2021年4月20日火曜日

病理の話(527) ここんとこの模様の微妙な違いの理由が知りたいんですよね

今日の話をするにあたって、実際の内視鏡などの画像を用いると、いろいろ問題があるので、例え話を交えながらやる。



胃カメラの診断学の進歩はマジですごい。患者に口からカメラを飲んでもらい、そのカメラが病気のある部分まで肉薄していくのだけれど、肉薄ってどれくらい肉薄かっていうと、もう、カメラの先端が病気の部分にほとんど触れるか触れないか、っていうレベルである。


近い



となると、胃カメラをやっている医者から見て、病気はこのように見える。



すごい近い


これくらい近いとクマさんの全貌は見られない。しかし、胃カメラは動かすことができるので、自在に動かしながらクマさんの全体をくまなく見る(ダジャレです)。



で、この病気を、胃カメラの先からマジックハンドのような電気メスを出して、うまく切り取って、治療する。今の内視鏡医(胃カメラドクター)はそういうことができる。あ、病気の種類によるけれど。



上手にとれました



で、とってきたクマさんを、病理医はどうするか。

細やかに切って短冊状にして、「割面」を顕微鏡で観察する。





病理診断のために短冊切りにする侍のイラストです









短冊をプレパラートにして顕微鏡で見るときのイメージです





そして顕微鏡で見た結果を、写真に書き込んでいく。




クママッピング



最後に病理診断を書く。



一般的な病理組織診断報告書(のイメージ)です











で、これを見て、胃カメラをやった医者からは問い合わせがくることがある。


「先生、ここんところを顕微鏡でみたらどうなってましたか? 興味があるんですよね」








問い合わせの写真






……いやいやいやいや

拡大しすぎだよ

わかんないよ

これどこだよ





ってなる。そこで、胃カメラをやった医者と病理医は、画像を付き合わせながら、

「胃カメラで興味をもって見ていたここは、顕微鏡だとどこにあたるのか」

というのを、すごく真剣に考える。











ここまでやると「血の通った病理診断」になる。胃カメラをやる人が本気になればなるほど、短冊に切って顕微鏡を見るだけでは病理診断は終わらなくなる。わりとコミュニケーションの世界だ。いまのところ、AIではこの仕事のごく一部までしか手伝えない(けど役には立つよ)。








2021年4月19日月曜日

自分の病気の話

1年くらい前には三叉神経痛で苦しんでいた。三叉神経などと書いても文字からはどこが痛いのか伝わってこないが、ぼくの場合は「歯」だった。というか歯茎の奥とでも言うか。知覚過敏になったり(熱いモノもしくは冷たいモノがだめ)、鈍痛が来たりする。最初はぜったい虫歯だと思った。しかしいくら調べてもらっても虫歯が見つからない。おまけに、上の前歯の少し左横と、下の前歯の少し左横、すなわちかみ合わせる部分が両方とも同じタイミングでズンと痛くなることがある。これって神経だよな、と思って神経内科で聞いてみたらやっぱり三叉神経痛を疑うとのことだった。エリカだかマリカだか忘れたけれど何やら薬を出しましょうか、どっちでもいいですよ、と聞き、3か月くらいで治ることが多いよとのことだったので特に何も飲まずに過ごしていたら、3か月後には本当に治っていた。


そしてその頃から腰痛が出始めた、これは半年続いた。ぼくが今驚いているのは、一時期は医局まで歩くにも足を引きずらなければいけないほどの重度の腰痛だったのに、今こうして振り返ってみると「治った」ということ。まさかこの腰痛が治るとは思わなかった。多くの仕事をキャンセルできたのはひとえに感染症禍のおかげでもある。デスクでZoomするだけでもきつくて泣きそうになっていたけれど、一昨年と同様に出張しまくっていたら果たしてどれだけ長引いたかわからない。というか、飛行機の搭乗口で歩けなくなって搬送されていたかもしれない。何がいいほうに転ぶかわからないものだ。


そういえば腰痛が治ったな、ということを意識したのはじつは昨日のことである。なぜかというとぼくは今、頚椎症がひどいのだ。具体的には首を少し見上げる姿勢で完全に右手がしびれる。家に帰ってテレビを見ているときも油断するとしびれる。おまけに、右手の人差し指だけは姿勢にかかわらずずっとしびれていて、これがもう3週間くらい続いている。頚椎症は初めてではなくて5年ぶり2度目。これもまたいつか治るんだろうなあ、と漠然と期待していてふと思った。「あっ、腰痛治ったな」と。


こうしてぼくは次から次へとどこかが不調である。なるほど中年とはこういうことなのか、と身を以て知る。書いていて急に思い出したのはIBS(過敏性腸症候群)のことだ。3年くらい便通がおかしい。痛みを伴い、下痢と便秘をくり返す。休みになるとぴたりと治る。食事をいろいろ変えて繊維質を増やしても、仕事のストレスが多いとほぼ役に立たないが、妻と相談して食事に気を付けているうちに前よりは付き合いやすくなった。付き合い続けることに慣れてしまい、もはや自分が抱えている体調不良として腰痛や頚椎症と共にノミネートするのを忘れていた。ああ、中年とはこういうことなのか、と思い知る。





先日ついに老眼が来た。ぼくは右目の視力が1.2で遠視、左目が0.3で近視なので、人に説明するときには「遠近両用」と言っているのだけれど、とうとう本を読んでいて「あっつらいな」と感じるようになった。着々と患者の気持ちがわかるようになっていく。今年43歳になる。何かを成し遂げるには十分な歳だ。体の痛みはまったく愛おしくない。歳を取ることはちっともうれしくない。その上でなお、何かを成し遂げるには十分な歳である。成し遂げるっていうか遂げたらだめなんだろうな、継続していかないと。痛みと同じように。

2021年4月16日金曜日

病理の話(526) 病理医になるには

なろうと思ってなる仕事って世の中にどれくらいあるのかな? ちょっとわかんない。だから今日のタイトルがどこまで「本質的」なのかもわからない。

でも、定期的に書きたくなる。「病理医になるにはどうしたらいいですか?」「どこで研修すればいい病理医になれますか?」に対する、お答えを。



さあ、今日の答えを書く。



「病理医がたくさんいる施設を見学し、できればその施設でキャリアの一時期を過ごしましょう。」



これがすべての基本だと思う。






内科、外科、「フツーの医者」になるためには、さまざまな場所を渡り歩きながら複数の研修をするのが当たり前になった。ひとつの施設で同じボスにずっと師事して、それで一人前の医者になれる、というのはほぼ無理である。

「大学医局」という比較的ゴリゴリの狭い世界に「入局」して門下生になっても、そこには「医局人事」という名前の外勤が待っている。大学やでかい病院だけで一生を過ごすことはない。

では医局というマフィアの中におさまらずに、自分で研修先を自由に選びながら一人前を目指せば、ひとつの場所に永年勤務しながら一人前になれるかというと……。

各種の専門医を取得する課程で、どうしても多彩な臨床経験が必要になる。「あの病気を診た経験」や、「その病気を診た経験」のように、「病気の種類をとにかくいっぱい経験する」だけでよいならば、大学病院や大規模医療センターのような病床数の多いところに勤務すれば事が足りるだろう……と思いがちだが、それだと、「地方の小さな病院に勤務した経験」は得られないし、よりわかりやすく言えば、「大学病院に行くほどではないなと思ってかかりつけの病院で済ませようとする、でもじつはけっこうでかめの病気が隠れている患者」を最初から診る機会が無い。

現代において、医者が育つには「転勤」することが前提だ。渡り歩かない医者はかなり少なくなったと思う。



しかし、このことは、現時点で病理医にはあまり当てはまっていないかもしれない。

なぜか病理医を目指す人は、「どこかひとつの施設でうまく育てばいいな」と思っている傾向がある(個人の感想です)。

さらに、病理医を育てるほうも、「俺がいちから教えればきちんと病理医になれるよ」と言い張っているケースがある。けっこう不思議だ。どういう自己顕示欲なんだ。

実際、「うちの施設ではこのように研修をして、病理専門医をとってもらいます」というプログラムが、「単一施設で組まれている」ケースは後を絶たない。臨床医は多くの病院を経験してようやく医者になるのに、病理医だけが「たったひとつの冴えたやり方」で病理医になれると思うほうが不自然だ。




「数少ない上司」に育てられる病理医はすごく偏っていく。なぜなら、いまどきの病理医は、病理診断のなかでも細かく細分化された専門分野に熱中しており、「病理診断という狭い世界の中でもさらにすみっコぐらししている」ことがほとんどだからだ。それが悪いことだとは言っていない。仕事が高度化すれば分業するしかないし、自分の専門性を高めていくことはおもしろい精神作業でもある。ただし、教わるほうにとっては、大変だ。

どのボスを選んでも偏っているのならば、複数の、なるべく多くのボスの話を聞いて、「どこに行っても通用するように」幅広い研修をしないと、病理医になるための第一歩である「病理専門医試験」にも受かりづらい。



「病理医が1人、2人しかいない施設に勤務して定年まで勤める」というのはキャリアパスとしては下策である。取り得る選択肢としては、

・病理医が10人以上いる施設に入り込む

か、

・「病理医がいる病院」を複数たばねている施設に入っていろいろなところに送り込んでもらう

の2種類が浮上する。まあこのどっちかしかないと思うんですよ。





「どっちかしかない」って書いたけど、ネットワークが発達して病理医のいる施設同士の連携がしやすくなっていく今後は、もう少し違うキャリアも出てくるのかなーとは思う。けど、今のところ、「俺が教える最強の病理学」を1個だけ持っていてもろくな病理医にはなれない。本と似ている。複数持っていたほうが楽しいのである。

2021年4月15日木曜日

ふまじめだから星一つ

本を出すと必ず発売直後に買ってくれて、Amazonに星1つを付ける人がいる。おかげで毎回Amazonの評価はいつも1.0からスタートする。


内容はいつも同じで、SNSでふざけているから星1つだ、医者が仕事中にツイートしているのは問題だ、など、書籍と関係ない内容が半分くらい盛り込まれている。見かねた人びとによって削除申請がなされると、Amazon側もそれを理解してくれるようで、数日でレビューが消去される。しかし、また似たような名前の人が現れてすぐに星1つを付けて去っていく。いたちごっこでありそういうものだとあきらめている。とある作家が「あそこはもう見てません」と言っていたがさもありなんと思う。


その後、しばらくすると、時間をかけて本を読んでくださった方が評価を付けにやってきて、星4とか星5とかをくださるので、ある時期からは評価が平均されて3.0くらいに上がる。ただこれはおそらく、「星1があるからバランスをとってやろう」という気分と無縁ではないと思う。もとからそこに星1がなければ、あるいは星3くらいでいいかなと思っていた人も、発売直後についたろくに内容を読んでいない人の星1を目にすると、かわいそうだなと思って多少高評価ぎみにレビューを書いてくれるのではないか。


Amazonの評価はいつも乱高下する。いちいち気にしてもいられない。なにより、ぼくはもともと書店を応援するためにAmazonのリンクは貼らないことにしていたから、これまでは黙っていた。


でも、あるとき鴨が、「書店員さんも、Amazonの売れ行きやランキングを見て仕入れを決めているらしいよ」と教えてくれてから、そうか、Amazonのリンクを周知することが書店の役に立つなんてこともあるんだな、と思い、ここ1年くらいはAmazonリンクを貼るようにしている。


星1を見て「そうか、つまらん本なんだな」と思う人は少ないように思う。誰もが物事の裏側をめくってみたいから本のページをめくるのだ。レビューも、「これは仲良しごっこで付けてる星5だな」とか「これは単に著者へのいやがらせで星1なんだな」ということは、誰よりも読者のほうがよくわかっている。


だからAmazonの星なんて気にしなくていい。見る人は見る、読まない人は読まない。ただ、いつも、ぼくが好きで気に入っている本にはたまに300とか500といった数の星がついていて、それがうらやましいなと思うことはある。多くの人に届くよりも少数の人に深々と刺さりたい、そううそぶくことは簡単だ。しかし多くの人に深々と刺さるものが書けたらそれはけっこうすばらしいことだ、かもしれませんね、SAMURAI。

2021年4月14日水曜日

病理の話(525) 病理医とは医療の編集者であるか

ふつうの医者(臨床医)を作家・文筆家にたとえると、病理医の仕事は編集者に似ているのではないか、と思うことがある。


医者は患者を「取材」して、よく吟味し、考え、自分の語彙力を用いてそれを記述し、患者とともにストーリーを編む。患者ごとに異なる、ひとつとして同じものなどない人生の物語に、診断名を決めることである種の「定型」を導入し、治療という介入によってこれを多くの人が納得できるような展開に持ち込んでいく。


物語の「主役」はあくまで患者である。しかしその患者の声を聞きながら、「あなたにはこういう展開がふさわしい」と誘導をしかけていく医者の臨床技術はあたかも作家のそれだなあ、と思うのである。


作家というと、物語を生み出す神であると思われてしまうかもしれない。しかしぼくの知る多くの作家達は、ときにこのようなことを言う。


「キャラを内面まできちんと描ききると、そのキャラが勝手に動き出すことがある。私はその姿をきちんと見て書き留めているだけだ」


すなわち物語というものは、丁寧な人物造形という裏打ちがあれば、たいていの場合、登場人物と作家との共同作業によって生み出されてくると思うのだ。




……ここまで書いて、かつてぼくが「作家」に例えていた臨床医は、今なら「ライター」に例えた方がしっかりくるのかもな、と思った。古賀さんの本が届いたらまたこの部分を考え直そうと思う。


古賀さんの本: 取材・執筆・推敲 書く人の教科書  https://www.amazon.co.jp/dp/4478112746/ref=cm_sw_r_tw_dp_KBMP5AAGV2MXHXCTV36Q




さて、作家・ライターであるところの臨床医と、登場人物・主役であるところの患者が共同作業で編んでいく物語、あるいは「コンテンツ」は、そのままではほころびが生じることがある。


丁寧な取材と掘り下げ(実際の医療では問診、診察などにあたる)によって、患者の体から、あるいは心から出てくる小さな声を、プロのもの書きであるところの臨床医はきちんと文章に仕立て上げていく。より多くの人が、よりわかりやすく、対処しやすい形の美文を書く。しかし、多くの取材を行い、その道のプロとなった作家……臨床医には、それ故の弱点がある。それは、「客観的な」、あるいは「俯瞰的な」物語への評価がだんだんできなくなるということだ。


作家の頭の中だけでは成り立っているストーリーも、それを実際に他人が読んでみると、ここはわかりにくい、ここは十分に書かれていない、ここは設定に無理がある、などの「ずれ」がある。作家、すなわち臨床医自身もそのことはよくわかっていて、「丁寧な取材」だけではまかないきれない、厳密で学術的な部分の調査や、全体の整合性をとること、物語自体の説得力を上げることが必要だと、きちんと認識している。


だから作家は編集者とも共同作業を行うのだ。編集者は作家が組み立てたプロットを聞いて、そのプロットが最も輝くような「舞台装置」を他者の目線から検討しなおす。「そのストーリーならばこの部分をしっかり目立たせた方が全体の流れがわかりやすくなるのではないか」「この物語にはこのようなタイトルを付けることではじめて見た人がぐっと引き込まれ、物語に入って行きやすいのではないか」といったことを提案する。また、同時に、第一の読者としてわかりにくいところを指摘したり、作家の得意な領域の確認を行ったり、ときには別の可能性を提示したりもする。


これらの例え話を医療現場での仕事に置き換えると……


病理医は臨床医の考えているプロット=臨床診断を共有して、それがきちんとハマるような病名を「病理組織診断」という別の目線から提案する。「この臨床診断に対してここで病理組織診断を確定しておくことで今後の診療の流れがスムースになる」「この臨床診断にこの病理診断がつくことで保険診療の流れに乗り、チーム医療が前に進む」。また、同時に、主治医の第一の聞き手として診療の仮説におかしいところがあったら指摘し、主治医の得意な領域に応じて今後の方針を確認し、ときに別の科の医者にも介入してもらう可能性を提示する。



うん、まだこの例え、行けるな……と思う。『いち病理医のリアル』のときは、まだ編集者という仕事のことをそこまでしっかりわかっていなかった(今もかもしれないが)。でも、ああやって書いてみたあと、作家と編集者の関係と、臨床医と病理医の関係を、それぞれ時間をかけて調べているけれど、今のところ、大外しはしていないんじゃないかなあという気がする。




かつてぼくは、編集者に出会うたびに「なぜ自分で書いて作家になろうと思わなかったのですか」と尋ねていた。でも、今はわかる。言語化はしないでおくが、なんというか、理解できるのである。

2021年4月13日火曜日

読み終わらない本のこと

ぼくは日ごろから「本を読むのが速い」と言われる。でも、ゆっくりじっくり、長々と本を読んでいることもしょっちゅうだし、自分ではあまり速読しているとは思っていない。速く読んでいるのではなくて、読書の時間が長いだけだろう。


先日、『眼がスクリーンになるとき ゼロから読むドゥルーズ「シネマ」』という本をようやく読み終わった。この本を読むのに3週間ちょっとかかった。毎日読んで3週間。コツコツ読んで20日以上。決して速いとは言えないだろう。


この間、仕事に使う医学書や医療系の雑誌を読んだり、定期購読している書評の雑誌を読んだり、マンガの新刊を読んだりもした。たいていのものは「シネマ」より先に読み終わってしまった。「シネマ」だけが遅々として進まなかった。きつい読書だったのである。


とにかく頭のめちゃくちゃいい人が書いた本だということはよくわかった。そして、大変に難しかった。書いていることの1割もわからない。けれどもその「わからないけれど何かゾクゾクとする感覚」が気持ちよくて、いつまでも読んでいたいと思った。結局この本は読んでいる途中に何度かツイートしたけれど、読了報告はしなかったはずだ。これを人におすすめできるほど、ぼくはこの本を読めていないのではないか、と思ったからだ。たまにそういうことがある。おもしろかったけれど、読み切れなかったな、という本。


読んでいて挫折し、いつかまた読もうと思って本棚に挿している本もいくつかある。ベルクソンの『物質と記憶』(講談社学術文庫)はそのひとつだ。ざらりと低解像度で完読するくらいの気持ちで読み始めたのだが、半分ほど読んだところで、ページの中に出てくる言葉の半分くらいがわからなくなってしまい、そこでリタイアした。


医学書院のメガネのイケメンにそのことを告げると、彼は「ベルクソンは解説書がいっぱい出てますからそっちから読んだらいいですよ」とこともなげに言う。哲学の本を原著から当たるのは危険だということを、そのときはじめて知った。お説に従ってその後、いくつかの哲学書を「解説書から」読み始めたのだが、『ジャック・デリダ入門講義』(作品社)は入門書と書いてあるのに歯が立たなかった。話が違うじゃないかと思った。


今回の「シネマ」だってそうだ。ゼロから読む、とあるが、うそだと思う。この本を読めるのはおそらくゼロではなくてすでに10万くらい持っている人だ。ぼくはまだ2,3しか持っていない。しかし魅力的な本だった。これをまともに読めるようになる日は来るのだろうか?


けっこう前の話。ぼくが「哲学の本を読んでいると、途中で挫折することがあるんですよ」と言ったところ、「そもそも、本というものを、これまで、スイスイ読んだことがないですね」と返した人がいた。その人は自他共に認める読書家だったので驚いた。「スイスイ」の定義が違うのかしら、そう思って尋ねると、「どんな本でも、ためつすがめつ、行きつ戻りつ、途中でいったん伏せては深呼吸をし、しおりを挟んでは他の本に浮気し、関連書籍を思い出して本棚をあさり、ここぞというタイミングでは紅茶を入れ……とやりながらでないと読書ができないのです」と言って、笑った。ああ、なるほど、こういう人に比べたらぼくは確かに本を読むのが(たいてい)速い。そしてぼくは、自分が速い読書をできなくなるときに、なにか、猛烈な居心地の悪さ、ストレス、そして同時にけっこうな「期待」を抱えていることに気づいた。それなりにわかりやすくこじらせた感情。


ぼくはなかなか読み終わらない本のことを別に愛してはいない。しかし、なかなか読み終わらないのに満喫できる読書というものが、おそらくぼくにとっての理想なのかもしれない、ということを、その読書家の前で、つらつらと語った。するとその人は少し遠くを見ながら、こう言った。

「本を好きで居続ける必要すらないんですよね、私自身、ときには、本なんてじつは嫌いかもしれない、って思ってしまうこともある。それでも忘れた頃にまた本を開いている。そういう話がぜんぶ、いいものですよね」

なんだよ、ぼくの言ったこととぜんぜん関係ない話で勝手にまとめやがって、でも、これ、ぼくの言ったことと全く同じ話であるとも言えるなあ、と、ぼくはそのとき、絡まった糸くずを解きほぐすような指の動きをしながら考えた。

2021年4月12日月曜日

病理の話(524) 指名手配書の写真って古びてくるじゃんね

「病理の話(521)昔の標本を取り寄せる」を公開した後に、ツイッターで何気なく寄せられた質問がある。


「がんを顕微鏡でみるとき、元あったがんと、転移した先のがんって、同じように見えるんですか?」


これ、なかなか実践的な質問で、臨床医や病理医のタマゴにもたまに聞かれる。


結論: 「そこそこ同じように見える」。


言うほど簡単ではない。けっこう難しい。




まず、がん細胞というのは、すべて見た目が違う。そこからはじめよう。

「大腸がん」と「乳がん」では細胞の雰囲気がまるで異なるし、おなじ「乳がん」であっても、人それぞれ、少しずつタイプが異なる。


例として。


「がん細胞が互いに手をつないで、輪を描くかのような構造をつくる」

こともあれば、


「がん細胞がおしくらまんじゅう状態で、ぎっちり詰まっている」

こともあり、


「がん細胞がみっちり詰まっている中にぽつりぽつりと空間が空いていて、中にがん細胞が死んだあとの痕跡がのこっている」

こともある。


このような「がんの作る構造」は、転移した先でも保たれていることが多い。保たれていれば、顕微鏡をみて、「あっ転移だ!」とわかる。しかし、ぜったい保たれているわけではない。



直感的な表現で書いてしまうけれども、がんが最初に我々の前にすがたを表したとき(原発巣:げんぱつそう、という。原子力発電とは関係がない。もともと発生した場所、くらいの意味)、その細胞は、言ってみれば「初犯時の犯人の姿」である。その後、数年経って再犯(再発)したときには、がんも「歳を取っている」し、「治療を生き延びたことでスレている」。指名手配の写真のままで暮らす犯人はいない。服装は替わるし、化粧の仕方もかわるし、ヒゲを伸ばしたり、カラコンを入れたりもする。

がんもこれといっしょだ。

昔、原発巣で観察したがん細胞は、手をつないで輪をつくるような(正確には試験管構造なのだが、断面でみると輪になっている)構造を作るタイプだったけれど、再発巣に出てきたがんは、ぜんぶがぜんぶ試験管ではなくて、どこか、おしくらまんじゅう型に変わっている……なんてことがザラにある。


病理医は、がん細胞が作る「構造」だけではなく、別の性質をさぐりにいく。がん細胞の「細胞そのものの顔つき」を見る。時の選択を経て、さらに変装した犯人を暴き出すように顕微鏡を見る、ということだ。


核のサイズは? 核小体の見え方は? 細胞質の色は? いくら髪型を変えて服装を着替えたところで、骨格はなかなか変えられない。どこかに「昔のおもかげ」が残っているものである。


免疫組織化学という手法を用いて、がん細胞の中にどんな物質が含まれているかを確かめるというやり方もある。サイトケラチン7番とサイトケラチン20番という物質のどちらをどれくらい持っているかと確かめるのは、言ってみればその人が持ち歩いている麻薬や拳銃を調べるようなものだ。犯罪者はけっきょく手放せない凶器をどこかに隠し持っている。



こうして、昔と今を見比べながら、「どうせ再発しても昔のように弱点はこれなんだろ?」と、過去の犯罪捜査をもとに復活した犯人を追い詰める。そのための病理診断、そのための病理医である。