奔逸した思考をかき集めて押さえつけるようにして、パソコンの前で息を吐いた。複数の仕事を同時にやりすぎた。自我が陥没してしまったような気持ち。精神が再び秩序立てて盛り上がってくるのを黙って待つ。昭和新山のような人格が立ち上がる。
最近Kindleで読んだ本が、立て続けに2冊、おもしろくなかった。そのせいで心がすこしざわめいて、疲れているのかなと思う。
ほんとうにおもしろい本を読んでいる時は、それがフィクションであろうとノンフィクションであろうと、「誰かの脳をなぞること」に没入できる。ひとつのことに集中できる。マルチタスクから解放される瞬間だ。
つまらない本というのはめったにない。人のおすすめを多く手にとるからだろう。ありがたいことである。
問題は、「中途半端におもしろい本」だ。これはしばしば遭遇する。おもしろいことはおもしろいんだけど、どうやらぼくはこの本にとってど真ん中の読者ではないようだな、というのがわかる。
本文がだんだん目の上をすべっていく。読み終わったらこの本をツイッターでおすすめしようかな、だとしたらどういうおすすめ文を添えよう、あのエピソードと絡めてみようかと、気もそぞろになってしまうともうだめだ。気がついたら、同じページの同じ行のところを何度も目で追っている。字は読めるが意味が入ってこない。そういうときにふと背筋を伸ばして、1,2ページほど戻ってあらためて読み直してみても、ぜんぜん読んだ記憶がない。ずっと集中できていなかったのだろう、仕方なく、章の最初まで戻ってまた読み直す、みたいな羽目になる。でも一度飛び去った思考はなかなか集め直せない。放牧地でいつまでも羊を集められないバイトの牧童のような気分で、自分を再統合するための手続きをくり返す。
いくつかのことをRAMに入れて同時に処理しようとすれば、結局どれも中途半端になる。だからマルチタスクというのは本当はウソで、瞬間的に一つ一つの仕事にケリを付けながら次々と向かう対象をスイッチしていっているだけなのだ。それがわかっていてなお、複数の案件を脳の中に入れておかないと落ち着かないぼくは、たぶん、心配性なのだろう。自分が見ていないところで何かが悪くなったらそれは自分のせいだと思っている。いまだにそういう思考が残っている。それで何度も失敗してきたはずなのに。
先日尊敬する人と話をしていたら彼が声をひそめて言ったのだ。
「君は本当に自虐をするなあ、やめたほうがいいぞ」
ああ、自虐という単一の概念でぼくの行動は規定されているようだ! ぼくはすこし安心してしまった。ここ数年、自尊とか自虐とか、たったひとつのやり方で自分の行動が解釈できたことなど一度もない。でもそれでは世の中をわたっていけないから、誰かがぼくをみたときに解釈しやすいように、アウトプットの部分についてはなるべくフィルターをかけてぼくの思考の最大公約数的な部分を拾いやすいようにと訓練してきた。その甲斐があった。ぼくは今、自虐的なフェーズにいたらしい。わかりやすくていいじゃないか。
行動を統一したいと思ったら優れた本を読むに限る。最近、本以外のあらゆるインターフェースを通した場合にぼくは自分の思考が一本化できなくなっていることを感じる。誰かと会って話すのが一番やばい。人と会うとき、常に抱えた思考の束の中から一番整頓できたものだけを選んで渡そうとする、その独善的な手際のひとつひとつにぼくはがっかりとしてしまい、早く帰って本が読みたいなと思うことが増えた。おそらく人生のエントロピーが増大してきているのだと思う。本はエントロピーの局所的な低下をもたらす触媒である可能性がある。
2019年10月31日木曜日
2019年10月30日水曜日
病理の話(379) 若手よ育て札幌セミナー
紅葉も半ばくらいなり定山渓。
10月の中旬、ぼくは札幌の臨床検査技師会が主催する1泊2日の勉強会イベントに招かれて講演をすることになった。
札幌市の南端、山の中に入っていったところに定山渓(じょうざんけい)温泉というなかなか規模の大きな観光地がある。市の中心部から車で1時間弱。ぼくの実家からだと30~40分程度といったところで、高級宿から子供連れにやさしい大型プールつきの巨大ホテルまでを兼ね備えた使いやすい奥座敷だ。
こんなところで勉強会やるのかよ、と驚いた。しかし臨床検査技師たちはときにこういう「交流込みの勉強会」を主催する。
かつて、大分県の九重温泉に呼ばれて1泊2日で、超音波検査技師たちと勉強会をやったことがあった。そのときは夜中の2時まで超音波画像と病理像の照らし合わせを行った。さすがに深夜0時を回ると出席者の半分は脱落して温泉に入ったり眠ったりしていたようだが、残りの半分はビールや焼酎などを片手に延々とマニアックな学術トークにつきあってくれた。ああいう会は一見ふざけているようで、実際にはかなり学ぶところも多い。単純に観光の思い出が増える一方、学術知識もいつもと違う脳の引き出しにストックされる。気分を変えて学び続けるというのは、専門職の知恵なのかもしれない。
そして今回の定山渓イベントもまた泊まりの勉強会だ。しかしぼくは翌日も仕事があるので、宿泊はせず、講演が終わったらとんぼ返りしなければいけない。飛行機じゃないだけラクといえばラク。自分の車で早々に家を出た。ぼくの出番は夕方だが、ぼくの前にしゃべる技師の講演も聞きたいし、何より今の時期、定山渓は紅葉シーズンで渋滞が予想されるから早めに出発した方がいいだろう。
予想に反して道はすいていた。それもそのはず、なかなかしっかりした雨が朝から降り続いていた。これでは紅葉狩りというわけにもいかないだろう。藤野・石山を通り抜けてするするとゆるやかな山道に入り、トンネルを抜けたら早めに右折して、目抜き通りの裏から定山渓温泉街へとアプローチする。
雨が山肌に反射して霧のようになっているのが美しい。紅葉はまだ五部といったところか。
まだ日は高いがぽつぽつと傘の人々が道にみえはじめた。温泉街につきものの、独特の看板をかかげるラーメン屋をいくつかやりすごし、屋根のついた足湯スペースに人がむらがっているのを横目にゆっくりと車を進めると、名の知られた宿の看板がみえはじめた。
今日のイベント会場は、「花もみじ」。はからずも季節感にあふれた名前の大型ホテルである。向かいには老舗の「ふる河」がある。となりには何度か買い求めたことがあるお土産屋があった。見慣れた風景だ。
ホテルの目の前に車を止めるのははばかられたので、少しだけ後戻りして、二階建てになった鉄筋の駐車場の1階に車を入れた。2階部分がコンクリートではなく基本的に鉄筋そのものなのだろう、屋根はあるのだが雨がしたたりおちてくる。あわてて後部トランクに入れた傘を取り出し、パソコンの入ったトートを胸にかかえてホテルへと急いだ。
会場にはすでに多くの……といってもせいぜい30名程度だが……技師たちが集まっていた。もっとも、行楽シーズンの土日に、超音波検査や病理の勉強のためだけに1泊2日で集まろうという猛者たちなので、少数精鋭という言葉がぴったりかもしれない。見回してみると知った顔が半分といったところ。よくみると超音波や病理とは関係のない部門の技師たちがちらほら混じっている。すでに管理職に上がった人間であったり、あるいは、勉強会を毎年主催する幹事側であるためにジャンルを問わずに必ず参加する人であったりするのだろう。
幾人かに挨拶をしつつ、すでに着席している人たちをそっと見渡す。はじまる前の時間に、「抄録」(講演会であれば各講演の要旨や、講演者の経歴などが記載されている)をめくっている人は誰だろうか、と探すのだ。ぼくのクセである。なぜそんなことをするのかと言われると自分でも理由ははっきりしないのだが、おそらくぼくは、今日の講演会を一番楽しみにしている人に向けて講演をしよう、と思っているのだ。
比較的若い人が熱心に抄録をめくっていた。
よし、今日は若い人向けにしゃべろう。
今回はじめて言語化してみて思ったがぼくはたぶんそうやって講演をしているのである。
医療者の学術講演というものは、いろいろな活用方法がある。自分の知らない最新の知識を吸収するために参加する人もいるが、そうではなく、すでに知っていることを誰かほかの人の口からきいてみたいというモチベーションもあるだろうし、自分の専門ど真ん中の情報をほしがる人もいれば、自分がふだんあまり気にしていない他分野の情報をなんとなく見てみたいという人もいる。
講演するほうもいろいろだ。自分の経験と自分がたずさわってきた仕事の話をきちんと話せばいい、それはひとつのスタイルである。しかし、聴衆が求める様式にあわせてしゃべる内容をいじくるタイプもいる。ぼくは「相手に合わせてプレゼンテーションを変化させる」ほうだ。
講演の依頼文の中に、「何をしゃべってもいい」と書かれている場合、必ず、一度はたずねる。「あなたが今一番聞きたい臓器や病気はなんですか」「具体的にお題をいただけたほうが助かります」。すると依頼者は熱心なので、そういうことでしたらとばかりに、なんらかのお題を返してよこす。そのお題が必ずしもぼくが一番得意な内容であるとは限らない。病理医であるというだけで病理ならなんでもしゃべれると思われがちだがそうでもない。しかし、いただいたお題がたとえ自分の専門性から多少外れていようとも、勉強することでそのずれを埋められると思うならば、その話は引き受ける。引き受けて、勉強して、講演会までの間に「自分の専門領域にしてしまう」。これはそこそこリスキーである。知ったかぶりしかしゃべれないこともある。けれどもぼくはそうやって、自分の専門とする領域の幅を少しでも広げようとやってきた。
うまくいっているのかどうか。それは聴衆側に聞いてみないとわからない。
今日ぼくがしゃべる内容は「肝・胆・膵の超音波画像と病理組織像の対比」。肝・胆・膵というのは、肝臓、胆道(胆のうなど)、膵臓という3領域のことだ。ひとまとめにして語られることが多い分野だが、あくまでこれらは3分野である。例えるならばサッカー、ラグビー、アメフトの話をしてくれ、というのに近い。共通点がフィールドがあることとボールがあることくらいしかないではないか。
かつてのぼくは肝臓病理が専門だった。だから肝臓の超音波検査と病理組織像の対比というお題の講演は初期から行っていた。そして、今から10年ほど前に、はじめて胆のうや膵臓に対する講演依頼が来た時には頭をかかえたものである。肝臓と全然違うのに……。たしかに、胆のうや膵臓の「病理学」に関する知識はあるのだが、それが他人に向けてしゃべれるほど整理されているかどうか、また「画像検査の知識」と併せて展開できるかどうかは別の話なのだ。
結局、講演のたびに、微調整を繰り返し、勉強をして、ほかの人がしゃべる講演を聴き、取り入れ、また学んで、と繰り返しながらここまでなんとかしのいできた。そして今回また「肝・胆・膵」。何度も依頼を受けてそのたびに講演という形で勉強してきたことで、もはや胆のうや膵臓の画像・病理も肝臓と同じくらいに語れるようになった。
……こうして書いていて思ったのだが、結局のところ、講演会で学び、新しい知識を吸収し、今まで持っていた知識を確認して、明日からの日常の診療に活かしているのが誰なのかというと、それはおそらく、聴衆よりもまず「講演しているほう」なのだろう。ぼくは先ほど「一番熱心に講演会に向き合おうとしている人に向けて講演をしようと思っている」と書いたが、そもそも依頼が来た時から講演に対して一番熱心に向き合う人間は講演者でなければならないのだった。話す方が熱心に学んでいるからこそ、聞こうとしている人の熱心さにこたえられるというものなのだ。
「若手の勉強になるように」としかけられている各種の講演会によってぼくは育てられてきた。となると、そろそろ、講演をする役目をぼくより若い人に譲らなければいけないよな、という気持ちになる。
講演をする人はすでに業績があり偉さが炸裂しているような大御所であってはいけないのかもしれない。
いや、まあ、大御所がしゃべる姿を肴に懇親会に進みたいタイプの人もいるのだろうけれども。
講演会を終えて自宅に帰る車の中で、ぼくはずっと、「次の時代を担う人に講演をしてもらうこと」を考えていた。札幌セミナーは翌日も開催されるが、そこにはぼくより9つくらい若い病理医が、「乳腺の超音波検査と病理像の対比」というお題にはじめて取り組むのだという。さぞかし大変だったろうな、と思った。乳腺の病理に詳しいからといって、乳腺の超音波画像と照らし合わせるなんていう「普段病理医があまりやらないこと」を講演と称して多くの人の前でしゃべるというのはけっこうなストレスなのだ。
一夜明け、ぼくは職場で仕事をしていた。合間にFacebookをみる。ちょうど先ほど終わったばかりの「札幌セミナー」の会場から感想をつぶやく知人の姿がFacebookに掲載されていた。
「乳腺の対比の話、おもしろかったです。〇〇大学病院の〇〇先生はすばらしかった。」
ぼくはなんだか泣きそうになってしまった。知らない人に対して心で拍手を送りながら、ぼくらはこうして前に立つために勉強を続けないといけないんだよな、と思ったし、もうぼくは若手じゃないのだから、呼ばれてしゃべれと言われて喜ぶのではなく、機会をきちんと若い病理医に渡していかないといけないよな、と、そんなことをひたすら考え続けていた。外はきれいに晴れ上がり、今日の定山渓はきっと紅葉がきれいだろうな、と思った。
10月の中旬、ぼくは札幌の臨床検査技師会が主催する1泊2日の勉強会イベントに招かれて講演をすることになった。
札幌市の南端、山の中に入っていったところに定山渓(じょうざんけい)温泉というなかなか規模の大きな観光地がある。市の中心部から車で1時間弱。ぼくの実家からだと30~40分程度といったところで、高級宿から子供連れにやさしい大型プールつきの巨大ホテルまでを兼ね備えた使いやすい奥座敷だ。
こんなところで勉強会やるのかよ、と驚いた。しかし臨床検査技師たちはときにこういう「交流込みの勉強会」を主催する。
かつて、大分県の九重温泉に呼ばれて1泊2日で、超音波検査技師たちと勉強会をやったことがあった。そのときは夜中の2時まで超音波画像と病理像の照らし合わせを行った。さすがに深夜0時を回ると出席者の半分は脱落して温泉に入ったり眠ったりしていたようだが、残りの半分はビールや焼酎などを片手に延々とマニアックな学術トークにつきあってくれた。ああいう会は一見ふざけているようで、実際にはかなり学ぶところも多い。単純に観光の思い出が増える一方、学術知識もいつもと違う脳の引き出しにストックされる。気分を変えて学び続けるというのは、専門職の知恵なのかもしれない。
そして今回の定山渓イベントもまた泊まりの勉強会だ。しかしぼくは翌日も仕事があるので、宿泊はせず、講演が終わったらとんぼ返りしなければいけない。飛行機じゃないだけラクといえばラク。自分の車で早々に家を出た。ぼくの出番は夕方だが、ぼくの前にしゃべる技師の講演も聞きたいし、何より今の時期、定山渓は紅葉シーズンで渋滞が予想されるから早めに出発した方がいいだろう。
予想に反して道はすいていた。それもそのはず、なかなかしっかりした雨が朝から降り続いていた。これでは紅葉狩りというわけにもいかないだろう。藤野・石山を通り抜けてするするとゆるやかな山道に入り、トンネルを抜けたら早めに右折して、目抜き通りの裏から定山渓温泉街へとアプローチする。
雨が山肌に反射して霧のようになっているのが美しい。紅葉はまだ五部といったところか。
まだ日は高いがぽつぽつと傘の人々が道にみえはじめた。温泉街につきものの、独特の看板をかかげるラーメン屋をいくつかやりすごし、屋根のついた足湯スペースに人がむらがっているのを横目にゆっくりと車を進めると、名の知られた宿の看板がみえはじめた。
今日のイベント会場は、「花もみじ」。はからずも季節感にあふれた名前の大型ホテルである。向かいには老舗の「ふる河」がある。となりには何度か買い求めたことがあるお土産屋があった。見慣れた風景だ。
ホテルの目の前に車を止めるのははばかられたので、少しだけ後戻りして、二階建てになった鉄筋の駐車場の1階に車を入れた。2階部分がコンクリートではなく基本的に鉄筋そのものなのだろう、屋根はあるのだが雨がしたたりおちてくる。あわてて後部トランクに入れた傘を取り出し、パソコンの入ったトートを胸にかかえてホテルへと急いだ。
会場にはすでに多くの……といってもせいぜい30名程度だが……技師たちが集まっていた。もっとも、行楽シーズンの土日に、超音波検査や病理の勉強のためだけに1泊2日で集まろうという猛者たちなので、少数精鋭という言葉がぴったりかもしれない。見回してみると知った顔が半分といったところ。よくみると超音波や病理とは関係のない部門の技師たちがちらほら混じっている。すでに管理職に上がった人間であったり、あるいは、勉強会を毎年主催する幹事側であるためにジャンルを問わずに必ず参加する人であったりするのだろう。
幾人かに挨拶をしつつ、すでに着席している人たちをそっと見渡す。はじまる前の時間に、「抄録」(講演会であれば各講演の要旨や、講演者の経歴などが記載されている)をめくっている人は誰だろうか、と探すのだ。ぼくのクセである。なぜそんなことをするのかと言われると自分でも理由ははっきりしないのだが、おそらくぼくは、今日の講演会を一番楽しみにしている人に向けて講演をしよう、と思っているのだ。
比較的若い人が熱心に抄録をめくっていた。
よし、今日は若い人向けにしゃべろう。
今回はじめて言語化してみて思ったがぼくはたぶんそうやって講演をしているのである。
医療者の学術講演というものは、いろいろな活用方法がある。自分の知らない最新の知識を吸収するために参加する人もいるが、そうではなく、すでに知っていることを誰かほかの人の口からきいてみたいというモチベーションもあるだろうし、自分の専門ど真ん中の情報をほしがる人もいれば、自分がふだんあまり気にしていない他分野の情報をなんとなく見てみたいという人もいる。
講演するほうもいろいろだ。自分の経験と自分がたずさわってきた仕事の話をきちんと話せばいい、それはひとつのスタイルである。しかし、聴衆が求める様式にあわせてしゃべる内容をいじくるタイプもいる。ぼくは「相手に合わせてプレゼンテーションを変化させる」ほうだ。
講演の依頼文の中に、「何をしゃべってもいい」と書かれている場合、必ず、一度はたずねる。「あなたが今一番聞きたい臓器や病気はなんですか」「具体的にお題をいただけたほうが助かります」。すると依頼者は熱心なので、そういうことでしたらとばかりに、なんらかのお題を返してよこす。そのお題が必ずしもぼくが一番得意な内容であるとは限らない。病理医であるというだけで病理ならなんでもしゃべれると思われがちだがそうでもない。しかし、いただいたお題がたとえ自分の専門性から多少外れていようとも、勉強することでそのずれを埋められると思うならば、その話は引き受ける。引き受けて、勉強して、講演会までの間に「自分の専門領域にしてしまう」。これはそこそこリスキーである。知ったかぶりしかしゃべれないこともある。けれどもぼくはそうやって、自分の専門とする領域の幅を少しでも広げようとやってきた。
うまくいっているのかどうか。それは聴衆側に聞いてみないとわからない。
今日ぼくがしゃべる内容は「肝・胆・膵の超音波画像と病理組織像の対比」。肝・胆・膵というのは、肝臓、胆道(胆のうなど)、膵臓という3領域のことだ。ひとまとめにして語られることが多い分野だが、あくまでこれらは3分野である。例えるならばサッカー、ラグビー、アメフトの話をしてくれ、というのに近い。共通点がフィールドがあることとボールがあることくらいしかないではないか。
かつてのぼくは肝臓病理が専門だった。だから肝臓の超音波検査と病理組織像の対比というお題の講演は初期から行っていた。そして、今から10年ほど前に、はじめて胆のうや膵臓に対する講演依頼が来た時には頭をかかえたものである。肝臓と全然違うのに……。たしかに、胆のうや膵臓の「病理学」に関する知識はあるのだが、それが他人に向けてしゃべれるほど整理されているかどうか、また「画像検査の知識」と併せて展開できるかどうかは別の話なのだ。
結局、講演のたびに、微調整を繰り返し、勉強をして、ほかの人がしゃべる講演を聴き、取り入れ、また学んで、と繰り返しながらここまでなんとかしのいできた。そして今回また「肝・胆・膵」。何度も依頼を受けてそのたびに講演という形で勉強してきたことで、もはや胆のうや膵臓の画像・病理も肝臓と同じくらいに語れるようになった。
……こうして書いていて思ったのだが、結局のところ、講演会で学び、新しい知識を吸収し、今まで持っていた知識を確認して、明日からの日常の診療に活かしているのが誰なのかというと、それはおそらく、聴衆よりもまず「講演しているほう」なのだろう。ぼくは先ほど「一番熱心に講演会に向き合おうとしている人に向けて講演をしようと思っている」と書いたが、そもそも依頼が来た時から講演に対して一番熱心に向き合う人間は講演者でなければならないのだった。話す方が熱心に学んでいるからこそ、聞こうとしている人の熱心さにこたえられるというものなのだ。
「若手の勉強になるように」としかけられている各種の講演会によってぼくは育てられてきた。となると、そろそろ、講演をする役目をぼくより若い人に譲らなければいけないよな、という気持ちになる。
講演をする人はすでに業績があり偉さが炸裂しているような大御所であってはいけないのかもしれない。
いや、まあ、大御所がしゃべる姿を肴に懇親会に進みたいタイプの人もいるのだろうけれども。
講演会を終えて自宅に帰る車の中で、ぼくはずっと、「次の時代を担う人に講演をしてもらうこと」を考えていた。札幌セミナーは翌日も開催されるが、そこにはぼくより9つくらい若い病理医が、「乳腺の超音波検査と病理像の対比」というお題にはじめて取り組むのだという。さぞかし大変だったろうな、と思った。乳腺の病理に詳しいからといって、乳腺の超音波画像と照らし合わせるなんていう「普段病理医があまりやらないこと」を講演と称して多くの人の前でしゃべるというのはけっこうなストレスなのだ。
一夜明け、ぼくは職場で仕事をしていた。合間にFacebookをみる。ちょうど先ほど終わったばかりの「札幌セミナー」の会場から感想をつぶやく知人の姿がFacebookに掲載されていた。
「乳腺の対比の話、おもしろかったです。〇〇大学病院の〇〇先生はすばらしかった。」
ぼくはなんだか泣きそうになってしまった。知らない人に対して心で拍手を送りながら、ぼくらはこうして前に立つために勉強を続けないといけないんだよな、と思ったし、もうぼくは若手じゃないのだから、呼ばれてしゃべれと言われて喜ぶのではなく、機会をきちんと若い病理医に渡していかないといけないよな、と、そんなことをひたすら考え続けていた。外はきれいに晴れ上がり、今日の定山渓はきっと紅葉がきれいだろうな、と思った。
2019年10月29日火曜日
自己紹介
寿司以外に手段を知らない。
ぼくは寿司以外に手段を知らない。
ぼくは寿司以外に見学に来た若い医者をほほえませる手段を知らない。
だから若手が職場を見学に来るときにはいつも困ってしまう。現代、「一緒に何かを食いに行こう」というだけでハラスメントになってしまう時代だ。「一緒に何かをハラスメント」。「一緒ハラスメント」。「一緒ハラ」。すなわちイチハラである。後輩に対して何かを食わせて満足させるという思考回路しかない場合、もはや上司としては不適格の烙印を押されざるを得ない。
それは、とてもすばらしいことだ、かもしれませんね、SAMURAI.
そういえばぼくは若い頃、大学院を出て今の病院にやってきたときに、外科医や内科医たちから「接待があるからついておいでよ」と誘われることがまれにあった。でも結局行かなかった。ぼくは薬を出す立場じゃないから、薬屋に接待される覚えがない。かたくなに断った。今にしておもえば、コンプライアンスもぐだぐだの時代だ、せっかくだから2,3回おごられればよかった。あそこでおごられたからといってぼくらの手が異常に汚れるわけもなかった。けどぼくは生真面目だった。美徳ではないだろう。他人との距離感をうまく測れなかったのだ。
つかずはなれずの関係を築いているうちに、とうとう誰もぼくのことは誘わなくなった。そうこうしているうちに時代が流れ、そもそも接待という制度自体が過去の遺物となり、研究会の打ち上げもすべて自腹が当たり前になって、ぼくはとても居心地がよくなったし、手に入るはずだった利得を手に入れないままここまで育ったことに誇りをもっているし、多少のさみしさも、なくはない。こういうことを書くと怒られるかな? でも「いいなあおごられるの……」くらい書いたところでバチはあたるまい。
さて、いざ後輩が現れる年になって、ぼくは困ってしまった。後輩というのはどのように接待申し上げればよいのか。接待がない世の中で接待をしようとたくらむ自分がこっけいだ。しょうがなく伝家の宝刀を抜く。
「ぼくもこうやってよく先輩におごってもらったから、キミもぼくに快くおごられてほしいし、偉くなったら後輩におごってやってほしい。」
けれどこの刀は使いづらいのであった。タダ飯だろうがなんだろうが、上司と同席してメシを食うこと自体にストレスを感じる人もいっぱいいるんだよな、ということが取り沙汰されるようになったからだ。
よく考えたらぼくは、接待されることがいやだったんじゃなくて、自分がとくに望んでいない誰かとメシを食うのが圧倒的にいやだったから、「薬屋さんに接待されるような身分ではないです」といういいわけを振りかざして断っていたのではなかったか。
きっとそうだ。ぼくは別にクリーンな人間だから接待を断っていたわけではなかった。
あのとき、もし、「お近づきの印に1000万円差し上げます、ご自由に使って下さい」と言われたらぼくの正義感は別に発動しなかったと思う。単に、仲がいいわけでもない薬屋と、仲がいいわけでもない他科の医者たちと飲むのがいやだっただけなのだ。
人は知らないうちに、本来の意図とは違うところで勝手にクリーンに生きていることがあるのだ。ぼくはこのことを、「接待」というクソ文化を巡る歴史の中で、学んだ。
それはそれとして困った。後輩にはどのように満足してもらえばいいのか? 答えは実は簡単なのである、ぼくが、黙って背中を見せるだけで後輩に尊敬されるような人間であればいい。メシはいらない。場所もいらない。ただ一途にはたらくすがたをみせればいい。一途にはたらけばいい。いちずはたら。いちはらである。
ぼくは寿司以外に手段を知らない。
ぼくは寿司以外に見学に来た若い医者をほほえませる手段を知らない。
だから若手が職場を見学に来るときにはいつも困ってしまう。現代、「一緒に何かを食いに行こう」というだけでハラスメントになってしまう時代だ。「一緒に何かをハラスメント」。「一緒ハラスメント」。「一緒ハラ」。すなわちイチハラである。後輩に対して何かを食わせて満足させるという思考回路しかない場合、もはや上司としては不適格の烙印を押されざるを得ない。
それは、とてもすばらしいことだ、かもしれませんね、SAMURAI.
そういえばぼくは若い頃、大学院を出て今の病院にやってきたときに、外科医や内科医たちから「接待があるからついておいでよ」と誘われることがまれにあった。でも結局行かなかった。ぼくは薬を出す立場じゃないから、薬屋に接待される覚えがない。かたくなに断った。今にしておもえば、コンプライアンスもぐだぐだの時代だ、せっかくだから2,3回おごられればよかった。あそこでおごられたからといってぼくらの手が異常に汚れるわけもなかった。けどぼくは生真面目だった。美徳ではないだろう。他人との距離感をうまく測れなかったのだ。
つかずはなれずの関係を築いているうちに、とうとう誰もぼくのことは誘わなくなった。そうこうしているうちに時代が流れ、そもそも接待という制度自体が過去の遺物となり、研究会の打ち上げもすべて自腹が当たり前になって、ぼくはとても居心地がよくなったし、手に入るはずだった利得を手に入れないままここまで育ったことに誇りをもっているし、多少のさみしさも、なくはない。こういうことを書くと怒られるかな? でも「いいなあおごられるの……」くらい書いたところでバチはあたるまい。
さて、いざ後輩が現れる年になって、ぼくは困ってしまった。後輩というのはどのように接待申し上げればよいのか。接待がない世の中で接待をしようとたくらむ自分がこっけいだ。しょうがなく伝家の宝刀を抜く。
「ぼくもこうやってよく先輩におごってもらったから、キミもぼくに快くおごられてほしいし、偉くなったら後輩におごってやってほしい。」
けれどこの刀は使いづらいのであった。タダ飯だろうがなんだろうが、上司と同席してメシを食うこと自体にストレスを感じる人もいっぱいいるんだよな、ということが取り沙汰されるようになったからだ。
よく考えたらぼくは、接待されることがいやだったんじゃなくて、自分がとくに望んでいない誰かとメシを食うのが圧倒的にいやだったから、「薬屋さんに接待されるような身分ではないです」といういいわけを振りかざして断っていたのではなかったか。
きっとそうだ。ぼくは別にクリーンな人間だから接待を断っていたわけではなかった。
あのとき、もし、「お近づきの印に1000万円差し上げます、ご自由に使って下さい」と言われたらぼくの正義感は別に発動しなかったと思う。単に、仲がいいわけでもない薬屋と、仲がいいわけでもない他科の医者たちと飲むのがいやだっただけなのだ。
人は知らないうちに、本来の意図とは違うところで勝手にクリーンに生きていることがあるのだ。ぼくはこのことを、「接待」というクソ文化を巡る歴史の中で、学んだ。
それはそれとして困った。後輩にはどのように満足してもらえばいいのか? 答えは実は簡単なのである、ぼくが、黙って背中を見せるだけで後輩に尊敬されるような人間であればいい。メシはいらない。場所もいらない。ただ一途にはたらくすがたをみせればいい。一途にはたらけばいい。いちずはたら。いちはらである。
2019年10月28日月曜日
病理の話(378) 病理医の出張判断と診断のありよう
2019年10月12日(土)。ぼくは北九州市の産業医大に向かった。
目的は学術講演。産業医大の主催する学会で特別講演枠をもらっている。
タイトルは「医療とAIの今後 ~病理医の仕事はなくなるのか~」であった。
この日、2019年最強とよばれた台風19号が列島を直撃する予報が出ていた。日本のあちこちに甚大な被害をもたらした例のやつである。
台風は結局、関東から東北をなめるように進んだわけだが、講演の前日くらいまでは進路が読めなかった。ぼくは、「さすがに今年はたどり着けないかもなあ」と思った。
毎年1,2回くらい、台風のせいで出張の予定が変更になっている。去年は高知出張で朝の飛行機を早い便にずらしてぎりぎり帰ってきた。また、大分出張のときは台風接近により研究会自体が中止になってしまった。おととしは熊本で講演したあとに懇親会に出ず羽田にとんぼ返りしてそこで一泊し、翌朝の早朝便でなんとか新千歳に帰ってきた。
講演会場に到着できないときもあるし、講演できたはいいが帰ってこられないこともある。出張が多い人は、きっと強くうなずいてくれることだろう。
ぼくは札幌市に住んでいるから、西日本の出張では飛行機の乗り換えが普通だ。乗り換えがある出張だと、(1)出張先、(2)乗り換えの羽田や大阪、(3)新千歳空港 の最低3箇所の天候がカギとなる。そのため、台風がやってくると、東にそれても西にそれても直前まで心配が尽きない。台風に限らず、南は大丈夫であっても北は豪雪ということもある。
毎年のように、出張できるかな、できないかなと各種報道を注視していると、年々災害報道のレベルが上がってきていることを実感する。おととしより去年、去年より今年のほうが、災害に対する心構えがより早く報道されるし、飛行機の欠航が決まるのも早い。集合知の蓄積によってきちんと対策が打たれているのだろう。立派だなあと思う。
そもそも今回の出張については、札幌に住むぼくからすると、北九州なんて台風が来たら絶対むりだろ、みたいな先入観はあった。しかし現地の人に聞いてみるとどうやらそうでもないらしい。九州北部は意外と台風に強いのだという。そうかな? 去年は佐賀出張のときに前日の台風で駅前が浸水していたって聞いたけど……。飛行機はわりと降りるという。そうは言われても不安なので、複数の経路を準備した。
千歳→福岡の飛行機、直行便のほかに、千歳→伊丹→(新幹線)→福岡を検討した。ほか、羽田経由、セントレア経由、さまざまな乗り換えをかんがえておいたのだが、結局今回の台風では羽田と伊丹がやばそうだということになり、とっておいたチケットはすべてキャンセルして、前日の時点でスカイマーク直行便に命運を託すことになった。
そしていざ当日。
スカイマークは無事時間通りに離陸。台風を飛び越えて何の問題もなく福岡空港に着陸。なんと定時よりも15分早くついてしまった。
そんなことがあるのか? 愕然とした。まさか追い風のせいでこんなに早く……?
驚いていたら現地の人に笑われた。
「違いますよ先生。スカイマークはANAやJALと比べると『弱い航空会社』なので、ふつうは福岡の上空で着陸待機させられたり、滑走路に降りてからも遠回りさせられたりするんですけどね、今回、羽田とか伊丹とかぜんぶ飛ばなかったでしょう。だから空港が空いてたんですよ。着陸してすぐ飛行機から降りられたでしょう?」
そんなことがあるのか。全く知らなかった。結局ぼくは、「台風の影響で現地に早く到着してしまった」のである。
天気と飛行機とぼくの出張。もちろんそれぞれ関連がある。しかし、どれだけ科学が進歩して、どれだけ報道が丁寧になっても、今回ぼくが「台風のせいで講演会場に早く到着できた」という未来は全く予測できなかった。手練れの出張イストだったら予測できたろうか? いやあそういうものでもないと思う。複雑系において、人間が一番知りたいことというのは、いつでも後からしか予測できないものだと相場が決まっているのだ。
経済がよくなる・悪くなるなんてのもそうだし。
スポーツでチームが勝つか・負けるかなんてのもそうだ。
そして、医療もきっとそうなんだろうなーと思った。ぼくは病理医なのでどうしてもさまざまな事象を病気や健康と結びつけて考えてしまう。人がどういうメカニズムで病気になるかはだいぶわかってきたし、病気になるとどうなるかというのもなんとなくわかっている気になっているけれど、その病気によって患者がどういう毎日を歩むのか、明日どこにたどり着くのか、そのときどう思うのかまではなかなか予測できない。
なんてことを考えながらAIの話をした。今回もまた結論としては「AIが勝ち、ふつうの病理診断医はほろび、本物の学者と医療者だけが残る」という説明をしたのだが、内心、
「AIが勝ってもしょうがないんだよな。人間が負けないほうが大事なんだけどな」
と思っていた。
目的は学術講演。産業医大の主催する学会で特別講演枠をもらっている。
タイトルは「医療とAIの今後 ~病理医の仕事はなくなるのか~」であった。
この日、2019年最強とよばれた台風19号が列島を直撃する予報が出ていた。日本のあちこちに甚大な被害をもたらした例のやつである。
台風は結局、関東から東北をなめるように進んだわけだが、講演の前日くらいまでは進路が読めなかった。ぼくは、「さすがに今年はたどり着けないかもなあ」と思った。
毎年1,2回くらい、台風のせいで出張の予定が変更になっている。去年は高知出張で朝の飛行機を早い便にずらしてぎりぎり帰ってきた。また、大分出張のときは台風接近により研究会自体が中止になってしまった。おととしは熊本で講演したあとに懇親会に出ず羽田にとんぼ返りしてそこで一泊し、翌朝の早朝便でなんとか新千歳に帰ってきた。
講演会場に到着できないときもあるし、講演できたはいいが帰ってこられないこともある。出張が多い人は、きっと強くうなずいてくれることだろう。
ぼくは札幌市に住んでいるから、西日本の出張では飛行機の乗り換えが普通だ。乗り換えがある出張だと、(1)出張先、(2)乗り換えの羽田や大阪、(3)新千歳空港 の最低3箇所の天候がカギとなる。そのため、台風がやってくると、東にそれても西にそれても直前まで心配が尽きない。台風に限らず、南は大丈夫であっても北は豪雪ということもある。
毎年のように、出張できるかな、できないかなと各種報道を注視していると、年々災害報道のレベルが上がってきていることを実感する。おととしより去年、去年より今年のほうが、災害に対する心構えがより早く報道されるし、飛行機の欠航が決まるのも早い。集合知の蓄積によってきちんと対策が打たれているのだろう。立派だなあと思う。
そもそも今回の出張については、札幌に住むぼくからすると、北九州なんて台風が来たら絶対むりだろ、みたいな先入観はあった。しかし現地の人に聞いてみるとどうやらそうでもないらしい。九州北部は意外と台風に強いのだという。そうかな? 去年は佐賀出張のときに前日の台風で駅前が浸水していたって聞いたけど……。飛行機はわりと降りるという。そうは言われても不安なので、複数の経路を準備した。
千歳→福岡の飛行機、直行便のほかに、千歳→伊丹→(新幹線)→福岡を検討した。ほか、羽田経由、セントレア経由、さまざまな乗り換えをかんがえておいたのだが、結局今回の台風では羽田と伊丹がやばそうだということになり、とっておいたチケットはすべてキャンセルして、前日の時点でスカイマーク直行便に命運を託すことになった。
そしていざ当日。
スカイマークは無事時間通りに離陸。台風を飛び越えて何の問題もなく福岡空港に着陸。なんと定時よりも15分早くついてしまった。
そんなことがあるのか? 愕然とした。まさか追い風のせいでこんなに早く……?
驚いていたら現地の人に笑われた。
「違いますよ先生。スカイマークはANAやJALと比べると『弱い航空会社』なので、ふつうは福岡の上空で着陸待機させられたり、滑走路に降りてからも遠回りさせられたりするんですけどね、今回、羽田とか伊丹とかぜんぶ飛ばなかったでしょう。だから空港が空いてたんですよ。着陸してすぐ飛行機から降りられたでしょう?」
そんなことがあるのか。全く知らなかった。結局ぼくは、「台風の影響で現地に早く到着してしまった」のである。
天気と飛行機とぼくの出張。もちろんそれぞれ関連がある。しかし、どれだけ科学が進歩して、どれだけ報道が丁寧になっても、今回ぼくが「台風のせいで講演会場に早く到着できた」という未来は全く予測できなかった。手練れの出張イストだったら予測できたろうか? いやあそういうものでもないと思う。複雑系において、人間が一番知りたいことというのは、いつでも後からしか予測できないものだと相場が決まっているのだ。
経済がよくなる・悪くなるなんてのもそうだし。
スポーツでチームが勝つか・負けるかなんてのもそうだ。
そして、医療もきっとそうなんだろうなーと思った。ぼくは病理医なのでどうしてもさまざまな事象を病気や健康と結びつけて考えてしまう。人がどういうメカニズムで病気になるかはだいぶわかってきたし、病気になるとどうなるかというのもなんとなくわかっている気になっているけれど、その病気によって患者がどういう毎日を歩むのか、明日どこにたどり着くのか、そのときどう思うのかまではなかなか予測できない。
なんてことを考えながらAIの話をした。今回もまた結論としては「AIが勝ち、ふつうの病理診断医はほろび、本物の学者と医療者だけが残る」という説明をしたのだが、内心、
「AIが勝ってもしょうがないんだよな。人間が負けないほうが大事なんだけどな」
と思っていた。
2019年10月25日金曜日
読んでもバズりはしないのだが
三省堂書店系列でほぼ1年にわたり開催していた『ヨンデル選書フェア』が一段落した。
2018年の11月末から、2019年の5月末までの半年間、三省堂書店池袋本店にて合計125冊の「病理医ヤンデルが選んだおすすめ本」を陳列してもらった。これが爆裂に売れた。
そしたらその後立て続けに、名古屋で2か月、札幌で1か月、神保町本店で1か月半、それぞれフェアを開催することになった。置いた本の数はそれぞれバラバラだったが基本的には池袋で選んだ本を置いた。ただし神保町のフェアでは、この1年に発売された新刊を4冊ほど追加をした。幡野さんや西さん、國松さんの本である。これらは本当によく売れたそうだ。さすが。
すべてのフェアが2019年10月に終わり、やれやれと思ったのもつかのま……。実は2019年の12月からまたフェアがはじまる。まだ正式告知されてないけど、言ってもいいだろう(ぼくはしばしばこうしてフライングをして怒られる)。
ヨンデル選書フェア 2ndシーズン。
今回もまた前回と同じくらいの本を選ぶことになる。まずは最初の1か月に、前回フェアで選んだ中から特選した30冊+新しく読んだ本の中からぐっとくるおすすめを20冊。
そしてそこからさらに、1か月ごとに、20冊くらいずつ追加をするのだ。最終的には今回も、半年間で100冊以上の本を順次ご紹介していくことになるだろう。
最初の月からすべての本を並べない理由はいくつかあるのだが、ぼくとしては、1か月ごとに1冊ずつ本を買い足したい人のためのフェアを目指している。先月並んでいた本のどれかを買った人が、しばらくして再訪してみたら自分が買った本のとなりにおもしろそうな本が加わっている、というのがやりたいのである。
やっていることはAmazonの「この本を読んだ人はこんな本も読んでいます」なのだ。つまりは日頃からおおくの書店員が棚を作る際にやっていることと一緒である。ぼくは選書フェアに関わることで本当に書店員の仕事を尊敬するようになった。本を選んで並べ続けるって終わりがないんだよな。
ただ実は問題もある。去年のフェアに並べた本125冊は、ぼくが20年以上本を読んできた上で、直近の3年~5年くらいの本からおすすめをえらんだわけだが、今年のフェアはせいぜいこの1年で読み足した本の中からコアを選ばないといけない。そんなに本読んでたかな、ぼくは……。
で、しらべてみると、結構読んでいるのだった。少なくとも年間200は読んでいる。ただしその中でオススメできる本がそこまで多くない。当たり前だがハズレの本もあるのだ。ハズレというのは内容がつまらないという意味ではなくて、「ぼくは楽しいけどこれ他の人はつまらないんじゃないかな」みたいな本も含む。「ぼくは楽しいけどこれ他の人はつまらないんじゃないかなって思うのはおこがましいからやっぱり並べてみようかな」という本も含む。「ぼくは楽しくないけどこれ他の人はすごい楽しいかもしれないな」という本もあるわけだ。これらをいちいち吟味するのは骨が折れる。
本を紹介しようと思ったら再読しないと「書評」が書けない。ぼくはこのフェアで、本1冊につき1枚の「短評カード」を添えてもらっている。350字以内でおすすめ文章を書いている。これを書くのがまたえらい時間がかかる。楽しい時間ではある。そもそもカードを本すべてに1つずつ封入している書店員の働きなくして、このフェアは成り立っていないのだから、ぼくがそれくらい苦労しなくてどうするのだ、という気持ちもある。なんにせよありがたい。みんなも本屋を楽しんでほしい。ぼくは本が楽しくてしょうがないぞ。
2019年10月24日木曜日
病理の話(377) 学術講演会のマニアックな心構えについて
ぼくは普段、もっぱら、「臨床画像と、病理像とを対比する講演」ばかりしている。
聞きに来る人は、医者や放射線技師、臨床検査技師など、医療のプロフェッショナルだ。素人(非医療者)相手の講演ではない。
病理医であるぼくは、臓器の肉眼像から情報をとるのが得意だし、プレパラートをみてそこに眠っている情報を引き出してくるのが職能だ。いわゆる病理診断。扱うモチーフ全般を「病理像」と呼ぶ。
これに対し、病理医以外の多くの医療者は、日頃、超音波とか内視鏡とかレントゲンとかMRIなどを通じて患者のことを知ろうとする。これが「臨床画像」。
「病理像」と「臨床画像」との接点をさがして橋渡しするような講演をすることで、病理医以外の多くの医療者たちが、日頃あまり触れることのない病理診断になじみ、喜んでくれる。
ところが最近のぼくは、AIをはじめとするヘルスケアの新しいシステムを語る人間として呼ばれる機会がちょろちょろ増えてきた。ぼくは別にAIの専門家ではないのに、である。
AIにもっと詳しい人は、あちこちにいる。なのにぼくがなぜ呼ばれるのかな、と考える。
ぼくを呼ぶ人たちの顔や反応をみてみると、もとより、AIに超絶詳しい人を呼んだつもりはないようだ。
どちらかというと、「そこまで詳しくなくてもいいけど、講演会を形にしてくれるならありがたい」くらいのテンションである。
ああそういうことなんだなーと、ちょっとだけさみしく思う。
「確実に盛り上がる講演なら内容は問いません」という意図を感じる。講演会という形式さえ完遂できれば、内容がさほど高度ではなくても、あまり専門性が高くなくても、コミュニケーションの役にも立つし、十分だ、ということなのだろう。
正直どうなのかな、と思う。
ぼくを札幌から呼ぶということはそれだけ交通費も宿泊費もかかるわけで、せっかくなんらかの形で予算を確保して、わざわざ休みの日に少なくない人数の医療者が集まってくるわけだから、それをコミュニケーション目的の学芸会のように終わらせてしまうのはもったいない気がする。
で、まあ、そういうことを考えながら講演のプレゼンをつくっていると、世間で言われているような「伝わるプレゼンの作法」だけではどうも足りないような気がしてくるのだ。
まず、「テイクホームメッセージを1個にしなさい」という、近頃誰もが指摘するプレゼンのセオリー。
真に受けてはいけない。ぼくはそれは聴衆をなめていると思う。
そもそも札幌からぼくを呼ぶのに、8万円とか10万円とかかかっているのだ。それだけの金をかけておきながら、講演から持って帰れるメッセージがプレゼンの中に1つって、そんなぼったくりみたいなことが許されるとは思えない。
少なくともぼくが講演を主催したときに、遠くから呼んだ演者が、28pt以上のフォントでスッカスカに作ったオシャレ紙芝居みたいなパワポの中に持ち帰れるメッセージが1個だけ、みたいなしゃべり方をしたら、なんとつまらないものを聞いたのかとがっかりしてしまうと思う。
そんなもの、講師を呼ばずとも、PDFで配れば事足りてしまうではないか。ていうかスカイプでやれよ。
……実際、PDFで配れば事が足りるであろう講演は世の中に多い。「何を聞いたか」「何を学んだか」ではなく、「誰がしゃべったか」「どの学会に出たか」を重視する立場で講演会をやるとそういうことになる。芸能人とかプロスポーツ選手とか作家などの著名人が講演するならそれでいいだろう。しかし、学術講演がそれでは困る。
「人間はそこまでまじめに人のプレゼンを聞いていないし、終わったらすごいスピードで忘れていくのだから、フォントは大きめに、内容は絞って、言いたいことは減らして」。
こんなもの、「講演会で勉強したくない人たち」に忖度しすぎだ。勉強したい人たちのことをなめている。
賛否両論わかった上で言うけれど、ぼくの講演のプレゼンは、とにかく情報量を多めにしている。フォントも、デザイン性は大事だが、絵本を作っているわけではないのだから、見た目の美しさにこだわるばかり情報を減らすようなことはしない。敷き詰めるときには意図をもって敷き詰める。会場の後ろから見えないようなプレゼンは作らないが、コピーライターを気取った体言止めばかりのプレゼンには学術的な魅力を感じない。
商品を印象づけて売るためにやる、営業プレゼンといっしょにされても困る。
個人の経験に基づく感想にすぎないが、学術講演には、話し手の熱意を受け取って明日の診療に活かしたいと念じる暑苦しい聴衆が必ずいる。
それは必ずしもいっぱいいるとは限らない。100人の参加者がいれば、5人も混じっていればいい方かもしれない。
けれども、ぼくはそういう「本気で勉強したい人」にこそ向けて学術講演をやるべきだと信じる。
「とにかくわかりやすい」を一義にする気は無い。
メモを取りながら本気で、プレゼンのすべてを持って帰ろうとがんばる若い医療者が、どんな講演会にもたいてい数人潜んでいる。メインターゲットは彼らだ。彼らが、一生忘れられないレベルの情報の洪水を浴びせかける。それこそが、金をかけて呼ばれてしゃべる人間の責務だと思う。
最大公約数のためになんてしゃべらない。
会場に出てきている人間たちの、可能性の最小公倍数にあわせてプレゼンを作る。
だからプレゼンはとにかく濃いめに作るのだが……。
ぼくもオトナなので、そうやって自説ばかりを振り回していても誰も喜ばないということもよく知っている。
そこで、パワーポイントのプレゼンは濃厚に作る一方で、しゃべり方はできるだけ簡潔に、それこそ「テイクホームメッセージにまっすぐ進んでいるようなかんじで」、しゃべるように心がける。
1.目から入ってくる情報を豪華に。
2.耳から入ってくる情報はシンプルに。
つまり視覚と聴覚の情報をずらすのである。そうすることで、「会場内になんとなく来ていたコミュニケーション目的の、あまり勉強する気は無い人たち」にも、それなりに楽しんでもらうことが可能となる。
どうも世の中の一部の医療系プレゼンターはこれと逆の作り方をしている。シャレオツでパワポ1スライドあたりの情報量がやけに少ないものを数枚出しながら、逆にスライド内に書いてないことを含めておもしろおかしく漫談のようにしゃべってやろう、というタイプ。
1.目から入ってくる情報をシンプルに。
2.耳から入ってくる情報を豪華に。
パワポはコピーライター型。しゃべりは明石家さんま型がいいと思っているのだろう。
ぼくに言わせればちゃんちゃらおかしい。
こういう人のプレゼンを見ていると、「聴覚よりも早く全貌を認識できる視覚がヒマになってしまう」のが気にくわない。目のやることが終わってしまっているのに、耳からはのべつまくなし、情報が飛び込んでくる。しょうがないからプレゼンターの顔ばかり見る。おっさんの顔を凝視する時間が長いプレゼン。基本的に苦痛だ。
こういうプレゼンは、「何をしゃべっているか」ではなく「誰がしゃべっているか」を強調したいときには役に立つだろう。
でも繰り返すけれどぼくがやりたいと思っている講演は逆なのである。やる気のある人と内容を共有したい。
というわけでぼくは世の中のプレゼン作法とは異なるやり方で講演をする。「いやーすごい濃厚なプレゼンでしたねー」と言われた人はそもそも相手にしていない。どれだけ込み入ったプレゼンを作っていようと、しゃべりが理路整然としていれば、講演が終わった後に必ずぼくの元に猛ダッシュしてきて質問をしてくる熱心な人が何人か現れる。
……と、まあ、ここまで偉そうなことばかり書いてきたが……。
実は上記はあくまでぼくが「理想とするかたち」であって、実際のぼくは、
1.目から入ってくる情報を豪華に。
2.耳から入ってくる情報も豪華に。
の、豪華×豪華でプレゼンをしていることが圧倒的に多い。そんなことだからしゃべりすぎるタイプのコミュ障とか言われてしまうのだ。プレゼン道は険しい。
聞きに来る人は、医者や放射線技師、臨床検査技師など、医療のプロフェッショナルだ。素人(非医療者)相手の講演ではない。
病理医であるぼくは、臓器の肉眼像から情報をとるのが得意だし、プレパラートをみてそこに眠っている情報を引き出してくるのが職能だ。いわゆる病理診断。扱うモチーフ全般を「病理像」と呼ぶ。
これに対し、病理医以外の多くの医療者は、日頃、超音波とか内視鏡とかレントゲンとかMRIなどを通じて患者のことを知ろうとする。これが「臨床画像」。
「病理像」と「臨床画像」との接点をさがして橋渡しするような講演をすることで、病理医以外の多くの医療者たちが、日頃あまり触れることのない病理診断になじみ、喜んでくれる。
ところが最近のぼくは、AIをはじめとするヘルスケアの新しいシステムを語る人間として呼ばれる機会がちょろちょろ増えてきた。ぼくは別にAIの専門家ではないのに、である。
AIにもっと詳しい人は、あちこちにいる。なのにぼくがなぜ呼ばれるのかな、と考える。
ぼくを呼ぶ人たちの顔や反応をみてみると、もとより、AIに超絶詳しい人を呼んだつもりはないようだ。
どちらかというと、「そこまで詳しくなくてもいいけど、講演会を形にしてくれるならありがたい」くらいのテンションである。
ああそういうことなんだなーと、ちょっとだけさみしく思う。
「確実に盛り上がる講演なら内容は問いません」という意図を感じる。講演会という形式さえ完遂できれば、内容がさほど高度ではなくても、あまり専門性が高くなくても、コミュニケーションの役にも立つし、十分だ、ということなのだろう。
正直どうなのかな、と思う。
ぼくを札幌から呼ぶということはそれだけ交通費も宿泊費もかかるわけで、せっかくなんらかの形で予算を確保して、わざわざ休みの日に少なくない人数の医療者が集まってくるわけだから、それをコミュニケーション目的の学芸会のように終わらせてしまうのはもったいない気がする。
で、まあ、そういうことを考えながら講演のプレゼンをつくっていると、世間で言われているような「伝わるプレゼンの作法」だけではどうも足りないような気がしてくるのだ。
まず、「テイクホームメッセージを1個にしなさい」という、近頃誰もが指摘するプレゼンのセオリー。
真に受けてはいけない。ぼくはそれは聴衆をなめていると思う。
そもそも札幌からぼくを呼ぶのに、8万円とか10万円とかかかっているのだ。それだけの金をかけておきながら、講演から持って帰れるメッセージがプレゼンの中に1つって、そんなぼったくりみたいなことが許されるとは思えない。
少なくともぼくが講演を主催したときに、遠くから呼んだ演者が、28pt以上のフォントでスッカスカに作ったオシャレ紙芝居みたいなパワポの中に持ち帰れるメッセージが1個だけ、みたいなしゃべり方をしたら、なんとつまらないものを聞いたのかとがっかりしてしまうと思う。
そんなもの、講師を呼ばずとも、PDFで配れば事足りてしまうではないか。ていうかスカイプでやれよ。
……実際、PDFで配れば事が足りるであろう講演は世の中に多い。「何を聞いたか」「何を学んだか」ではなく、「誰がしゃべったか」「どの学会に出たか」を重視する立場で講演会をやるとそういうことになる。芸能人とかプロスポーツ選手とか作家などの著名人が講演するならそれでいいだろう。しかし、学術講演がそれでは困る。
「人間はそこまでまじめに人のプレゼンを聞いていないし、終わったらすごいスピードで忘れていくのだから、フォントは大きめに、内容は絞って、言いたいことは減らして」。
こんなもの、「講演会で勉強したくない人たち」に忖度しすぎだ。勉強したい人たちのことをなめている。
賛否両論わかった上で言うけれど、ぼくの講演のプレゼンは、とにかく情報量を多めにしている。フォントも、デザイン性は大事だが、絵本を作っているわけではないのだから、見た目の美しさにこだわるばかり情報を減らすようなことはしない。敷き詰めるときには意図をもって敷き詰める。会場の後ろから見えないようなプレゼンは作らないが、コピーライターを気取った体言止めばかりのプレゼンには学術的な魅力を感じない。
商品を印象づけて売るためにやる、営業プレゼンといっしょにされても困る。
個人の経験に基づく感想にすぎないが、学術講演には、話し手の熱意を受け取って明日の診療に活かしたいと念じる暑苦しい聴衆が必ずいる。
それは必ずしもいっぱいいるとは限らない。100人の参加者がいれば、5人も混じっていればいい方かもしれない。
けれども、ぼくはそういう「本気で勉強したい人」にこそ向けて学術講演をやるべきだと信じる。
「とにかくわかりやすい」を一義にする気は無い。
メモを取りながら本気で、プレゼンのすべてを持って帰ろうとがんばる若い医療者が、どんな講演会にもたいてい数人潜んでいる。メインターゲットは彼らだ。彼らが、一生忘れられないレベルの情報の洪水を浴びせかける。それこそが、金をかけて呼ばれてしゃべる人間の責務だと思う。
最大公約数のためになんてしゃべらない。
会場に出てきている人間たちの、可能性の最小公倍数にあわせてプレゼンを作る。
だからプレゼンはとにかく濃いめに作るのだが……。
ぼくもオトナなので、そうやって自説ばかりを振り回していても誰も喜ばないということもよく知っている。
そこで、パワーポイントのプレゼンは濃厚に作る一方で、しゃべり方はできるだけ簡潔に、それこそ「テイクホームメッセージにまっすぐ進んでいるようなかんじで」、しゃべるように心がける。
1.目から入ってくる情報を豪華に。
2.耳から入ってくる情報はシンプルに。
つまり視覚と聴覚の情報をずらすのである。そうすることで、「会場内になんとなく来ていたコミュニケーション目的の、あまり勉強する気は無い人たち」にも、それなりに楽しんでもらうことが可能となる。
どうも世の中の一部の医療系プレゼンターはこれと逆の作り方をしている。シャレオツでパワポ1スライドあたりの情報量がやけに少ないものを数枚出しながら、逆にスライド内に書いてないことを含めておもしろおかしく漫談のようにしゃべってやろう、というタイプ。
1.目から入ってくる情報をシンプルに。
2.耳から入ってくる情報を豪華に。
パワポはコピーライター型。しゃべりは明石家さんま型がいいと思っているのだろう。
ぼくに言わせればちゃんちゃらおかしい。
こういう人のプレゼンを見ていると、「聴覚よりも早く全貌を認識できる視覚がヒマになってしまう」のが気にくわない。目のやることが終わってしまっているのに、耳からはのべつまくなし、情報が飛び込んでくる。しょうがないからプレゼンターの顔ばかり見る。おっさんの顔を凝視する時間が長いプレゼン。基本的に苦痛だ。
こういうプレゼンは、「何をしゃべっているか」ではなく「誰がしゃべっているか」を強調したいときには役に立つだろう。
でも繰り返すけれどぼくがやりたいと思っている講演は逆なのである。やる気のある人と内容を共有したい。
というわけでぼくは世の中のプレゼン作法とは異なるやり方で講演をする。「いやーすごい濃厚なプレゼンでしたねー」と言われた人はそもそも相手にしていない。どれだけ込み入ったプレゼンを作っていようと、しゃべりが理路整然としていれば、講演が終わった後に必ずぼくの元に猛ダッシュしてきて質問をしてくる熱心な人が何人か現れる。
……と、まあ、ここまで偉そうなことばかり書いてきたが……。
実は上記はあくまでぼくが「理想とするかたち」であって、実際のぼくは、
1.目から入ってくる情報を豪華に。
2.耳から入ってくる情報も豪華に。
の、豪華×豪華でプレゼンをしていることが圧倒的に多い。そんなことだからしゃべりすぎるタイプのコミュ障とか言われてしまうのだ。プレゼン道は険しい。
2019年10月23日水曜日
脳だけが旅をする
出張先ではAMラジオがかかっており、部屋は奥まっていて、壁は分厚く、ポケットWi-Fiの感度は悪く、持ち込んだノートパソコンでインターネットに接続するのにだいぶ苦労する。だめだ。電波が0本しか立たない。圏外とは表示されないが検出感度以下。「悪性は完全には否定できない」みたいなどっちつかずのレポートを書く場末の病理医のようだ。だめならだめ、いいならいいと言ってくれ。無精髭を掻き毟る。
珍しい病気の論文を探したい。ネットなしで診断を進めるのは厳しい。据え置かれたマッキントッシュを立ち上げた。
ぼくはマックが使いづらいと思っている側の人間だ。単に使用経験が足りないだけなのだが。シフトキーをおしながら文字入力をしても大文字アルファベットが表示されないのが不便。「英数」「かな」の文字が下品。長いWindows生活の末に指先にしみついた高次運動メカニズムが誤入力を連続して引き起こす。キータッチをするのにいちいちあそこを押してからあそこをおすという随意運動。不随意よりも随意がめんどう、ということがある。意図しないと文字が打てない環境で、ぼくは露骨に身悶える。
遠くからサンボマスターが聞こえた。サンボマスターももはや歌謡曲扱いなのだろうか。
ネットで病名と病理組織像を検索する。Googleにそのまま入れても求める情報は出てこないとわかっているので、Google scholarやPubMedを用いるわけだが、マックのブックマークにこれらが入っていない。Google chromeでログインして共有ブックマークを使えればすぐなのに。世界が便利に向けて猛ダッシュしているときに歩みをゆっくりにしたら相対的に不便になるという恒例であろう。
ラマチャンドラン「脳のなかの幽霊」を少しずつ読み進めている。視覚というものは、単に外界の光景が上下逆さまになって網膜に像を結ぶという光学現象ではなくて、もっとずっと高度な組み合わせなのだということが延々と語られていく。アーキテクチャとテクスチャを分けて考えるという近年のAI病理診断の発想も、もとをたどればラマチャンドランなのかもしれない。世にあるものがどんな形をしているか"what"と、それがどのように存在してどう動いたり止まったりしているか、あるいは何の機能に向かっているか"how"を、それぞれ大脳の違う場所が認知してあとで統合しているという説明。そうだな、ぼくはすでにそのことをよく知っている。別の本で読んだ。けれどオリジナルはここにあったんだな。
ラマチャンドランが語る内容は20年前には最新で、その後、多くの若者たちが彼のあとを追いかけてより強固な科学を作り上げているから、今読むと、「まだそこにいるのか」と思う記述も出てはくる。けれども、それよりもむしろ、「ぼくはそんなこと知らなかったぞ」と驚く内容のほうが圧倒的に多い。
はるか先を歩いていたつもりなのに、ずっと昔に見落としていた路傍の花にいまさら目を奪われている。
効率悪くなかなか進まない目先の仕事にうんざりして、出張先のデスクでぼくはスマホを手に取った。なぜかスマホの電波だけはきちんと立っている。タイムラインをのぞくと今日は「阿・吽」の10巻が発売される日だというではないか。デスクを離れて窓際に寄っていき、ポケットWi-Fiを空にかざしながら頼りない電波の中で即座にKindle版をダウンロードする。読む。圧倒される。
「華厳」の2文字が胸骨を強めに殴りつけてくる。
ぼくはそのまま最新刊を読み通したあと、窓際に立ったまま、スマホで論文を検索する。すぐに見つかる。PDFをダウンロードする。すぐに読み終わる。つまんねぇなあ。最新の技術。つまんねぇなあ。指先が勝手に開いていく未来。意図して歩くことをやめてはいけない。犀のように。犀のように。
珍しい病気の論文を探したい。ネットなしで診断を進めるのは厳しい。据え置かれたマッキントッシュを立ち上げた。
ぼくはマックが使いづらいと思っている側の人間だ。単に使用経験が足りないだけなのだが。シフトキーをおしながら文字入力をしても大文字アルファベットが表示されないのが不便。「英数」「かな」の文字が下品。長いWindows生活の末に指先にしみついた高次運動メカニズムが誤入力を連続して引き起こす。キータッチをするのにいちいちあそこを押してからあそこをおすという随意運動。不随意よりも随意がめんどう、ということがある。意図しないと文字が打てない環境で、ぼくは露骨に身悶える。
遠くからサンボマスターが聞こえた。サンボマスターももはや歌謡曲扱いなのだろうか。
ネットで病名と病理組織像を検索する。Googleにそのまま入れても求める情報は出てこないとわかっているので、Google scholarやPubMedを用いるわけだが、マックのブックマークにこれらが入っていない。Google chromeでログインして共有ブックマークを使えればすぐなのに。世界が便利に向けて猛ダッシュしているときに歩みをゆっくりにしたら相対的に不便になるという恒例であろう。
ラマチャンドラン「脳のなかの幽霊」を少しずつ読み進めている。視覚というものは、単に外界の光景が上下逆さまになって網膜に像を結ぶという光学現象ではなくて、もっとずっと高度な組み合わせなのだということが延々と語られていく。アーキテクチャとテクスチャを分けて考えるという近年のAI病理診断の発想も、もとをたどればラマチャンドランなのかもしれない。世にあるものがどんな形をしているか"what"と、それがどのように存在してどう動いたり止まったりしているか、あるいは何の機能に向かっているか"how"を、それぞれ大脳の違う場所が認知してあとで統合しているという説明。そうだな、ぼくはすでにそのことをよく知っている。別の本で読んだ。けれどオリジナルはここにあったんだな。
ラマチャンドランが語る内容は20年前には最新で、その後、多くの若者たちが彼のあとを追いかけてより強固な科学を作り上げているから、今読むと、「まだそこにいるのか」と思う記述も出てはくる。けれども、それよりもむしろ、「ぼくはそんなこと知らなかったぞ」と驚く内容のほうが圧倒的に多い。
はるか先を歩いていたつもりなのに、ずっと昔に見落としていた路傍の花にいまさら目を奪われている。
効率悪くなかなか進まない目先の仕事にうんざりして、出張先のデスクでぼくはスマホを手に取った。なぜかスマホの電波だけはきちんと立っている。タイムラインをのぞくと今日は「阿・吽」の10巻が発売される日だというではないか。デスクを離れて窓際に寄っていき、ポケットWi-Fiを空にかざしながら頼りない電波の中で即座にKindle版をダウンロードする。読む。圧倒される。
「華厳」の2文字が胸骨を強めに殴りつけてくる。
ぼくはそのまま最新刊を読み通したあと、窓際に立ったまま、スマホで論文を検索する。すぐに見つかる。PDFをダウンロードする。すぐに読み終わる。つまんねぇなあ。最新の技術。つまんねぇなあ。指先が勝手に開いていく未来。意図して歩くことをやめてはいけない。犀のように。犀のように。
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