知人の病理医がいい機械を導入したという話を聞いた。すごいおもしろそうだなーとわくわく見ていたら、「市原もやるかい?」と言われて、飛び上がって喜んで、ほくほくと文献を集めた。
「もうちょっとしたら、ぼくらが機械の使い方をマスターするから、そしたらうちにおいでよ。使わせてあげるよ。」
ぼくはそれをとても楽しみに待っていた。
ところがそれを待っている間に、ぼくが激烈に忙しくなってしまった。すごく雑なことをいうと「ツイッター以外なにもできないくらい時間がない」。仕事の合間合間に数秒しか自分の時間がとれない。朝から晩まで、ずうっと何かを書いたり見たり読んだりしゃべったりしていなければならない。
ちょっと計算外のことが立て続けに起こった。いいことばかりではない。まあ悪いことでもないのだが。
新しい研究を始める余裕がなくなってしまった。
……正確には、これでもなお新しく何かを始められる人のことを研究者と呼ぶのだろう。ぼくは研究者にはなれないんだな。
断腸の思いでメールを打つ。
「すみません……こちらから申し上げておいたにもかかわらずどうしても時間がとれないんです。このたびの話はなかったことにさせてください」
本当に残念、歯がみして悔しがる。
メールの最後に「市原真 拝上」とつけて送信するつもりが何の拍子か、「廃城」と変換された。ドイツかどこかの山間部にグレー一色でたたずむ古くさびれた城のイメージが頭をうめつくす。
ちきしょう。
まだ書けないことばかりなのだが、ぼくであるとか、病理学会であるとか、医療界であるとか、そういったものを取り巻く環境がこれから2022年くらいにかけてぐいぐいと動く。
それに向けて、予算を組んで、うちの病院の病理診断科がこの先ちゃんと患者や社会の役に立つためにどういう体勢を取らなきゃ行けないのかを考える必要が出てきた。これは本当に急な話だったので、ぼくはそれまでにノホホンと受けていた依頼を急いで片付けながら、脳の7割くらいを常にそっちに割かないといけなくなった。
てきめんにしわよせが来たのは読書である。
夜寝る前に、ふと息をついて本を読もうと思っても頭に入ってこない。
ツルッ、ツルッ、文字がすべって、目頭あたりからぽとぽとと落ちていく。まったく集中できなくて本をすぐ閉じる。ふとんに入ってさっさと寝てしまう。起きる。まったく寝た気がしないくらい一瞬で朝が来る。おもしれえなあちゃんと疲れは取れているよ。腰も首も昨晩よりかなりいい。けれども文字に対する疲れだけがどうしてもとれない。
目覚めて意識が開門すると、城門の前に多数の「案件」が並んで待っていて、ソレッとばかりに脳の中に入り込んでくる。朝ご飯を食べているころにはもはや脳の中はバザールみたいになっている。これが夜までずうっと続く。
なおぼくは最近、忙しくなってから、なぜかかつての10倍くらいの分量の文章を書いている。たぶん、るつぼみたいになった脳の中から、整理が終わって出荷できるものをどんどん外に出していかないと、市場がストップして何か大変なことになってしまう、みたいな強迫観念がある。だから出す。出せッ大泉君。
たぶん文章を見ている人たちは、ぼくが今、空前絶後にヒマなんだろうと思うに違いない。
たしかに心臓外科医とか脳外科医の考える「忙しい」はぼくには全くあてはまらない。SEのいう「忙しい」も、電通職員のいう「忙しい」も、政治家のいう「忙しい」も、芸能人のいう「忙しい」も、ぼくにとっては無縁だ。まったくみんながんばって欲しいと思う。ぼくはいっぱい食べていっぱい寝ている。ツイッターもするし。ブログも書くよ。
でもぼくは小声でいうならば今、脳が忙しい。脳は商売道具なのに、研ぐ暇も無い。きっと今本をあまり読めていないことが、1年後くらいにダメージとなって返ってくるだろう。早くヒマにならないかなあ。
以上をツイッターに書くと「これ以上ヒマになりたいのかよ」と笑われるけれど、正直、ぼくは今、誰かが笑ってぼくを見てくれることが愛おしい。
2019年10月9日水曜日
2019年10月8日火曜日
病理の話(372) 早期胃癌研究会あたふた顛末記その1
もう都心もそこまで暑くないよ。と教えてくれたのはグーグルである。2019年9月18日(水)、ぼくはお昼の飛行機で東京に向かった。早期胃癌研究会という大きな会で、病理の解説を1例だけ担当するためである。
歴史ある会だ。全国から800人もの医者(+放射線技師)が集まってくる。泉岳寺にあるだだっぴろい会場には立ち見も出る……。
……といいたいところだが、実は最近、そこまででもない。会場には空席も目立つようになった。遠くから新幹線や飛行機を駆使して集まれるほどの金銭と熱意は時代とともにやや薄まってしまったきらいがある。今はせいぜい300人くらいかな。それでもやっぱり、全国から人が集まる。ゆいしょただしい。ゆいしょ。
移動に金がかかりすぎる北海道のような地域では、本年からサテライト中継がはじまった。おかげで、もはや早期胃癌研究会に直接出席しなくても、一流のドクターたちによる症例の解析や検討をネット経由でみることができる。となるともはや札幌にいるぼくは直接会場に行く必要がない。
のだけれど今回はお仕事だ。東京まで行かないといけない。えっちらおっちら。札幌から東京までは近くて遠い。
この会はタイトルに「早期胃癌」とついているだけあって、設立当初(もう60年くらい前かな?)には主に”早期の胃がん”の解析をやっていた。
胃腸のがんに対する医学はこの60年で急速に発展した。たいていは進行した状態でしか見つけることができなかった胃がんを殲滅すべく、育ち切る前に胃がんを見つけて治すにはどうしたらいいかと、がんの初期像に対して頭をひねった人たちがいた。進行がんというのは軍隊に例えるならば大軍である。打ち倒すには手間も時間も武器もたくさん必要だ。できれば、大軍になる前に、チンピラの小集団くらいの時期に倒してしまいたい。早期に見つけたい。
だから、昔の人たちは、手術でとってきた胃をひたすら細かく「全割」し、とても肉眼では見つけられないようながんの芽を顕微鏡で見つけ出そうとした。病理医が検索するプレパラート枚数は胃ひとつにつき200~300枚くらいになったという。胃がひとつ採られるたびに、顕微鏡検索が信じられないほど長い時間続いた。だってプレパラート1枚を2分でみたとしても600分、つまりは10時間かかるんだよ。
もともと胃がんの病理診断は、病変のある部分を中心に、ひとりにつき30枚~50枚くらいをみれば必要な診断が終わる。手間だけ考えても数倍。学究目的で顕微鏡をみるときには余計に時間がかかるからきっと今の10倍以上の時間をかけたろう。そうやって丹念に、胃をすみずみまで検索することで、我が国の胃がんの診断学はここまで進歩してきた。
むかしのえらい人たちは胃を細かく切って胃がんの芽を探すだけではなく、ひとつのところに集まって、バリウムや内視鏡の写真をみて、早期の胃がんというものを臨床医はどうやって見つけたらいいのかと議論し合うことにした。ひとりで延々と時間をかけるだけではなくそれを持ち寄ることにしたわけだ。病理のプレパラート写真を投影しながらみんなで討論をする。これが早期胃がんなのか。いや、これはだいぶ進んだ胃がんだろう。もうすこし早く見つけるにはどうしたらいいか。どうやったら胃粘膜にひそんでいる早期のがんを見つけ出すことができるか。つかみ合いのケンカがはじまりそうなテンションで、精鋭達の劇場型バトルが毎月開催された。
熱心な消化器内科医、外科医、放射線科医、病理医たちがこうして毎月一同に介すると、胃だけではなく大腸や食道の話もついでにしようじゃないかと考えるのは自然なことだろう。かくして、早期胃癌研究会では、早期の胃がんだけではなく、食道がん、大腸がん、そしてがん以外の消化管の病気をも検討する会となった。
めずらしい、なやましい症例をもった臨床医が、研究会に応募して審査を待つ。
審査員は症例の写真をみる。胃カメラ・大腸カメラで撮影した病変の画像。そのクオリティ、意図をよみとる。全国から人を集める会に、うつりのわるい写真、意図が薄い写真を提示しては恥ずかしい、ということなのだろう。症例は厳しく選別される。
1例につき、会場で検討されるのは30分だけ。たったその30分のためにえらい気合いの入れようだ。最初の20分~25分では、会場に集まった医者の中でもとくに「読影委員」と呼ばれるエースが、巨大スクリーン2面に投影された症例の画像をその場でみて、根拠とともに病変の姿を読み解いていく。マイクを使い、静まりかえる会場の最前列で、観客席に尻を向けてスクリーンを凝視する姿が、会場からはシルエットとしてさみしく見える。影が影を読むのだ。
ひとりの読影が終わるとすかさず会場からツッコミが入る。
「おおむね同意です。まず病変の範囲についてですが私はちょっとだけ違って……。つぎに病変の深さですがこれもすこし違って……。最後に想定する病理像ですがこれもすこしだけ違って……」
どこが同意しているのか。まるで違う意見だ。まったく同じ臨床画像(胃カメラやバリウム、超音波などの画像)を、異なる医者が「読む」と、これだけずれてしまう。もちろん、どの医者も「この病気はただ事ではないぞ」と気づくところまではいく。実を言うとたいてい治療法についてもさほど違いは無い。つまりは「今、その患者のためにできること」としてはここまでの細かい議論は必要ないことが多い。しかし、その細かい違いがもたらす病気のメカニズムの差が、将来的には治療法の違いにまで直結するかもしれない。だからみんなとても真剣なのである。
早期胃癌研究会は18時から21時までの3時間開催だが、その間に5例の症例検討が行われ、途中にミニレクチャーや表彰式などが挟まる。1例30分という時間制限は「厳守」。議論がどれだけ白熱しても30分を超えるとブーイングである。しかし、難しい症例だとどうしても、時間を超えてしまうことがある。赤面必死の時間超過は、そして、たいてい、病理医の責任となる。なぜかというと、最初の20~25分の読影のあとに病理医がでてきて、その症例の病理像(プレパラートをみて診断した結果)を解説するのだが、病理の検討が臨床医たちの読影よりも深くないと納得してくれないからなのだ。たった5分の病理解説に不備があると、それまでお互いに殴り合っていた臨床医たちが突如肩を組んで病理医のほうに突進してくる。関ヶ原のわきの展望台でのんびりお茶を飲んでいたら徳川と石田がそろってこっちに矢を放ってくる。
早期胃癌研究会での病理解説はとても胃に悪い。
ぼくが解説を担当するのは10か月ぶり。前回も、今回も、自分の病院の症例ではなく、他院から頼まれて解説をすることになった。まだ戦っていないのにすでにほうほうの体である。飛行機が羽田についた。さあようやくこの日の思い出話……と言いたいところだが話が長くなりすぎるので次回(あさって更新)に続く。
歴史ある会だ。全国から800人もの医者(+放射線技師)が集まってくる。泉岳寺にあるだだっぴろい会場には立ち見も出る……。
……といいたいところだが、実は最近、そこまででもない。会場には空席も目立つようになった。遠くから新幹線や飛行機を駆使して集まれるほどの金銭と熱意は時代とともにやや薄まってしまったきらいがある。今はせいぜい300人くらいかな。それでもやっぱり、全国から人が集まる。ゆいしょただしい。ゆいしょ。
移動に金がかかりすぎる北海道のような地域では、本年からサテライト中継がはじまった。おかげで、もはや早期胃癌研究会に直接出席しなくても、一流のドクターたちによる症例の解析や検討をネット経由でみることができる。となるともはや札幌にいるぼくは直接会場に行く必要がない。
のだけれど今回はお仕事だ。東京まで行かないといけない。えっちらおっちら。札幌から東京までは近くて遠い。
この会はタイトルに「早期胃癌」とついているだけあって、設立当初(もう60年くらい前かな?)には主に”早期の胃がん”の解析をやっていた。
胃腸のがんに対する医学はこの60年で急速に発展した。たいていは進行した状態でしか見つけることができなかった胃がんを殲滅すべく、育ち切る前に胃がんを見つけて治すにはどうしたらいいかと、がんの初期像に対して頭をひねった人たちがいた。進行がんというのは軍隊に例えるならば大軍である。打ち倒すには手間も時間も武器もたくさん必要だ。できれば、大軍になる前に、チンピラの小集団くらいの時期に倒してしまいたい。早期に見つけたい。
だから、昔の人たちは、手術でとってきた胃をひたすら細かく「全割」し、とても肉眼では見つけられないようながんの芽を顕微鏡で見つけ出そうとした。病理医が検索するプレパラート枚数は胃ひとつにつき200~300枚くらいになったという。胃がひとつ採られるたびに、顕微鏡検索が信じられないほど長い時間続いた。だってプレパラート1枚を2分でみたとしても600分、つまりは10時間かかるんだよ。
もともと胃がんの病理診断は、病変のある部分を中心に、ひとりにつき30枚~50枚くらいをみれば必要な診断が終わる。手間だけ考えても数倍。学究目的で顕微鏡をみるときには余計に時間がかかるからきっと今の10倍以上の時間をかけたろう。そうやって丹念に、胃をすみずみまで検索することで、我が国の胃がんの診断学はここまで進歩してきた。
むかしのえらい人たちは胃を細かく切って胃がんの芽を探すだけではなく、ひとつのところに集まって、バリウムや内視鏡の写真をみて、早期の胃がんというものを臨床医はどうやって見つけたらいいのかと議論し合うことにした。ひとりで延々と時間をかけるだけではなくそれを持ち寄ることにしたわけだ。病理のプレパラート写真を投影しながらみんなで討論をする。これが早期胃がんなのか。いや、これはだいぶ進んだ胃がんだろう。もうすこし早く見つけるにはどうしたらいいか。どうやったら胃粘膜にひそんでいる早期のがんを見つけ出すことができるか。つかみ合いのケンカがはじまりそうなテンションで、精鋭達の劇場型バトルが毎月開催された。
熱心な消化器内科医、外科医、放射線科医、病理医たちがこうして毎月一同に介すると、胃だけではなく大腸や食道の話もついでにしようじゃないかと考えるのは自然なことだろう。かくして、早期胃癌研究会では、早期の胃がんだけではなく、食道がん、大腸がん、そしてがん以外の消化管の病気をも検討する会となった。
めずらしい、なやましい症例をもった臨床医が、研究会に応募して審査を待つ。
審査員は症例の写真をみる。胃カメラ・大腸カメラで撮影した病変の画像。そのクオリティ、意図をよみとる。全国から人を集める会に、うつりのわるい写真、意図が薄い写真を提示しては恥ずかしい、ということなのだろう。症例は厳しく選別される。
1例につき、会場で検討されるのは30分だけ。たったその30分のためにえらい気合いの入れようだ。最初の20分~25分では、会場に集まった医者の中でもとくに「読影委員」と呼ばれるエースが、巨大スクリーン2面に投影された症例の画像をその場でみて、根拠とともに病変の姿を読み解いていく。マイクを使い、静まりかえる会場の最前列で、観客席に尻を向けてスクリーンを凝視する姿が、会場からはシルエットとしてさみしく見える。影が影を読むのだ。
ひとりの読影が終わるとすかさず会場からツッコミが入る。
「おおむね同意です。まず病変の範囲についてですが私はちょっとだけ違って……。つぎに病変の深さですがこれもすこし違って……。最後に想定する病理像ですがこれもすこしだけ違って……」
どこが同意しているのか。まるで違う意見だ。まったく同じ臨床画像(胃カメラやバリウム、超音波などの画像)を、異なる医者が「読む」と、これだけずれてしまう。もちろん、どの医者も「この病気はただ事ではないぞ」と気づくところまではいく。実を言うとたいてい治療法についてもさほど違いは無い。つまりは「今、その患者のためにできること」としてはここまでの細かい議論は必要ないことが多い。しかし、その細かい違いがもたらす病気のメカニズムの差が、将来的には治療法の違いにまで直結するかもしれない。だからみんなとても真剣なのである。
早期胃癌研究会は18時から21時までの3時間開催だが、その間に5例の症例検討が行われ、途中にミニレクチャーや表彰式などが挟まる。1例30分という時間制限は「厳守」。議論がどれだけ白熱しても30分を超えるとブーイングである。しかし、難しい症例だとどうしても、時間を超えてしまうことがある。赤面必死の時間超過は、そして、たいてい、病理医の責任となる。なぜかというと、最初の20~25分の読影のあとに病理医がでてきて、その症例の病理像(プレパラートをみて診断した結果)を解説するのだが、病理の検討が臨床医たちの読影よりも深くないと納得してくれないからなのだ。たった5分の病理解説に不備があると、それまでお互いに殴り合っていた臨床医たちが突如肩を組んで病理医のほうに突進してくる。関ヶ原のわきの展望台でのんびりお茶を飲んでいたら徳川と石田がそろってこっちに矢を放ってくる。
早期胃癌研究会での病理解説はとても胃に悪い。
ぼくが解説を担当するのは10か月ぶり。前回も、今回も、自分の病院の症例ではなく、他院から頼まれて解説をすることになった。まだ戦っていないのにすでにほうほうの体である。飛行機が羽田についた。さあようやくこの日の思い出話……と言いたいところだが話が長くなりすぎるので次回(あさって更新)に続く。
2019年10月7日月曜日
充電中に漏電するタイプ
新連載をnoteではじめたのは「マガジン機能」があるからだ。
https://note.mu/dryandel/m/meab049957c2a
先日のイベントでちょっとぶりに会った編集犬は、即座に「フローとストック」と言った。経済学の例えだが、思考とか理念とか、情報を考える上でも使える考え方だろうと思う。SNS全盛時代には、何かをどこかで発言したときに、それがフローとして流れていくか、それともストックされるのか、という属性をあてはめることができる。
ツイッターでハッシュタグを使ってドッカンドッカン刹那的にもりあがるのはフロー(流れ去る)。
これに対し、書籍、あるいは文芸というものは、タッシリ・ナジェールの壁画からずっとそうなのだと思うのだが、痕跡として世に残り続けるストック(とどまる)としての側面がある。
インターネットがすべてフローで流れていくかというとどうもそうではない気もする。簡単な例でいうと、Wikipediaはいちおうストック型のサービスだ。ただ時流に応じてどんどん改変されていくし、30年くらい前の情報はぜんぜん手に入らないことも多いのだけれど……。
いっぽう、SNSはたいていフローとして捉えられている。たとえば医療情報の中でも比較的SNSでよく目にする、インフルエンザが今年も流行しはじめましたよーとか、風疹ワクチンのクーポンが今月末に更新されますよーみたいな情報は、フローだ。フローとして瞬間的に消費されることが前提である。
でもほとんどの医療情報は「いつか誰かの役に立つまでそこにある」という役割が求められる。つまりフローよりストック。医療情報はストック型のサービスにきちんとまとめられないと使い物にならない。ぼくはこれを、「博物館」になぞらえた。
博物館は静謐で、訪れる人はそこに知性があることを知って訪れ、見て楽しみ、自分の脳の栄養とする。
医療情報もこれといっしょだ。普段は博物的に分類され、陳列され、一覧できて、検索できるものであることが、のぞましい。ただし博物館といっしょで、特に自分が健康なときにはもっぱら脳の栄養とするために摂取する性質が強い。あるいは将来の不安を取り去るため? 家族や知人に知識を提供するため? そうだね、博物館の例えではすべては通らないか。でも博物的知識も究極的には「人間はなぜ生きて、どこへ向かっているのか」という壮大な哲学の一側面であるようにも思うけれど。
SNSで医療情報を発信し続けると、瞬間的にバズって承認欲求が満たされるのだが、何かストックできる仕組みと紐付けないとほんとうはあまり使えない。
ただ、すでにストックしてある情報をときどき「虫干し」する意味で、不定期にSNSというフローに載せるやりかたもあるだろう。博物館が巡回展をやったり特集を組んだりするようなものか。
そんなことをつらつら考えていたときに、FUKKOプロジェクトの人がnoteの中の人に話を聞くラジオというのをたまたま聞いて、noteのマガジン機能はストックとしての性質があるなあということを思った。SNSとの相性が良く、というか、ほぼSNSとして利用されているにもかかわらず、マガジンとして記事を選別して、自他問わずまとめることが、その名の通り雑誌的な媒体として輝きを放つ。ハッシュタグよりももうすこしストック性が高いよなとぼくは感じた。
だから以上の話をもっと掘り下げるためにはnoteのマガジンを作ることだな、と考えて、作ってみた。最近は新しいマガジンをどんどん作り出すことになんの抵抗もない。ぼくはそもそも多弁すぎるのだがこれくらい書く場所があるとしっくりくる。ジンオウガみたいにしょっちゅう放電しないと死んでしまうタイプのホモサピエンスなのだろう。
https://note.mu/dryandel/m/meab049957c2a
先日のイベントでちょっとぶりに会った編集犬は、即座に「フローとストック」と言った。経済学の例えだが、思考とか理念とか、情報を考える上でも使える考え方だろうと思う。SNS全盛時代には、何かをどこかで発言したときに、それがフローとして流れていくか、それともストックされるのか、という属性をあてはめることができる。
ツイッターでハッシュタグを使ってドッカンドッカン刹那的にもりあがるのはフロー(流れ去る)。
これに対し、書籍、あるいは文芸というものは、タッシリ・ナジェールの壁画からずっとそうなのだと思うのだが、痕跡として世に残り続けるストック(とどまる)としての側面がある。
インターネットがすべてフローで流れていくかというとどうもそうではない気もする。簡単な例でいうと、Wikipediaはいちおうストック型のサービスだ。ただ時流に応じてどんどん改変されていくし、30年くらい前の情報はぜんぜん手に入らないことも多いのだけれど……。
いっぽう、SNSはたいていフローとして捉えられている。たとえば医療情報の中でも比較的SNSでよく目にする、インフルエンザが今年も流行しはじめましたよーとか、風疹ワクチンのクーポンが今月末に更新されますよーみたいな情報は、フローだ。フローとして瞬間的に消費されることが前提である。
でもほとんどの医療情報は「いつか誰かの役に立つまでそこにある」という役割が求められる。つまりフローよりストック。医療情報はストック型のサービスにきちんとまとめられないと使い物にならない。ぼくはこれを、「博物館」になぞらえた。
博物館は静謐で、訪れる人はそこに知性があることを知って訪れ、見て楽しみ、自分の脳の栄養とする。
医療情報もこれといっしょだ。普段は博物的に分類され、陳列され、一覧できて、検索できるものであることが、のぞましい。ただし博物館といっしょで、特に自分が健康なときにはもっぱら脳の栄養とするために摂取する性質が強い。あるいは将来の不安を取り去るため? 家族や知人に知識を提供するため? そうだね、博物館の例えではすべては通らないか。でも博物的知識も究極的には「人間はなぜ生きて、どこへ向かっているのか」という壮大な哲学の一側面であるようにも思うけれど。
SNSで医療情報を発信し続けると、瞬間的にバズって承認欲求が満たされるのだが、何かストックできる仕組みと紐付けないとほんとうはあまり使えない。
ただ、すでにストックしてある情報をときどき「虫干し」する意味で、不定期にSNSというフローに載せるやりかたもあるだろう。博物館が巡回展をやったり特集を組んだりするようなものか。
そんなことをつらつら考えていたときに、FUKKOプロジェクトの人がnoteの中の人に話を聞くラジオというのをたまたま聞いて、noteのマガジン機能はストックとしての性質があるなあということを思った。SNSとの相性が良く、というか、ほぼSNSとして利用されているにもかかわらず、マガジンとして記事を選別して、自他問わずまとめることが、その名の通り雑誌的な媒体として輝きを放つ。ハッシュタグよりももうすこしストック性が高いよなとぼくは感じた。
だから以上の話をもっと掘り下げるためにはnoteのマガジンを作ることだな、と考えて、作ってみた。最近は新しいマガジンをどんどん作り出すことになんの抵抗もない。ぼくはそもそも多弁すぎるのだがこれくらい書く場所があるとしっくりくる。ジンオウガみたいにしょっちゅう放電しないと死んでしまうタイプのホモサピエンスなのだろう。
2019年10月4日金曜日
病理の話(371) 病理という学問と人間のイトナミとの接点
このブログで「病理の話」をだいぶ長いこと書いている。途中で糸井さんに「副題をつけたほうがいいよ」と二度ほど言われて二度目にうなずいて、第一回目にまでさかのぼってぜんぶ副題をつけた。たしかに、こうすることで、今までなんとなくどんなことを書いてきたのかが見やすく……なってないけど……ぼく副題ひねりすぎなんだな……読者のためにはなってないな……まあいいや(よくないけど)、だいぶいろいろなことを書いてきた。
書いてきたものをすこし振り返って思ったのだけれど、最近の内容はどちらかというと「病気の概念」とか「人体のメカニズム」のほうに寄っている。「医学」が多い。そもそも記事のタイトルが病理の話であって、病人の話とか医者の話ではないわけで、病の理のことだけ書いていけばいいのかもしれない。
けれどせっかく1日おきに延々と書いているのだから、ほかにももう少し目次を足してみてもいいかもなとは思った。
病理学とか医学は素材である。道具であると言ってもいい。本当は、この素材というか道具を用いて、喜怒哀楽ある人間が何をやるかにひとつ大きな意味がある。
ただしぼくは素材そのものを愛でるタイプでもある。ある病気をめぐって人々がどんな気分になっているか、それとどう戦おうとしているか、みたいな人間的アレコレが全く書いていなくても、「病気の知識」だけ読んでいてわりと楽しい。だからノーストレスでブログ記事を書き続けていると、無自覚に素材情報に満ちあふれる。オタクとして正しい生き様だ。
でもまあやっぱりもう少しコンテキストを足すか、と思った。だからこれからは素材の話だけではなく、たまに、素材を使って何をやっているか、みたいなところも書いていこうとは思う。これは賛否両論あるかもしれない。もっと朴訥なあなたでいてほしいと夜霧の向こうに汽笛の鳴り響く午後3時に桟橋のたもとでトレンチコートの女性に泣かれてしまうかもしれない。しかし、もう決めたのだ。
さて病理の話をどうコンテキストにしていくか、なのだが、たとえば現実にあった症例の話をすると、基本的にはスリーアウトどころか危険球退場、出場停止、登録抹消である。患者の個人情報をホイホイSNSに漏らしてはいけない。
具体的な病気の話をするときにはあくまで素材としてだけ語る必要がある。胃がんのメカニズムを書いてみんなに読んでもらうことはサイエンスだけれど、○○市○○区に住む○○歳の○性、○○○○さん(○○)の○○がん、の話をするとこれは一代記であり個人情報の漏洩。コンテキストとして強いのは圧倒的に後者だろうがそれをやっちゃあ病理診断医としてはおしまいである。ではほかに、どのように、「素材を現場でどう扱っているか」「道具がプロによってどう使われているか」の話をしたらよいか?
そこでちょっと考えたのだが、これからぼくがときおり出張先でどういう仕事をしているかみたいなことを書く機会をもうけてみようと思う。といっても、もっぱら出張話ばかり書くわけではなく、意図してそういう話題を付け加えようと考えた、くらいのものだ。出張先ではたいてい学術講演をしているのだが、それだけではなく、「症例検討会」と呼ばれるシーンで病理という素材を使ってほかの医療者に何やら説明をしたりする機会も多い。患者の個人情報の部分は出さないようにしつつ、臨床医や検査技師、放射線技師などからどういう質問が出て、それに自分がどう答えたか、みたいな話をちょっと書いてみてもいいかな、と思った。
これはつまり文脈の中で病理を使うというのがどういうことか、というのを記事に落とし込もうということだ。どうも難しそうだなーという予感がある。今日は予告までとして、次回以降、どこかでやると思うので気長に待っててください。
書いてきたものをすこし振り返って思ったのだけれど、最近の内容はどちらかというと「病気の概念」とか「人体のメカニズム」のほうに寄っている。「医学」が多い。そもそも記事のタイトルが病理の話であって、病人の話とか医者の話ではないわけで、病の理のことだけ書いていけばいいのかもしれない。
けれどせっかく1日おきに延々と書いているのだから、ほかにももう少し目次を足してみてもいいかもなとは思った。
病理学とか医学は素材である。道具であると言ってもいい。本当は、この素材というか道具を用いて、喜怒哀楽ある人間が何をやるかにひとつ大きな意味がある。
ただしぼくは素材そのものを愛でるタイプでもある。ある病気をめぐって人々がどんな気分になっているか、それとどう戦おうとしているか、みたいな人間的アレコレが全く書いていなくても、「病気の知識」だけ読んでいてわりと楽しい。だからノーストレスでブログ記事を書き続けていると、無自覚に素材情報に満ちあふれる。オタクとして正しい生き様だ。
でもまあやっぱりもう少しコンテキストを足すか、と思った。だからこれからは素材の話だけではなく、たまに、素材を使って何をやっているか、みたいなところも書いていこうとは思う。これは賛否両論あるかもしれない。もっと朴訥なあなたでいてほしいと夜霧の向こうに汽笛の鳴り響く午後3時に桟橋のたもとでトレンチコートの女性に泣かれてしまうかもしれない。しかし、もう決めたのだ。
さて病理の話をどうコンテキストにしていくか、なのだが、たとえば現実にあった症例の話をすると、基本的にはスリーアウトどころか危険球退場、出場停止、登録抹消である。患者の個人情報をホイホイSNSに漏らしてはいけない。
具体的な病気の話をするときにはあくまで素材としてだけ語る必要がある。胃がんのメカニズムを書いてみんなに読んでもらうことはサイエンスだけれど、○○市○○区に住む○○歳の○性、○○○○さん(○○)の○○がん、の話をするとこれは一代記であり個人情報の漏洩。コンテキストとして強いのは圧倒的に後者だろうがそれをやっちゃあ病理診断医としてはおしまいである。ではほかに、どのように、「素材を現場でどう扱っているか」「道具がプロによってどう使われているか」の話をしたらよいか?
そこでちょっと考えたのだが、これからぼくがときおり出張先でどういう仕事をしているかみたいなことを書く機会をもうけてみようと思う。といっても、もっぱら出張話ばかり書くわけではなく、意図してそういう話題を付け加えようと考えた、くらいのものだ。出張先ではたいてい学術講演をしているのだが、それだけではなく、「症例検討会」と呼ばれるシーンで病理という素材を使ってほかの医療者に何やら説明をしたりする機会も多い。患者の個人情報の部分は出さないようにしつつ、臨床医や検査技師、放射線技師などからどういう質問が出て、それに自分がどう答えたか、みたいな話をちょっと書いてみてもいいかな、と思った。
これはつまり文脈の中で病理を使うというのがどういうことか、というのを記事に落とし込もうということだ。どうも難しそうだなーという予感がある。今日は予告までとして、次回以降、どこかでやると思うので気長に待っててください。
2019年10月3日木曜日
りんご以外も食べる
連続出張で乱れた勤務スタイルが元に戻るまでに4日ほどかかってしまった。ばたばた過ごしていると、何も今日この話が聞こえてこなくてもいいのにな、というレアなトークがばんばん耳に届く。研ぎ澄まされているということか? いや、単に運が悪いのだろう。このクソ忙しいときに、そんなに心に負荷をかける話題はいらないのになと思う。
札幌の夕暮れは少しずつ寒さがきつくなってきた。この部屋は空調が終わってるから、そろそろカーディガンか何かを用意しないと風邪を引いてしまうだろう。書いていて思ったが、体が冷えたからといって、そのへんに風邪の原因ウイルスが飛び交っていなければ風邪は引かないわけで、病理の部屋に孤独に震えているだけのぼくはどれほど寒かろうが風邪など引くわけはないのだが、まあ、そのへんは、よくわからないメカニズムがあるかもしれないし、あったかくして悪いことなどあるまい。膝掛けが活躍する季節がやってくる。
聞きたくない聞きたくないと引きこもっていても、耳を引っ張られるようにして巻き込まれる。どうやら、今後のぼくらの働き方を大きく左右する、つまりはこの業界の制度みたいなものがガラッと変わるという噂話。ただし噂とは言ってもかなり中枢にいる人間から聞こえてくるリーク情報なので、おそらく将来本当にそのようになるだろう。ぼくは同じ職名のまま、少しずつ違う仕事をすることになりそうなのだ。
ツイッターのタイムラインでは「10年間を振り返る」みたいな企画ハッシュタグが花盛りである。アドラー心理学とすこしだけ距離をつめたぼくは、もはや過去に対する興味を失いつつあるのだけれど、実際、それは過去にぼくが想像していたことと今のぼくがぶち当たっていることがまるで当たっていないからで、何を言いたいかというとそれはつまり、時間軸は全く直進していないのでレール代わりに使うにはあまりに不便なのだということだ。振り返っても闇は探れない。遠くを見やっても霧の向こうはわからない。足下すらおぼつかない。なのにドローンだけ飛ばそうとする。振り返っても首が痛むばかり。背伸びしてもつま先が痺れるばかり。
ぼくは病理診断医に「なったこと」を後悔したことがある。しかし、病理診断医でいる今に後悔した記憶がおもしろいことにほとんどない。振り返ったり遠くを見たりするといろいろと考えて評価をしてしまう。ところがそういうのをやめるとわりと満足しているのだからおもしろい。顕微鏡の前に一人座って、たまに膝をなでながらキーボードを叩いていると、またどこかからか、病理医の働き方が変わるらしいよという噂が聞こえてくる。えるしっているか、うわさは、かことみらいのはなししかしない。
札幌の夕暮れは少しずつ寒さがきつくなってきた。この部屋は空調が終わってるから、そろそろカーディガンか何かを用意しないと風邪を引いてしまうだろう。書いていて思ったが、体が冷えたからといって、そのへんに風邪の原因ウイルスが飛び交っていなければ風邪は引かないわけで、病理の部屋に孤独に震えているだけのぼくはどれほど寒かろうが風邪など引くわけはないのだが、まあ、そのへんは、よくわからないメカニズムがあるかもしれないし、あったかくして悪いことなどあるまい。膝掛けが活躍する季節がやってくる。
聞きたくない聞きたくないと引きこもっていても、耳を引っ張られるようにして巻き込まれる。どうやら、今後のぼくらの働き方を大きく左右する、つまりはこの業界の制度みたいなものがガラッと変わるという噂話。ただし噂とは言ってもかなり中枢にいる人間から聞こえてくるリーク情報なので、おそらく将来本当にそのようになるだろう。ぼくは同じ職名のまま、少しずつ違う仕事をすることになりそうなのだ。
ツイッターのタイムラインでは「10年間を振り返る」みたいな企画ハッシュタグが花盛りである。アドラー心理学とすこしだけ距離をつめたぼくは、もはや過去に対する興味を失いつつあるのだけれど、実際、それは過去にぼくが想像していたことと今のぼくがぶち当たっていることがまるで当たっていないからで、何を言いたいかというとそれはつまり、時間軸は全く直進していないのでレール代わりに使うにはあまりに不便なのだということだ。振り返っても闇は探れない。遠くを見やっても霧の向こうはわからない。足下すらおぼつかない。なのにドローンだけ飛ばそうとする。振り返っても首が痛むばかり。背伸びしてもつま先が痺れるばかり。
ぼくは病理診断医に「なったこと」を後悔したことがある。しかし、病理診断医でいる今に後悔した記憶がおもしろいことにほとんどない。振り返ったり遠くを見たりするといろいろと考えて評価をしてしまう。ところがそういうのをやめるとわりと満足しているのだからおもしろい。顕微鏡の前に一人座って、たまに膝をなでながらキーボードを叩いていると、またどこかからか、病理医の働き方が変わるらしいよという噂が聞こえてくる。えるしっているか、うわさは、かことみらいのはなししかしない。
2019年10月2日水曜日
病理の話(370) 病理医のワークライフバランス
病理医になる途中、たまに、全然家に帰らない日が、ある。どこまでもどこまでも勉強してしまう。気づいたら朝、みたいな。
そういう時期を経験した病理医が、そこそこいるとは思う。
これは、臨床医が「仕事が終わらず帰れない」のとはニュアンスがちょっと違う。
「勉強が終わらず帰れない」。やっていることは勉強であってタスクではない。誰に強制されているわけでもないし、さっさと帰ったっていい。けれども、なんだか、気持ち的に、帰れない。
マンガ『フラジャイル』の中で、夜通し顕微鏡を見て”ゾーン”に突入した宮崎先生がいたが、ああいう感じかな。
正直、病理医は、体育会系で自分をいじめたからといって成長が保証される仕事ではない。特に、誰かから強いられて、徹夜しないと終わらない業務を与えられて、いやいや顕微鏡と向き合っていても、まず成長なんかはできない。脳はスパルタでは伸びない。
それでも、なぜか、キャリアのどこかの段階で、「あっ、もう少し……もう少し勉強してから帰りたいな」と思う日がある。なんでだろうなあ。
ワークライフバランスをきちんとたもって、自分をしっかり休ませたり、大事な人のために楽しく過ごしたり、そうやりながらでも、十分に病理の勉強はできる。成長なんてゆっくりでいい。そんなに急いで脳に知識を詰めこもうとしても、できるわけがない。疲れないスピードで、じっくり、フレックスで育っていけばいい……。
わかってるんだけどな。本当に不思議だ、独身だろうが家庭があろうが、なぜか前触れもなく、ギュンっと「帰りたくない感情」に襲われる。
おもしろいことに、「あっ今日帰りたくないかも」と気づくタイミングはたいてい、「いつもならさっさと帰って家のことをやるはずの日」である。だから、もう少し勉強したいなという欲望を抑え込んで、帰ることにすると……。
哀しいくらいに「病理診断医としての自分」がぐらっと揺れる。あーままならない。
いつも、よかれと思って休んでいる、自分。楽しく生きているつもりの自分。家族を大事にしている自分。趣味を満喫している自分。
同じ自分のはずなのに、たまに、「今は脳を学問に全振りさせてくれ!」と思いたくなる。なぜ? 理由はもう、よくわからない。病理医ってのはそういう性格の人がなる仕事なのだ……というと、言いすぎかなあ。
ぼくは若い病理医志望の人に、最近、こう言うようにしている。
「あなたは、”ゾーンに入る” ことがありますか? めったにない? しょっちゅうある? しょっちゅうはちょっと怖いな、人として。
完全に個人の感想なのですが、自分がゾーンに入りそうだなと思ったときに、スッとゾーンに入っても周りに迷惑がかからない頻度を把握しておくといいでしょう。毎回ゾーンに入ってたら自分壊れるよ。けど、ときどき、ゾーンに入りたくなるんだこの仕事は。そういうものなんだ。だから、ゾーンに入る自分を、ときどき、許してあげるほうがいいと思う……。
この仕事、たぶん、どこかでゾーンに入る自分を楽しめると、うまみがぐっと増える。
ゾーンに全く入れないまま病理医として育つの、思ったより、大変かもしれない。自分の性格にもよるけどね。
変なアドバイスだけれど、ワークライフバランスって、日常の繰り返しの中でバランスをとるだけじゃなくて、『ハレの日に自分をどう偏らせるか』ってとこまで含めてバランスなんですよ、きっとね。」
そういう時期を経験した病理医が、そこそこいるとは思う。
これは、臨床医が「仕事が終わらず帰れない」のとはニュアンスがちょっと違う。
「勉強が終わらず帰れない」。やっていることは勉強であってタスクではない。誰に強制されているわけでもないし、さっさと帰ったっていい。けれども、なんだか、気持ち的に、帰れない。
マンガ『フラジャイル』の中で、夜通し顕微鏡を見て”ゾーン”に突入した宮崎先生がいたが、ああいう感じかな。
正直、病理医は、体育会系で自分をいじめたからといって成長が保証される仕事ではない。特に、誰かから強いられて、徹夜しないと終わらない業務を与えられて、いやいや顕微鏡と向き合っていても、まず成長なんかはできない。脳はスパルタでは伸びない。
それでも、なぜか、キャリアのどこかの段階で、「あっ、もう少し……もう少し勉強してから帰りたいな」と思う日がある。なんでだろうなあ。
ワークライフバランスをきちんとたもって、自分をしっかり休ませたり、大事な人のために楽しく過ごしたり、そうやりながらでも、十分に病理の勉強はできる。成長なんてゆっくりでいい。そんなに急いで脳に知識を詰めこもうとしても、できるわけがない。疲れないスピードで、じっくり、フレックスで育っていけばいい……。
わかってるんだけどな。本当に不思議だ、独身だろうが家庭があろうが、なぜか前触れもなく、ギュンっと「帰りたくない感情」に襲われる。
おもしろいことに、「あっ今日帰りたくないかも」と気づくタイミングはたいてい、「いつもならさっさと帰って家のことをやるはずの日」である。だから、もう少し勉強したいなという欲望を抑え込んで、帰ることにすると……。
哀しいくらいに「病理診断医としての自分」がぐらっと揺れる。あーままならない。
いつも、よかれと思って休んでいる、自分。楽しく生きているつもりの自分。家族を大事にしている自分。趣味を満喫している自分。
同じ自分のはずなのに、たまに、「今は脳を学問に全振りさせてくれ!」と思いたくなる。なぜ? 理由はもう、よくわからない。病理医ってのはそういう性格の人がなる仕事なのだ……というと、言いすぎかなあ。
ぼくは若い病理医志望の人に、最近、こう言うようにしている。
「あなたは、”ゾーンに入る” ことがありますか? めったにない? しょっちゅうある? しょっちゅうはちょっと怖いな、人として。
完全に個人の感想なのですが、自分がゾーンに入りそうだなと思ったときに、スッとゾーンに入っても周りに迷惑がかからない頻度を把握しておくといいでしょう。毎回ゾーンに入ってたら自分壊れるよ。けど、ときどき、ゾーンに入りたくなるんだこの仕事は。そういうものなんだ。だから、ゾーンに入る自分を、ときどき、許してあげるほうがいいと思う……。
この仕事、たぶん、どこかでゾーンに入る自分を楽しめると、うまみがぐっと増える。
ゾーンに全く入れないまま病理医として育つの、思ったより、大変かもしれない。自分の性格にもよるけどね。
変なアドバイスだけれど、ワークライフバランスって、日常の繰り返しの中でバランスをとるだけじゃなくて、『ハレの日に自分をどう偏らせるか』ってとこまで含めてバランスなんですよ、きっとね。」
2019年10月1日火曜日
このままどこか遠く連れてってもらった先
月曜日が祝日、というのが2週間続いた。「火曜日に月曜日っぽく働く週」が2回連続でやってきたということになる。
ぼくは火曜日が好きだ。
朝は6時に、dマガジンが更新されて、SPA!の最新号が読める。
SPA!には燃え殻さんの連載『すべて忘れてしまうから』があるから、これを読む。
まずはピンチで画面を拡大して、燃え殻さんの手書きのタイトルをスマホの画面に大写しにする。そしてスクリーンショットをとる。
それをタイムラインに流す。今から読むぞサインだ。
著作権とかいろいろ怒られるかもしれない。怒られたら誤っていくばくかのお金を払ってもうしないよ、と言うだろう。でもたぶんこれくらいなら許してくれると思う。
これくらいを許してくれる世界でやっていきたい。
今から読むぞサインをツイートしたらあらためて、読む。
ぶっちゃけあっという間に読み終わるくらいの分量だ。けれども、ぼくはその「あっという間」に、一週間のテンションを依存している。
文章というのは不思議だな。もう腐るほど言われてきたことだけれど、たとえば俳句で宇宙を語ることができるのと同じようにで、SPA!の燃え殻さんの1ページの中には時間軸がねじ込んである。
燃え殻さんのページを読んだらそのまま仕事を始めてしまうことが多い。ほかのページまで読むかどうかは気分次第だ。
グラビアなんかはまず見ない。ああいうのはスマホで見ても何がいいのか全くわからない。
……中学生ならわかるのだろうか?
そしてしばらく働いて夕方になると、今度は、大学院時代の先輩が、ウェブラジオ『いんよう!』を更新する。だいたい夕方7時くらいのことが多いが、先輩の都合次第のようだ。
更新告知にすぐ気づくことはあまりない。たいてい、ガリガリ働いていたり、何事か書いていたりする。
で、1時間遅れくらいで気づいて、たとえば帰宅する車の中で、スマホから流してそれを聞く。
1か月くらい前の自分が、未だに聞き慣れない声を出して、先輩の声とぶつかりあっている。これがなんともしみじみおもしろくて疲れが取れる。
会話の内容がおもしろいというよりも、たかだか数週間前の自分がここまで突飛なことを考えているのかよ、と気づけることがおもしろい。まあ先輩と話しているときのぼくを、孤独な最中のぼくが聞いたら、おもしろいに決まっているのだ。
そんなこんなで火曜日を毎週楽しみにしているのだけれど、月曜日が祝日である、くらいの軽い負荷を脳にかけるだけで、途端にその楽しみを両方すっ飛ばしてしまうことがあり、我ながら呆れる。
一日何度もカレンダーを見ていて、今日が火曜日だから生検の当番が誰だとか小物の切り出し当番が誰だとかと、幾度となく会話しているのに、火曜日の大事な行事をコロッと忘れる。これはいったいどういう了見なのだろう?
「体内時計」のように、「体内カレンダー」があるとしたら、そのカレンダー、どうも睡眠とか空腹では動いていないようだ。たぶん、「月曜日の仕事」というのがトリガーになっている。
つまりぼくは働くことでカレンダーをめくる、働く日にちがずれると、カレンダーがうまくめくれなくなる、そういうことなんだろう。
火曜日にはほか、マツコの知らない世界というコンテンツがある。そのせいか、火曜日に限っては、ぼくの頭の中にはいつもそこそこ決まった順番でメロディが流れている。
朝から夕方まではたいてい、クリープハイプの曲がどれかかかる。小沢健二のこともある。
夕方くらいになると、かつてリスナーが「森の中から二人がやってきておしゃべりをして、また森の中に戻っていくような音楽」と称した、『いんよう!』のBGMがかかる。
そして夜、寝る前には、マツコの知らない世界のジングルがずっとかかる。
音楽がある一日は楽しい。火曜日よりの使者、という曲を誰か歌ってくれないだろうかと、今、ふと思った。ハイロウズのアナログレコードを買った日のことは、遠く昔にぼやけてしまった。あのころの火曜日は、何もなくて、つまらなかった。今が一番いい。
ぼくは火曜日が好きだ。
朝は6時に、dマガジンが更新されて、SPA!の最新号が読める。
SPA!には燃え殻さんの連載『すべて忘れてしまうから』があるから、これを読む。
まずはピンチで画面を拡大して、燃え殻さんの手書きのタイトルをスマホの画面に大写しにする。そしてスクリーンショットをとる。
それをタイムラインに流す。今から読むぞサインだ。
著作権とかいろいろ怒られるかもしれない。怒られたら誤っていくばくかのお金を払ってもうしないよ、と言うだろう。でもたぶんこれくらいなら許してくれると思う。
これくらいを許してくれる世界でやっていきたい。
今から読むぞサインをツイートしたらあらためて、読む。
ぶっちゃけあっという間に読み終わるくらいの分量だ。けれども、ぼくはその「あっという間」に、一週間のテンションを依存している。
文章というのは不思議だな。もう腐るほど言われてきたことだけれど、たとえば俳句で宇宙を語ることができるのと同じようにで、SPA!の燃え殻さんの1ページの中には時間軸がねじ込んである。
燃え殻さんのページを読んだらそのまま仕事を始めてしまうことが多い。ほかのページまで読むかどうかは気分次第だ。
グラビアなんかはまず見ない。ああいうのはスマホで見ても何がいいのか全くわからない。
……中学生ならわかるのだろうか?
そしてしばらく働いて夕方になると、今度は、大学院時代の先輩が、ウェブラジオ『いんよう!』を更新する。だいたい夕方7時くらいのことが多いが、先輩の都合次第のようだ。
更新告知にすぐ気づくことはあまりない。たいてい、ガリガリ働いていたり、何事か書いていたりする。
で、1時間遅れくらいで気づいて、たとえば帰宅する車の中で、スマホから流してそれを聞く。
1か月くらい前の自分が、未だに聞き慣れない声を出して、先輩の声とぶつかりあっている。これがなんともしみじみおもしろくて疲れが取れる。
会話の内容がおもしろいというよりも、たかだか数週間前の自分がここまで突飛なことを考えているのかよ、と気づけることがおもしろい。まあ先輩と話しているときのぼくを、孤独な最中のぼくが聞いたら、おもしろいに決まっているのだ。
そんなこんなで火曜日を毎週楽しみにしているのだけれど、月曜日が祝日である、くらいの軽い負荷を脳にかけるだけで、途端にその楽しみを両方すっ飛ばしてしまうことがあり、我ながら呆れる。
一日何度もカレンダーを見ていて、今日が火曜日だから生検の当番が誰だとか小物の切り出し当番が誰だとかと、幾度となく会話しているのに、火曜日の大事な行事をコロッと忘れる。これはいったいどういう了見なのだろう?
「体内時計」のように、「体内カレンダー」があるとしたら、そのカレンダー、どうも睡眠とか空腹では動いていないようだ。たぶん、「月曜日の仕事」というのがトリガーになっている。
つまりぼくは働くことでカレンダーをめくる、働く日にちがずれると、カレンダーがうまくめくれなくなる、そういうことなんだろう。
火曜日にはほか、マツコの知らない世界というコンテンツがある。そのせいか、火曜日に限っては、ぼくの頭の中にはいつもそこそこ決まった順番でメロディが流れている。
朝から夕方まではたいてい、クリープハイプの曲がどれかかかる。小沢健二のこともある。
夕方くらいになると、かつてリスナーが「森の中から二人がやってきておしゃべりをして、また森の中に戻っていくような音楽」と称した、『いんよう!』のBGMがかかる。
そして夜、寝る前には、マツコの知らない世界のジングルがずっとかかる。
音楽がある一日は楽しい。火曜日よりの使者、という曲を誰か歌ってくれないだろうかと、今、ふと思った。ハイロウズのアナログレコードを買った日のことは、遠く昔にぼやけてしまった。あのころの火曜日は、何もなくて、つまらなかった。今が一番いい。
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