝かせ方をさせて、必死でやってたから大変だったんだけど、今はさらに方法が洗練されてね、今では光るっていうか、茶色だったり赤だったり残念な色になったからあんまりおしゃれじゃなくなったんだけどもさ。
そうやって顕微鏡でタンパク質のことを直接みにいく手法のことを、免疫組織化学っていいます。以上おしまい。解散。ラーメン食って帰れ。
おっおっ拡大したらなんか見えたぜ、からよくぞここまで発展してきたなあーと思う。
たいしたもんだよね人の脳。
ただ、細胞を拡大すればするほど、中身が気になり始めた。
極端なことをいうと、どこまで拡大しても細胞の「中」に何があるかがよくわからなかったのだ。
ミジンコとかミドリムシみたいに、拡大することで中がすけてみえる程度のものでガマンしてればまだよかったんだけど。
ぼくら、もっと、ほんとに細かいとこまで見えたら楽しいんじゃないの、みたいなことを考えちゃったんだね。
考えたから工夫した。
細胞が見やすくなるように色つけてみるべや。
一色じゃなくて二色で染め分けてみるべや。
ケミカルな物質をいろいろ探っていくと、植物由来のオーガニックな色素が、たまたま細胞の核とよばれる部分をめちゃくちゃそこだけきれいに染めることがわかった。もう小躍りした。
小躍りしてなんかいろいろ細胞のことがわかって、これで科学はめっちゃ発展するだろうって思った……。
ところが、細胞を拡大してよろこんでいた人とは別に、細胞をとかしてよろこんでいた人もいたんですよ。
拡大すると構造がみえるじゃん。
とかすと成分が分離してきたんだよ。
最初はほら、水とアブラがわかれたんだ。細胞をいっぱいすりつぶしたものをごっちゃにまぜて、なんか分離作業とかしてたら、水っぽい部分とアブラとがわかれてきた。
おー細胞ってひとつふたつの成分でできてるわけじゃないみたいだぞ、となった。
でここからが人類のえらいところでね。
水とアブラだけじゃなくて、もっと細かく、いろいろわけたの。
主に物質の重さとか比重とか電荷とかが違うってことを利用してね。
成分をどんどん抽出したんだね。人間って抽出するの大好き。すぐエキスとっちゃう。エキスってエキストラクトって意味だからほんとはすりつぶしたってだけの意味なんだろうけど。すりつぶしたらそこから「有効成分」みたいなのを探して通販に出すの大好きだから。ついめちゃくちゃ細かくわけちゃった。
そしたら、細胞の中には、無数のタンパク質があるってことが明らかになった。
水とアブラだけじゃなくてね、タンパク質、ほかもろもろがあることがわかったんだな。
しかもタンパク質を種類ごとにわけることもできたんだな。
あのねえ細胞を顕微鏡でいっくら拡大しても、タンパク質そのものなんて見ることはできないのよ。
ラーメンが目の前にあって、それを顕微鏡で拡大してさ、うまみ成分が見えてくると思う? 煮干しから出てきたダシの部分と、豚骨からしみ出たコクの部分と、そんなものいっぱいごっちゃごちゃに混じり合ってるから、いっくら顕微鏡でみたって、そのままみたんじゃ絶対にみえてこないわけ。
でも成分を抽出すると出てきたんだよ。成分がさ。ていうかいろんなタンパク質がさ。
そこでね、「顕微鏡班」と、「すりつぶし班」がね、それぞれ好き勝手に、別個の研究してたってぜんぜんおかしくなかったと思うんだけれど……。
彼らは、あれだね。
貪欲だったんだよね。
バラエティ班はバラエティだけ、報道班は報道だけやっててもよかったのにさ。
つい、夕方の大型情報番組、みたいにして、バラエティ的な切り口も、報道的な切り口も、両方やっちゃおう、夕方ビッグバン!みたいなことをはじめたんだよ。
何をしたかっていうとね。
細胞に溶け込んでいるタンパク質、そのままだと、ちいさいし、紛れ込んでるし、わけわかんないから、そこにタグをつけてみた。
タグ。
光るタグ。
ある細胞だけを認識して、くっついて、光るものを用意して、細胞の中にほうりこむわけ。
すると細胞の中でもそのタンパクがあるところだけが強調してビカッと光ってくる。
Google mapでね、札幌 スープカレー とかで検索するとさ、地図の中に、スープカレー屋さんのところだけ、ピンがささるじゃない。ああいうかんじよ。
で、興味のあるタンパク質のところだけを光らせた状態で、顕微鏡をみるんだ。
するとそのタンパクが細胞の中にある状態で、タンパクが光っていることをみることが可能になるんだよ。まあー、これはこれは。すりつぶさなくてもいいじゃない。ていうか、すりつぶすよりももっと、細胞のどこに何があるかがわかって便利じゃない。
まあいっぺんに複数のタンパク質を観察するとわけわかんなくなるんだけどな。札幌 スープカレー ラーメン ジンギスカン で検索したらGoogle mapもぐっちゃぐちゃになるべさ。それと一緒だ。
で、まあ、この、特定のタンパク質を光らせて顕微鏡でみる、みたいな作業を、昔はすごく金かけて、特殊な輝かせ方をさせて、必死でやってたから大変だったんだけど、今はさらに方法が洗練されてね、今では光るっていうか、茶色だったり赤だったり残念な色になったからあんまりおしゃれじゃなくなったんだけどもさ。
そうやって顕微鏡でタンパク質のことを直接みにいく手法のことを、免疫組織化学っていいます。以上おしまい。解散。ラーメン食って帰れ。
2019年6月25日火曜日
正座しとけ
ときおり人間の精神を簡単に語ろうとするツイートを目にする。
絵、模式図、マンガ。
目にするときには既におおくの人にリツイートされたあとだ。
多くの人がこれはおもしれぇなと認めたものが目の前に回ってくる。
よくできている。
人間の精神のありようを言い表したツイートを見ていると、あれを思い出す。
夜空。
星座。
夜空の星の明るい部分をつないだら、ひしゃくの形に見えた、ってのに、似ているように思うのだ。
おおー。
よくこれだけ無数に星がある中から、意味がありそうな配列というか組み合わせを見いだしたなあ。
ほかにも山ほど線は引けるけれどな。だって星はこんなにあるんだぜ。
でも、なんか、一回そこで線を引くと、確かに、これらの星がほんとに、グアッと、前景になって、目立ってくるもんなあ……。
最初に見つけた人、すごいなあー。
最初に星座を固定した人の発言力、すごいなあー。
まあなんかそんな感じなのだ。
「ADHDの人の特徴は」とか。
「うつになりやすい人まとめ」とか。
「○○型性格にありがちなこと」とか。
うん、そことそこを線でつなぐと、それっぽくストーリーになるよねえ。
ほかにも星はあるんだ。
そして、星はたぶん、つながれるためにそこに生まれてきたわけじゃない。
だいいち、その一等星と、その二等星は、何千光年も離れていて、たまたま地球から見たときに近くに見えるってだけなんだ。
わかりやすく結ぶと仕事をした気になる。
何もかも。どんな人も。ぼくも毎日、何かと何かを線で結んでいる。
ブログを毎日更新していたら。
何かうまいことが言えるような気持ちになっている。
これもきっと、星を点で結ぶような勘違いなのかもしれない。
絵、模式図、マンガ。
目にするときには既におおくの人にリツイートされたあとだ。
多くの人がこれはおもしれぇなと認めたものが目の前に回ってくる。
よくできている。
人間の精神のありようを言い表したツイートを見ていると、あれを思い出す。
夜空。
星座。
夜空の星の明るい部分をつないだら、ひしゃくの形に見えた、ってのに、似ているように思うのだ。
おおー。
よくこれだけ無数に星がある中から、意味がありそうな配列というか組み合わせを見いだしたなあ。
ほかにも山ほど線は引けるけれどな。だって星はこんなにあるんだぜ。
でも、なんか、一回そこで線を引くと、確かに、これらの星がほんとに、グアッと、前景になって、目立ってくるもんなあ……。
最初に見つけた人、すごいなあー。
最初に星座を固定した人の発言力、すごいなあー。
まあなんかそんな感じなのだ。
「ADHDの人の特徴は」とか。
「うつになりやすい人まとめ」とか。
「○○型性格にありがちなこと」とか。
うん、そことそこを線でつなぐと、それっぽくストーリーになるよねえ。
ほかにも星はあるんだ。
そして、星はたぶん、つながれるためにそこに生まれてきたわけじゃない。
だいいち、その一等星と、その二等星は、何千光年も離れていて、たまたま地球から見たときに近くに見えるってだけなんだ。
わかりやすく結ぶと仕事をした気になる。
何もかも。どんな人も。ぼくも毎日、何かと何かを線で結んでいる。
ブログを毎日更新していたら。
何かうまいことが言えるような気持ちになっている。
これもきっと、星を点で結ぶような勘違いなのかもしれない。
2019年6月24日月曜日
病理の話(336) はたらく細胞という勇者
ずーっと、医療情報をどう伝えるか、という話を考えている。
……いやうそだ、ずっとは考えてないな、たまにだ。
そこまで頭の中、医療情報の教育とか啓蒙にあふれてはいない。
すっごい体調いい日だとして、1日1回考えることがある、くらいかな……。
でもまあ考えてるほうだよ。
もっと考えている人はいるだろうから、あんまり大きなことは言えないけど。
その程度のぼく。
その程度のぼくが、医療情報発信において「最強」だと思っているのはマンガ・アニメの「はたらく細胞」だ。
何度かネットラジオ(いんよう! https://inntoyoh.blogspot.com/ )でも話したし、「よう先輩」の受け売りの部分も多いんだけど、やっぱあれが啓蒙力としては群を抜いていると思う。
免疫、という得体のしれない言葉、漢字の画数は少ないけれどめったに書かない単語から、人々が連想できるイメージというのは漠然としている。わかってるようなわかってないような。
好中球、Tリンパ球、マクロファージ、などと細胞の名前を列挙されてもポカーンであろう。
これは別に素人だから、とか、医療の教育を受けていないから、とか、そういう問題ではない。そもそも医療現場で働いているぼくらだって、知っているような顔をして、実はあいまいであやふやだったりする。
たまに言われることだけど、そうとう優秀な医者であっても、現在の複雑化した医療情報を人に話すときに、自分の記憶だけでスラスラ語れることはまずない。
何も見ないで語っているように見えても必ず相手の目線が届かない死角でスマホをスッスとフリックしているものだ。
たとえば腎臓の機能と電解質とホルモンの関係。
あるいは神経診察の詳細理論。
ピロリ菌陰性胃における食道胃接合部癌のリスク因子。
膵管胆管合流異常症における胆嚢粘膜の変化とそのフォロー方法……。
これを全部暗唱している人がいたら本物の大天才である。
そして、そんな本物の大天才であっても、きっと、甲状腺PTC-CMVとHTNが同じような超音波画像を呈する理由については即答できないはずなのだ。
で、今、いったい何を書いているんだろう、と読者が多少の立腹をしたところで、あらためて、「マクロファージのはたらきかたは?」という質問を投げかける。
「ハァ!? そんなの知るかァ!」
これが普通だ。
非医療者だけではない。医者にとってもだ。
こっそり後ろで検索しなければ、普通は答えられないレベルの質問だったのだ……
「はたらく細胞」が出てくるまでは!
マンガ「はたらく細胞」を読んだことがある人、あるいはアニメ「はたらく細胞」を見たことがある人であれば、
「あーなんかお掃除してるよね。お掃除が得意そう。」
「けっこう攻撃力強いんだよね。スッとやってきてめっちゃ殴ってるね。」
「たしか骨髄の中で赤血球を教育してなかった?」
みたいなことをサッと答えることができる……(ほんとである)。
たぶん、子供でもだ。
これがいかに異常なことか、想像してほしい。
人間は、そう簡単には文字の羅列を記憶できない。それが大事な意味を含んでいるとわかっていても、概念図をいくら描かれても、登場人物が異常に多い群像劇というのは、そう簡単には覚えられない。
相関関係が多すぎるとそう簡単には覚えられない。この一文を口に出すと実はちょっとダジャレっぽいです。
ところが、そんな複雑系に「ストーリー」とか「人格」が加わると、なぜかわからないのだがぼくらはその群像劇を一気に覚えることができてしまう。そして「絵」や「声」が果たす役割が、非常に大きい。
たとえばぼくはもともと司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読んでいた。けっこう好きで、何度も読んだ。でもぶっちゃけ坂本龍馬を含めた一部の人間のことしか覚えられないでいた。
けれども、小山ゆうの「おーい!竜馬」を読むと、何十倍もの登場人物の、ふんいき、しゃべり方、どんな立派なことをしたか、何をやらかしたか、みたいなことを一気に覚えてしまった。
NHK大河ドラマ「新選組!」が放映されたあと、世の大半の人々がそれまであまり知らなかった山南敬助や井上源三郎、伊東甲子太郎などに、おもいっきり感情移入してしまうという事件が起こった。これも「一緒」だと思う。
ストーリー、キャラ。これらを支える、絵、動き、声。
こういったものがあると、人間はけっこうな規模の複雑系をまとめて覚えることができる。
ほかの動物よりもはるかに高度の社会性を構築することで我々人類は生き延びてきた。
群像劇の極みである社会を保つ上で、ひとたび【ドラマ】を見たら、すかさずそこに潜む複雑な関係性を理解し、想像し、斟酌して忖度して、感情移入して、所属することができるというのは、生存に必要な本能なのかもしれない。
ぼくらの脳はそういうふうに最適化されているのではないか?
「なーんだ、だったら、医学教育においては、難しい概念をぜんぶマンガにすりゃいいじゃないか。アニメにすりゃいいじゃないか。はたらく細胞だってできたんだろう?」
とんでもない。
ぼくらは「はたらく細胞」をみて度肝を抜かれたのだ。そこ擬人化できるのかよ! と。
考えても実現できなかった。理屈はわかっていたが実現ができなかった。
やれるものならやってみたい。
電解質だって。
神経制御だって。
自己免疫システムだって。
発がんについてだって。
ぜんぶ擬人化して、ストーリーにして、声をあてて、演じてほしい。そのための脚本を用意したい。
けれども難しいよ……。
ほんと、「はたらく細胞」というのは、ぼくら「医療情報発信を志すもの」にとってのラスボスなのだ。
ラスボス?
違うか。
一緒に戦ってくれるんだもんな。ていうかぼくらよりよっぽど強くて優秀だ。やさしくてたよりになる。みんなに愛される。
そう、はたらく細胞というのは勇者なのだ。ラスボスなんかではない。
けれどもいつか倒したい。
……いやうそだ、ずっとは考えてないな、たまにだ。
そこまで頭の中、医療情報の教育とか啓蒙にあふれてはいない。
すっごい体調いい日だとして、1日1回考えることがある、くらいかな……。
でもまあ考えてるほうだよ。
もっと考えている人はいるだろうから、あんまり大きなことは言えないけど。
その程度のぼく。
その程度のぼくが、医療情報発信において「最強」だと思っているのはマンガ・アニメの「はたらく細胞」だ。
何度かネットラジオ(いんよう! https://inntoyoh.blogspot.com/ )でも話したし、「よう先輩」の受け売りの部分も多いんだけど、やっぱあれが啓蒙力としては群を抜いていると思う。
免疫、という得体のしれない言葉、漢字の画数は少ないけれどめったに書かない単語から、人々が連想できるイメージというのは漠然としている。わかってるようなわかってないような。
好中球、Tリンパ球、マクロファージ、などと細胞の名前を列挙されてもポカーンであろう。
これは別に素人だから、とか、医療の教育を受けていないから、とか、そういう問題ではない。そもそも医療現場で働いているぼくらだって、知っているような顔をして、実はあいまいであやふやだったりする。
たまに言われることだけど、そうとう優秀な医者であっても、現在の複雑化した医療情報を人に話すときに、自分の記憶だけでスラスラ語れることはまずない。
何も見ないで語っているように見えても必ず相手の目線が届かない死角でスマホをスッスとフリックしているものだ。
たとえば腎臓の機能と電解質とホルモンの関係。
あるいは神経診察の詳細理論。
ピロリ菌陰性胃における食道胃接合部癌のリスク因子。
膵管胆管合流異常症における胆嚢粘膜の変化とそのフォロー方法……。
これを全部暗唱している人がいたら本物の大天才である。
そして、そんな本物の大天才であっても、きっと、甲状腺PTC-CMVとHTNが同じような超音波画像を呈する理由については即答できないはずなのだ。
で、今、いったい何を書いているんだろう、と読者が多少の立腹をしたところで、あらためて、「マクロファージのはたらきかたは?」という質問を投げかける。
「ハァ!? そんなの知るかァ!」
これが普通だ。
非医療者だけではない。医者にとってもだ。
こっそり後ろで検索しなければ、普通は答えられないレベルの質問だったのだ……
「はたらく細胞」が出てくるまでは!
マンガ「はたらく細胞」を読んだことがある人、あるいはアニメ「はたらく細胞」を見たことがある人であれば、
「あーなんかお掃除してるよね。お掃除が得意そう。」
「けっこう攻撃力強いんだよね。スッとやってきてめっちゃ殴ってるね。」
「たしか骨髄の中で赤血球を教育してなかった?」
みたいなことをサッと答えることができる……(ほんとである)。
たぶん、子供でもだ。
これがいかに異常なことか、想像してほしい。
人間は、そう簡単には文字の羅列を記憶できない。それが大事な意味を含んでいるとわかっていても、概念図をいくら描かれても、登場人物が異常に多い群像劇というのは、そう簡単には覚えられない。
相関関係が多すぎるとそう簡単には覚えられない。この一文を口に出すと実はちょっとダジャレっぽいです。
ところが、そんな複雑系に「ストーリー」とか「人格」が加わると、なぜかわからないのだがぼくらはその群像劇を一気に覚えることができてしまう。そして「絵」や「声」が果たす役割が、非常に大きい。
たとえばぼくはもともと司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読んでいた。けっこう好きで、何度も読んだ。でもぶっちゃけ坂本龍馬を含めた一部の人間のことしか覚えられないでいた。
けれども、小山ゆうの「おーい!竜馬」を読むと、何十倍もの登場人物の、ふんいき、しゃべり方、どんな立派なことをしたか、何をやらかしたか、みたいなことを一気に覚えてしまった。
NHK大河ドラマ「新選組!」が放映されたあと、世の大半の人々がそれまであまり知らなかった山南敬助や井上源三郎、伊東甲子太郎などに、おもいっきり感情移入してしまうという事件が起こった。これも「一緒」だと思う。
ストーリー、キャラ。これらを支える、絵、動き、声。
こういったものがあると、人間はけっこうな規模の複雑系をまとめて覚えることができる。
ほかの動物よりもはるかに高度の社会性を構築することで我々人類は生き延びてきた。
群像劇の極みである社会を保つ上で、ひとたび【ドラマ】を見たら、すかさずそこに潜む複雑な関係性を理解し、想像し、斟酌して忖度して、感情移入して、所属することができるというのは、生存に必要な本能なのかもしれない。
ぼくらの脳はそういうふうに最適化されているのではないか?
「なーんだ、だったら、医学教育においては、難しい概念をぜんぶマンガにすりゃいいじゃないか。アニメにすりゃいいじゃないか。はたらく細胞だってできたんだろう?」
とんでもない。
ぼくらは「はたらく細胞」をみて度肝を抜かれたのだ。そこ擬人化できるのかよ! と。
考えても実現できなかった。理屈はわかっていたが実現ができなかった。
やれるものならやってみたい。
電解質だって。
神経制御だって。
自己免疫システムだって。
発がんについてだって。
ぜんぶ擬人化して、ストーリーにして、声をあてて、演じてほしい。そのための脚本を用意したい。
けれども難しいよ……。
ほんと、「はたらく細胞」というのは、ぼくら「医療情報発信を志すもの」にとってのラスボスなのだ。
ラスボス?
違うか。
一緒に戦ってくれるんだもんな。ていうかぼくらよりよっぽど強くて優秀だ。やさしくてたよりになる。みんなに愛される。
そう、はたらく細胞というのは勇者なのだ。ラスボスなんかではない。
けれどもいつか倒したい。
2019年6月21日金曜日
だまってふぁぼらせろ
これを書いているのは6月12日(水)の夜。とにかく今週はめっちゃくちゃに忙しい。参ってしまった。
まあ理由ははっきりしている。
軽い風邪をひいた。
軽い風邪だから、熱はない。朝起きたときにのどがちょっと腫れたくらい。
これで済むなら問題ないなあ、風邪だとも思えないくらいだな、と、最初は思った。
……ところが、とにかく、仕事の効率ががくんと下がってしまった。これは誤算だった。
脳のクロック数が落ちるタイプのかぜ、というのがあるんだ。Viremia(ウイルス血症)というのはまったく困ったものである。よりによって脳にくるとは。
人体内蔵ウイルスバスターがせっせとウイルスを退治する際に、脳内CPUの一部を使ったのだろうか?
一気にあちこちハングアップしてしまった。
まずはっきりと差が出たのはツイートだ(笑)。
思わずめったに使わない「(笑)」を使ってしまう。文字通りぼくは苦笑した。
だってぜんぜんツイートできないんだもの。今回の風邪、ほんとにまったく、脳が一大事だったのである。
ぼくは日ごろ、仕事の合間にツイートをしても仕事には悪影響を感じない。
でも風邪をひいていた2日間は違った。
ありていに言えば、気が散るんだね。
ほんとに気が爆散してしまう。
「仕事中にツイッターをするなんてとんでもない!」
まるでぼくじゃないみたいだ。
だるい体をひきずりながら、猛然と顕微鏡をみる。診断を書く。この間ツイッターなし!
夏から秋にかけての臨床画像・病理対比のプレゼンをつくったり、新作学術講演のプレゼンを仕上げたり、原稿を書いたりする。この間ツイッターなし!!
信じられない。お前にせものじゃないのか。
ぼくの集中力は元来、そこまで長時間続かない。
海女さんが息継ぎをするように、定期的に海面に浮上するかのごとくツイートをして、また深海にもぐっていく、そういう働き方が一番ぼくに合っている。これは15年はたらいてぼくが見つけた最適解だ。
しかし、風邪をひいたぼくは、全く息継ぎをしないままに次々と仕事を仕上げていく……。
あれ? もしかしてぼく、風邪ひいてるくらいの方が有能なのか?
そんなわけないのである。交感神経がフルスロットルで応援してくれていたとかそんなところだろう。夕方になるとげっそりと疲れて口もきけなくなった。
やれやれ……一日を振り返ってみると、
「あんなに働いていたはずなのに、いつもほど仕事が進んでいない」
のだ。頭を抱えてしまった。抱えついでに、少しだけ頭痛もある。
やめだやめだ。さっさとおうちに帰ってビールを飲んで寝た。
さて、今日。水曜日。おかげで風邪は治ったが、2日間かけて、ツイッターもせずに必死で働いたくせに、全く仕事が終わっていない状態を作り上げてしまったことをふりかえり、ぼくはしみじみ思う。
「必死で働いたってだめだ。」
「ツイッターやりながら働けるくらいに脳を整えておくことこそが、一番大切だ。」
これは別に逆説でもなければニセ医学でもない。
いたってまじめに言っている。
人間にはそれぞれ、一番体にあった息継ぎの方法というのがある。それをぼくは今さら確認したにすぎないのだ。
ぼくからツイッターを奪うな。仕事が進まなくなるぞ。
まあ理由ははっきりしている。
軽い風邪をひいた。
軽い風邪だから、熱はない。朝起きたときにのどがちょっと腫れたくらい。
これで済むなら問題ないなあ、風邪だとも思えないくらいだな、と、最初は思った。
……ところが、とにかく、仕事の効率ががくんと下がってしまった。これは誤算だった。
脳のクロック数が落ちるタイプのかぜ、というのがあるんだ。Viremia(ウイルス血症)というのはまったく困ったものである。よりによって脳にくるとは。
人体内蔵ウイルスバスターがせっせとウイルスを退治する際に、脳内CPUの一部を使ったのだろうか?
一気にあちこちハングアップしてしまった。
まずはっきりと差が出たのはツイートだ(笑)。
思わずめったに使わない「(笑)」を使ってしまう。文字通りぼくは苦笑した。
だってぜんぜんツイートできないんだもの。今回の風邪、ほんとにまったく、脳が一大事だったのである。
ぼくは日ごろ、仕事の合間にツイートをしても仕事には悪影響を感じない。
でも風邪をひいていた2日間は違った。
ありていに言えば、気が散るんだね。
ほんとに気が爆散してしまう。
「仕事中にツイッターをするなんてとんでもない!」
まるでぼくじゃないみたいだ。
だるい体をひきずりながら、猛然と顕微鏡をみる。診断を書く。この間ツイッターなし!
夏から秋にかけての臨床画像・病理対比のプレゼンをつくったり、新作学術講演のプレゼンを仕上げたり、原稿を書いたりする。この間ツイッターなし!!
信じられない。お前にせものじゃないのか。
ぼくの集中力は元来、そこまで長時間続かない。
海女さんが息継ぎをするように、定期的に海面に浮上するかのごとくツイートをして、また深海にもぐっていく、そういう働き方が一番ぼくに合っている。これは15年はたらいてぼくが見つけた最適解だ。
しかし、風邪をひいたぼくは、全く息継ぎをしないままに次々と仕事を仕上げていく……。
あれ? もしかしてぼく、風邪ひいてるくらいの方が有能なのか?
そんなわけないのである。交感神経がフルスロットルで応援してくれていたとかそんなところだろう。夕方になるとげっそりと疲れて口もきけなくなった。
やれやれ……一日を振り返ってみると、
「あんなに働いていたはずなのに、いつもほど仕事が進んでいない」
のだ。頭を抱えてしまった。抱えついでに、少しだけ頭痛もある。
やめだやめだ。さっさとおうちに帰ってビールを飲んで寝た。
さて、今日。水曜日。おかげで風邪は治ったが、2日間かけて、ツイッターもせずに必死で働いたくせに、全く仕事が終わっていない状態を作り上げてしまったことをふりかえり、ぼくはしみじみ思う。
「必死で働いたってだめだ。」
「ツイッターやりながら働けるくらいに脳を整えておくことこそが、一番大切だ。」
これは別に逆説でもなければニセ医学でもない。
いたってまじめに言っている。
人間にはそれぞれ、一番体にあった息継ぎの方法というのがある。それをぼくは今さら確認したにすぎないのだ。
ぼくからツイッターを奪うな。仕事が進まなくなるぞ。
2019年6月20日木曜日
病理の話(335) 確かデンジャーと書いてあったやつだ
「面の皮の厚い奴だ」みたいなフレーズがあるけれど、実は、面の皮はうすいほうだ。
こないだある医学雑誌を読んでいたら、面の皮(顔面の皮膚)は、たとえば腕の皮膚に比べると、ステロイドの吸収が13倍くらい早いのだそうだ(ごめんなさいうろ覚えですので数字は適当で)。
つまり面の皮ってのは基本的に薄いんだな(だからこそ、皮が厚いといえば罵倒のセリフになるのかもしれないね)。
「ステロイド?」となった人はごめんなさい。そういうお薬があるのです。塗って使うことがあるのです。
このステロイドという薬はとても使い勝手がよく、いろんな病気に利く。
だからついいろんな場面で塗りがちなのだが、実は正しく使わないと、効かない。効果はあまりあがらないのに副作用だけが出たりすることもあるという。
だから正しい塗り方をきちんとわかった上で使わなければいけない。
正しい塗り方を知るためには、ステロイドを塗ったらどれくらい吸収されるのかという知識が必要になる。
したがって、面の皮が腕の皮より何倍吸収がよいか、みたいな話を、皮膚科医は覚えていなければいけないらしい。
はぁーたいへんだなぁー。
その本にはこう書いてあった。
「皮膚科医というのは、目よりも、口が大事なんです」。
皮膚を目でみてどう診断するか、という技術よりも、やさしい口調で丁寧に、患者にことこまかにステロイドの塗り方などを指導できるほうが大事だ、ということらしい。
へええー、なるほどなあー。
ぼくはとても感心してしまった。
病理診断に対してぼくが普段からなんとなく思っていたこともこれに近いのだが、そうかなるほどな、そういう言い方は、いいなあ。
「病理医は細胞を正しく見極める目も必要ですが、それ以上に、細胞のようすを正しく伝える口……ていうかキーボードに正しく打ち込む指が必要なんですよ!」
……なんかちょっと違うかな……?
ところで人間の体の中で一番薄い皮はどこだかご存じだろうか?
実は、きんたまの皮である。
陰嚢の皮膚は、腕の42倍も薬を吸収してしまうらしい。
「水曜どうでしょう」で、カナダの強烈な虫よけスプレーを股間に噴射した大泉さんが悶絶しているシーンがあったが、あーあーそうかーあれは42倍だったからかあー、と、今更ながら腑に落ちた。
なんという記憶方法なのかと我ながら笑ってしまうが。
こないだある医学雑誌を読んでいたら、面の皮(顔面の皮膚)は、たとえば腕の皮膚に比べると、ステロイドの吸収が13倍くらい早いのだそうだ(ごめんなさいうろ覚えですので数字は適当で)。
つまり面の皮ってのは基本的に薄いんだな(だからこそ、皮が厚いといえば罵倒のセリフになるのかもしれないね)。
「ステロイド?」となった人はごめんなさい。そういうお薬があるのです。塗って使うことがあるのです。
このステロイドという薬はとても使い勝手がよく、いろんな病気に利く。
だからついいろんな場面で塗りがちなのだが、実は正しく使わないと、効かない。効果はあまりあがらないのに副作用だけが出たりすることもあるという。
だから正しい塗り方をきちんとわかった上で使わなければいけない。
正しい塗り方を知るためには、ステロイドを塗ったらどれくらい吸収されるのかという知識が必要になる。
したがって、面の皮が腕の皮より何倍吸収がよいか、みたいな話を、皮膚科医は覚えていなければいけないらしい。
はぁーたいへんだなぁー。
その本にはこう書いてあった。
「皮膚科医というのは、目よりも、口が大事なんです」。
皮膚を目でみてどう診断するか、という技術よりも、やさしい口調で丁寧に、患者にことこまかにステロイドの塗り方などを指導できるほうが大事だ、ということらしい。
へええー、なるほどなあー。
ぼくはとても感心してしまった。
病理診断に対してぼくが普段からなんとなく思っていたこともこれに近いのだが、そうかなるほどな、そういう言い方は、いいなあ。
「病理医は細胞を正しく見極める目も必要ですが、それ以上に、細胞のようすを正しく伝える口……ていうかキーボードに正しく打ち込む指が必要なんですよ!」
……なんかちょっと違うかな……?
ところで人間の体の中で一番薄い皮はどこだかご存じだろうか?
実は、きんたまの皮である。
陰嚢の皮膚は、腕の42倍も薬を吸収してしまうらしい。
「水曜どうでしょう」で、カナダの強烈な虫よけスプレーを股間に噴射した大泉さんが悶絶しているシーンがあったが、あーあーそうかーあれは42倍だったからかあー、と、今更ながら腑に落ちた。
なんという記憶方法なのかと我ながら笑ってしまうが。
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