2019年8月9日金曜日

おもてを売ってうら買った

多くのアイディアが集まってくる場で、次第に、アイディアの質量ばかりが増えていって、「実動」の割合が相対的に減ってくるときがある。

ハラハラする。

文化祭の前にああでもないこうでもないと企画を考えているときの楽しさ。

実際に作業がはじまると、わりとみんな部活とかを理由にあんまり手伝ってくれなくて、まじめな委員長と副委員長だけが泣くときの、あの悲しさ。

マゼコゼに、いろいろと思い出す。

ぼくは副委員長の立場であることが多かったな。





医療情報発信にまつわるさまざまなイベントに首を突っ込んでいる。また、医療とは関係のない場でもちょいちょい、脇役としての参加を求められる。

本業(病理診断、あるいは「画像・病理対比」)が、もともと黒子みたいなところはある。

裏方、副委員長、副キャプテン、みたいなところがぼくの天職なのだろう。






そもそも臨床画像・病理対比なんてものも裏方の極地だ。

夜中にデスクでノートPCに覆い被さるように、パワポをのぞきこんで、画像と病理の写真にマウスで絵を描いていく。何日もかけて作った「できのわるいマンガ」に、「やや稚拙な話芸」をかけあわせていく。

この時間が、地味にとても長い。

地下室で、魔女が、壺の中で何かを延々と煮込んでいるように。

永遠のような時のあとに、「病理」というスパイスをふりかけると、とたんに、多くの人が食える料理になる。カレー粉を入れればなんでもうまくなる、みたいなところがある。でもこのスパイスが使えるのはほんとうに最後だけだ。

香辛料だけでは腹は膨れない。

学術講演で、聴衆が「わぁっ」と喜ぶような、キメのアイディアを考えている間はとても楽しい。文化祭3か月前の楽しさ。

そして画像・病理対比のほとんどは、文化祭1か月前の厳しさの中で進んでいく。




「裏方業」が長くなってくると、だんだん、表に出てる人たちが気兼ねなく輝くためには自分がどれだけ先に動いておけばいいか、みたいなことばかり気になるようになる。

香辛料の種類を選んでいるときが一番気楽で、責任がなく、楽しい。

しかし実際にはコトコトカタカタ、ぐつぐつ、きちんと下ごしらえをする時間を長くしないとうまくいかないということを、日々かみしめている。

2019年8月8日木曜日

病理の話(352) これから病理医になる人が一番幸せだと思う

かつて、四国がんセンターの寺本先生という人が、「病理医が足りてないって連呼するの下品だよ。人数は足りてるかもしれないんだから。」と言ったとき、ぼくは「げえっ」と曹操の顔になった。





病理医は医者の中の0.6~1 %くらいしかいない、というのは事実。

また、病理医が足りなくて困っている病院がある、というのもおそらく事実。

「ひとり病理医」と呼ばれるブラックな勤務形態がけっこう多い、というのもたぶん事実。

しかし、これらの問題を是正するうえで、病理医をいっぱい増やせばいい、というものではないらしい。




改善すべきは、病理医の総数ではなく、病理医の配置。

数は今のままでも足りている。しかし、需要に対する分布がうまくマッチしていない。





たとえば東京では病理医が飽和していて、病理医になろうと思っても研修する病院がうまく見つからないケースがあるという。全く研修できないというところまではいかないのだが、思ったような給料、思ったような勤務形態では働けなくなりつつあるそうだ。

しかし、東京以外の都道府県では病理医にはなり放題。どこの病院も基本的に病理医は足りていない。

一部の、「病理医になる上で人気の研修病院」だけは人があふれている。

一極集中。

なんか、病理医だけの話ではないよね。こういう話はさ。

たとえば地方都市の過疎化をとめられる政治がないように、大卒者の人数が減って有効求人倍率が1.0に近づこうが一流企業の入社倍率がいっこうに減らないように、

「なりたい場所でやりたいことをしようと思うとたいへんだが、足りないところではめちゃくちゃ求められている」

という原則がおなじようにあてはまっているだけなのだろう。




人数をただ増やしても意味がない。

「あなたこそが病理医でいてくれないと、人の作る医学は前に進んでいかない」

という、医学界がぜひにと求めるほどの高度の知性、医者全体の上位1%の頭脳の持ち主が病理医になってくれれば、人数自体はそこまで増えなくてもいい。

ただ、配置のゆがみだけはなんとかしなければいけない。




で、まあ、普通はこういうゆがみはもうどうしようもないんだよね。

中央じゃなくて地方も大事にしようよ、みたいなきれいごとが、通用したジャンルなんてないじゃない。

東京に住みたい人が青森や和歌山に住む未来はこないでしょう。

釧路や稚内の人口が増加に転じることなんてないもの。




でも、病理医だけは、もしかすると、大逆転可能かもしれないんだよね。

デジタルパソロジーとよばれるデジタル病理診断技術と、AIのおかげで。

病理医が中央に集中していても、PCモニタ上で診断が完結する状態が達成できれば、分布のゆがみは問題ではなくなる。

病理診断がデジタル化すれば、病理医がどこにいるべきかという場所の問題が一部解決する。

さらに、極めつけはAIだ。

AIによって、人間とは違う視点から、人間以上の労力が投入されることで、病理医の双肩にかかった負担が単純に減る。

学者を忙しくしてはだめだ。でも、残念ながら、現代の病理学者は基本的に忙しい。

これがAIによってラクになる。

そうすれば、創造的な知性を用いる仕事に専念できるようになる。

「極めつけの知性」を誇る病理医たちは、単純作業、反復労働、肉体労働から開放されて、物理学者や数学者のように、ひたすら知性をふりかざして真理を追っかけていけばいい。夢のような話だ。

患者の最大公約数に最大幸福を与えるために、今まで努力と根性によって構築された人力の統計学なんぞ、ばんばんAIによってとってかわられればいい。

学生が数か月病理学講座に通えば判定できるレベルの、がんと非がんの見極めとか、がんの広がっている範囲をマッピングする作業なんぞ、どんどんAIにやらせればいい。

がんの細胞をラボに送って、多くの遺伝子検査をして、治療に対応する遺伝子変異を探し出すなんてのもどんどんAIにやらせればいい。

「病理医はAIに仕事を奪われる」とか言っている病理医の仕事は全部奪われてしまえばいい。

ほんとうの意味で、「病理医しかできない仕事」を探っていけばよい。そういう仕事はきちんとある。

少なくとも一般の企業では、AIによって多くの仕事が代替されはじめており、人が何をやるべきかに目を光らせている。病理医も同じようにすればいい。

医学知識の中枢として人間ができることを、肉体労働で忙しい臨床医のかわりに、どんどん脳だけで追い求めていけばいいのだ。




これから病理医になる人が一番幸せだと思う。

ただしもう、それほど、人数はいらないのだと思うけれど……。

2019年8月7日水曜日

因果が相関より偉いわけじゃないってのも追加で

夏休みなので本を読んでいるのだが、多くの本が少しずつ横につながっていくので、うれしい。読んだ本がそれぞれ無駄ではなかったなと思える瞬間だ。

でも、あらゆる本の結論がひとつに集まっていくわけでは、もちろんない。

世の要となる論みたいなものは絶対にひとつに決まってこない。

おもしれえなーと思う。



世界樹みたいなものが世の中心に一本スックと立っていないだろうかと、ぼくは、きっとずっと昔から、探していた。

統一理論でも神でもなんでもいい。

すべてを説明する柱みたいなのが見てみたいなと思ったのだ。

でもそういうのは、たぶん、ない。



札幌は小樽とつながっているし、小樽は余市とつながっている。

そのままたどればいつか函館にも行ける。

けれども札幌と函館がつながっているとは言いづらい。

ちょっと距離がありすぎる。

この二ヶ所を、どちらもおなじ北海道とまとめてしまっても間違いではないけれど。

でも、やっぱり、札幌と函館は別の都市だし、これらのどちらが偉いということもない。

東京もある。

横浜もある。

ニューヨークもカイロもサンパウロもある世界に、中心というものはなく、絶対というものもない。

そんな世界にある、札幌と小樽。

どっちも、うまいものが食える……。





我ときどき思うから我ときどき存在する。

世界の主人公はなく、舞台は常に群像劇。

エントロピーの一次的低下には快感と安息が伴う。

帰納、演繹、仮説形成。

このあたりはかなりいいせん言ってるとは思うけれど、たぶんやっぱり、世界の中心ではないのだなーと思う。

中動態も。

アドラーもだ。



ぼくは脇役。

それがいいんだと、思えるようになった。

あらゆる本がおもしろい。

ぼくはうまいこと、本を読む大人になれたのかもしれない!

2019年8月6日火曜日

病理の話(351) 緩衝系アミノ式

高校の化学で習う知識に、緩衝液(かんしょうえき)というのがある。




緩衝液のことをきちんと覚えている国民はどれだけいるのだろうか?

義務教育後の教育内容だ。たいていの人は忘れてしまっているだろう。ぼくはたまたま生命科学を学んでいるからギリギリ覚えているというだけだ。自慢できるようなものじゃない。

そもそも、ぼくは、日米修好通商条約の細かい内容など覚えていないし、漢文だってろくに読めない。これらは、確かに一度、習ったはずなのだが……全く記憶にない。

そんなぼくが、いまさら化学だけは国民すべてが覚えておくべきだ、などとはとても言えない。

けれども緩衝液の知識はいろいろと応用が利くので、この際、各自、ググるなり本を調べるなりして、確認しておいたらいいんじゃないかな、とは思う。




細かいことは抜きにする。

「弱酸+弱酸塩」をセットでまぜた溶液を緩衝液という。

緩衝液は、何を足しても引いても、pHが変化しづらい。

これだけ覚えていればいい。

世の中には酸性の物質とアルカリ性(塩基性)の物質というのがある。

たとえば、真水に酸をぽたりと垂らすと、ただちに水のpHが中性から酸性に変わる。

それはもう、グンッと変わる。

で、ここに、アルカリを加えると、ビシッと中性に戻り、さらにいっぱいアルカリを加えると、液体のpHはいっきにアルカリ性に傾く。

何を当たり前のことを言っておるのか、という感じだろうが、とても大事なことなのだ。




ちょっとの酸をぽたりと垂らすと、pHがグンッと変わる、と書いた。

こんなことが生命の中で起こっていると非常にまずい。

なにせ、生命は化学反応のかたまりである。タンパク質とか酵素などが、生命を維持するために次々とくっついたり離れたり、形が変わったりエネルギーを作ったり溜めたりする。

これらの反応は、すべて、適切な温度、適切なpHの中でのみ、はたらく。

ところが外界から酸がやってきて混ざって、もし生体内のpHが変わってしまうと、化学反応は一気にストップしてしまう。

とてもまずい。

酸一滴で死んでしまう、ということになりかねない。




だから生命は、その辺にある液体……血管の内部とか、細胞の中身とか、細胞と細胞のすきまとか、とにかく、液状成分を、基本的にすべて、緩衝液にしておくのだ。

炭酸と炭酸塩を使ったり。

リン酸とリン酸塩を使ったり。

クエン酸とクエン酸塩を使ったり。

いずれも、弱酸と弱酸塩の組み合わせ。これらを豊富に、生命のスープの中に溶け込ませておけば、多少の酸や多少のアルカリが加わっても、pHがほとんど変わらない状態が維持できる。




これはかなり有名な考え方なので、ググればあちこちに出てくる。ただ、これについては因果が逆なのかもしれない。

生命はpHを保つために緩衝液を用意した、のではなくて、偶然緩衝液になった環境でなければ生命が誕生しえなかった、と考えた方が素直なのだろうなーという気がする。

いずれにしても、生命は、自らを緩衝液にしていることと、もうひとつ、自らを複雑系として組み上げていること、この2つによって、ちょっとやそっとの外界刺激で大崩れしないようなシステムを作り上げた。

逆にいえば、生命が緩衝液で、複雑系である限り、我々がいくらレモンを大量にたべてビタミンCをとろうと、いくらコラーゲン鍋を大量にたべてコラーゲンをとろうと、結局、緩衝されて、複雑系にまきこまれて、その影響はほとんど無視できるレベルになってしまう、と考えることができる……。

そして、緩衝液や複雑系をものともしないくらいの強毒が、しばしば、生命の維持をおびやかすことになる。ただ毒の話は長くなるのでいずれ別に項目をもうけよう。

2019年8月5日月曜日

サイレントサンダーという曲がまたほんとうにアレで

大学2年の春ころだったと思う。

ぼくは実家に住んでいた。PHSを持ち始めたころだった。誰の家にも、固定電話(家電)があった時代の話である。

家電が鳴り、おふくろが出て、ぼくの方を向いて、三上君から、と言った。

とても懐かしい名前だ。ぼくは驚いてしまった。

幼稚園のときに1つ下に居た、というだけの関係。小学校時代は同じ剣道の道場に通っていたけれど、一緒に遊んだことがどれだけあったろう。小学校は違ったはずだ。中学校が同じだった気もするのだが、高校以降は会ったこともなかったはずだった。

そんな彼は電話の向こうから、あいさつもそこそこに、いきなりこう言った。

「先輩」

そうかぼくは先輩だったか、と思った。次に彼は驚くことを言った。

「バンドやりましょう」

ちょっと何言ってるかわからなかった。ぼくはリコーダー(ソプラノ、アルト)と鍵盤ハーモニカ以外の楽器をやったことがない。楽譜もろくに読めない。コードに到っては当時概念を知らなかった。剣道、の聞き違いかと思ったくらいだ。しかしバンドと剣道を聞き違えるわけもなく、ぼくはとにかく、「できるわけないじゃん」と言った。

しかし彼はそこでなぜか食い下がった。

「先輩はボーカルをやればいいです。ぼくはドラムをやります。残りのメンバーはぼくが探してきます」





彼の気まぐれの理由は未だにわからない。しかし彼の熱意は本気だった。

なんでも彼は、つい先日、「ハワイへのドラム留学」から帰ってきたばかりなのだという。そのときは呆然としてスルーしてしまったが、そもそもドラム留学というのがなんなのか、20年以上経った今思い出しても意味がわからない。

彼は言った。こっちから電話しておいてアレだが、引っ越してきたばかりでここしばらくはばたばたしている。だから数週間後になるけれども、また電話する、そのとき、家から自転車で10分ほど行ったところにある貸しスタジオに来てくれと、野太く落ち着いた声で、丁寧に言った。

とりあえずぼくはうんと答えた。しかし、電話を切って、急速に不安になった。楽器もボーカルも未経験。そもそもバンドとは何なのか、よくわかっていなかった。

直前に読んでいたMADARA公認海賊本(ぼくは当時この本をMADARAシリーズの続きだと思って買ったのだが、カオスと聖神邪がすぐチューするふしぎなマンガだなあと思って読んでいた。今にして思うと角川はオフィシャルで同人誌を作って売っていたのだから狂っている)の中に、バンドやろうぜ的エピソードが載っており、キャラクタたちがバンドスコア(演奏するための楽譜)を集めていた。そこにこう書かれていた。

「サザン……ジュンスカ……爆スラ……」

サザンはいわずと知れたサザンオールスターズ。ジュンスカとはJUN SKY WALKER(S)である。爆スラとは爆風スランプ。なんとも時代を感じさせるラインナップだ。おまけに音楽性に統一感がない。きっとこのマンガの作者は、バンドのことなぞよく知らなかったのだろう。

でもぼくはそれ以上にバンドに対する知識がなかった。

GLAYのことは化粧したうるさい男達だと思っていた。ラルクのことは化粧したちっちゃいおっさんだと思っていた。LUNA SEAはドラムの真矢がデブでしゃべるやつだということをなぜか知っていた(なぜだ?) ミスチルは桜井しか知らなかった。ドリカムはバンドというよりテレビだと思っていた(?)。

受験が終わって1年が経とうとしていたが、ぼくの部屋には未だに、チャゲアスの古いCDくらいしかなかった。

これではさすがにまずいと思ったぼくは、中古のCDショップに行って、とりあえずバンドミュージックみたいなものを聞きたいと思った。

サザン、ジュンスカ、爆スラ……このあたりが、バンド……。

サザンのジャケットを見つける。これはちょっと年齢が上すぎるのではないかと思った。大学生がやるバンドとしてサザンのコピーはへんだろうと直感した。爆風スランプのことは知っていたが、自分がハゲのボーカルを担当できるとは思わなかった。だいいちパッパラー河合というネーミングセンスが微妙だとバカにしてさえいた(現・病理医ヤンデルです)。

残るはジュンスカだった。ぼくはジュンスカのアルバムのひとつを手に取った。

全部このままで、とか、スタート、などの曲が入っていたベスト盤(?)だったように記憶している。どことなくブルーハーツに似ていると思った。今にしてみれば、ギターが乱暴にコーラスに入ってくるところくらいしか似ていないようにも思うけれど、当時のぼくの、嘘偽りない感想だった。




数週間後、三上はぼくの家まで尋ねてきたのではなかったかと思う。彼は見違えるほど背が伸びていた。たぶん180センチ以上あったろう。ぼくの中で彼はなんとなく幼稚園時代のイメージのままだったので、おののいてしまった。おまけに彼の上腕は棍棒のように太く、ああ、これは確かにドラマーなんだろうなあと、ぼくはあまり根拠のない納得をした。もしかしたら剣道を続けていたのかもしれなかったが。

そして彼はぼくを連れて、家から少し離れたところにあった貸しスタジオに出向いた。貸しスタジオと言ってもそこはうらぶれた地方の公民館みたいなところだった。コンクリート打ちっぱなしというか、塗装がはげて朽ちっぱなしといったたたずまいだ。

彼はぼくに、ギターとベースを紹介した。彼らは正面をまっすぐにみないタイプだったので安心した。ぼくも人と目を合わせるのはいやだったからだ。

三上はぼくに、どんな音楽をやりたいかと言った。

ぼくはさほど考えず、答えた。「ジュンスカとかかなあ」




するとギターはこちらを見て笑った。「ジュンスカ?」

ベースが、バカにするような口調で、言った。「ぜ~んぶこ~の~ままで~、ってか」

ドラムの後輩は、だまってしまった。

その後ぼくが何を言ったのかは覚えていないのだが、ぼくは、何か思いっきり違うことを言ってしまったのだということだけ、察した。




会合はそれで終わり、その春、三人とはそれっきりだった。




夏、ぼくは剣道の大会に出るために東京にいた。夢の島の体育館で行われた東日本の大会で、先輩達が団体戦で決勝戦まで進み、あと一歩というところで昭和大学にボコられていた。ぼくは補欠にも入れなかったが先輩達の悔しそうな顔はよく覚えている。

大会が終わったあと、ぼくは高校時代の剣道部の同期2名に会うために横浜にいた。うち1人の家で酒を飲んだ。

1人が言った。最近は宇多田ヒカルがすごい。

ぼくは春以来、自宅のケーブルテレビでたまに音楽番組を見るようになっていたから、デビューしたばかりの宇多田ヒカルのことはそこそこ知っていた。しかし、友人たちは、ほかにも、とても多くのアーティストたちの話をした。

「ゆらゆら帝国ってのがすごいぞ」

「ナンバーガールもな」

「GOING UNDER GROUNDがしぶい」

「くるりはおさえておけ」

Dragon Ashだけはわかったが、あとは知らないバンドばかりだった。




札幌に帰ってきて、ぼくは少しずつ、バンドミュージックを聴くようになった。ジュンスカが彼らにあれだけバカにされた理由はまだおぼろげにしかわからなかった。ジュンスカだってこんなにファンがいるのに。でも、バンドをやりたがるようなやつらは、地方の小汚いライブハウスでモッシュしまくるタイプのラウドでノイジーな音楽のほうを圧倒的に愛しているのだ、ということも、なんとなくわかってはきた。

ぼくはジュンスカを聞きながら、ナンバーガールのライブ盤CDが手に入らないかどうかと、知り合いのつてをたどるようになっていた。





大学3年の夏。またしても突然、三上から電話があった。

「先輩。こんどこそバンドやりましょう」

ぼくは、わかった、と言った。今度はスパルタローカルズとか言えばきっとバカにされないだろう。でも、彼は、ぼくをさえぎってこう言った。

「今回はメンバーが違います。安心してください。なお、やる曲はもう決まっています。今度お宅に遊びに行くので、そのとき、そのバンドのCDを持っていきます」

あまり信用されてないかな、と思って少しおかしかったが、ぼくはとりあえずうんと答えた。彼が持ってくるバンドはどんな音楽なのだろう。正直、楽しみだった。これでぼくも、バンドミュージックのまねごとができるんだな、と、ワクワクが止まらなかった。




数日後、三上が持ってきたCD。一曲目は、Kingdom comeという曲。

ぼくはそれを聞いて、大声で笑ってしまった。

SLYというバンド。

https://www.youtube.com/watch?v=kCmkOscWFc4




そりゃ、ジュンスカはやりたくないだろうな。

ぼくはいつまでも笑っていた。このボーカルを自分がコピーするという残酷な事実に、気づかないフリをしながら。

2019年8月2日金曜日

病理の話(350) リンパってなんなの

体のあちこちにリンパ節という構造(器官)がある。

聞いたことあるだろうか。

ほんとにあちこちにある。首とか脇の下など、皮膚のすぐ下にこりっと触れる場合もあるし、もっと体の奥深くにも点在している。

サイズとしては1cmに満たない。5mmを越えるようなものの場合は基本的にどら焼きの皮のような、ひらべったい形状をしていることが多い。それより小さい1mmとか2mmくらいのものは、球形に近いこともある。

さわると少し弾力がある、ホタテの身みたいなやわらかさだ。ぐにぐにとしている。体の中から取りだしてきて、カミソリの刃でふたつに割ると、中は白っぽくて、血はあまり出てこない。少しみずみずしい。

今日はこのリンパ節の話。



リンパ、というのは、ラテン語由来の英語 lymph(リンフ)、もしくはその活用形である lymphatic (リンファティック)がそのままカタカナになったものだと思われる。日本語には対応する単語がない(あるかもしれないけれど、少なくともぼくは知らない)。

明治時代に日本人が lymph node(のラテン語にあたる言葉)を翻訳したとき、

「淋巴腺(りんぱせん)」

とむりやり漢字を当てた。「ぱ」って漢字にできちゃうんだね。パリのぱ。

胃とか腸とか脳みたいに、もともと日本語があった臓器とは違い、リンパ節は西洋医学が入ってくる以前の日本人には認識されていなかったのかもしれない。小さいから、やむをえないところはある。




ところで昔は「リンパ節(せつ)」ではなく、「リンパ腺(せん)」と呼んだ。にくづきに泉と書く腺は、何か液状のものを作り出す構造にあてはめられる漢字である。つまり、リンパ腺というのは「リンパ液を作る臓器」だと勘違いされていた。

リンパ節には、リンパ管(かん)という管がつながっていて、そこからリンパ液という液体が出てくる。

でも、この液体は別に、「リンパ腺」で作られているわけではない。腺という名前は間違いであり、のちに「節」に直された。

リンパ節の役割は、リンパ液を作ることではなくて、リンパ液に含まれる内容物を監視することだ。さらには、リンパ管の中を巡回する警備員(=リンパ球)の駐屯地でもある。

リンパ管が幹線道路だとすると、要所要所に配置されている交番がリンパ節だ。この交番の例えは便利なのでよく使う。



リンパ液の話もしよう。

リンパ液は、本質的には血液といっしょだが、赤血球がふくまれない。さらさらの透明、もしくはにごった白に見える。主に、脂肪成分だとか、リンパ球などの炎症細胞=警備員が含まれている。

そこそこトローリとしている。粘性があるのだ。



人体において、酸素や栄養を全身に運ぶのは、動脈。つまり動脈は上水道にあたる。

これに対し、下水道にあたるものが静脈とリンパ管、2種類ある。

静脈ばかりが有名だがリンパ管も忘れないでほしい。

リンパ液はトローリ。これを静脈に流してしまうと詰まってしまって困る。だから、下水道を成分ごとに2本にわけて、トロトロ成分はリンパ管のほうに優先して流すようにしているのだ。よくできている。

トローリの主成分は老廃物や、消化管で吸収された栄養の一部。

これらが体の中で悪さをしないように、あるいは、体外からへんなものが紛れ込んでもひっかかるように、リンパ節が交番として定期的に監視しているわけだ。




たまに「リンパマッサージ」という言葉を聞く。

リンパ管と静脈という2本の下水道は、上水道(動脈)ほど心臓からの拍出圧を強く受けていないため、たとえば足から心臓という高低差のある帰り道では渋滞してしまうことがある。

渋滞するとむくみの原因となり、症状が出たりするので、マッサージをしてむりやり心臓に返してやろう、というのがリンパマッサージ。

……なんだけど、ぼくは昔からちょっとした疑問がある。リンパ管だけマッサージするってどんだけ達人なんだろうってことだ。

あのもみ方だと、どう見ても、静脈もリンパ管も関係なくマッサージしてるじゃん……。




まあいいか。ふんいきふんいき。リンパ管のほうが静脈に比べてむくみやすいシチュエーションというのも、あるし。

リンパ節の話ももっとできるんだけど、長くなってきたので、またいずれ。

2019年8月1日木曜日

肺音とも心音とも違う記憶

外がゴオオオって言ってる。風が強いんだろう。

しかし風って本来空気だろう。

なぜすばやく動いたくらいでゴオオオなんて言うのだ?

このゴオオオというのは何から鳴っている音だ?




たとえば街路樹のような木の、枝と枝の間。あるいは建物と建物の間にある隙間。

そこを空気が通るときに、まるで笛がなるように、ヒュウオオオと音がする、というのはなんかイメージできる。

でもヒュウオオオじゃなくてゴオオオなんだよ。あれは笛じゃない。

なんの音なんだ?




窓とか、壁とか、そういったものを振動させているから鳴る音なのだろうか。

バコバコバコ。ガタガタガタ。

だったらバコバコガタガタ聞こえてこないとおかしいだろう。なぜゴオオオなんだ。




というか今更だけど、空気が狭いところを通るとき、たとえば口笛のように、あれはなぜ音がなるのだっけ?

そうだ、音は空気の振動じゃないか。

空気というのは震えると音になるんだった。

でも何かをふるわせて、ゴオオオなんて音がなるイメージがどうしても想像できない。

何がどれくらい震えたら、ゴオオオという音がなるのだろうか。




仕事の手をとめて、コンクリートの向こう側、窓の外の音に耳をこらしていた。

ときおり窓の向こうを見てみるけれど、激しく打ち付ける雨が川のようになって窓の表面を流れているのがわかるばかり。網戸は水滴によって向こうがみえなくなってしまっている。

ゴオオオという音は相変わらず聞こえている。

何から、というのではなくて、世界のあちこちから少しずつ集まってきた音の総和が、たまたまゴオオオというノイズ音になっているだけなのだろうか。

絵具を全部まぜたら黒になるように。

風の音を全部まぜたらゴオオオになるのかもしれない。




つまりゴオオオというのは世界の音なのだろう。ぼくはそう納得した。しかしまだ思い出せないことがある。ぼくはこの「ゴオオオ」という、カタカナ4文字の擬音を、この1,2年くらいの間に、何かの原稿かウェブの文章か、あるいはツイートか、何かで書いた記憶がある。

何の音をあらわすのにゴオオオを使ったんだったかな……。

ゴオオオオル。サッカーか。いや、違う。書いてみても記憶にヒットしてこない。





いつしか窓の外の音は静かになり、部屋にはイヤホンから流れてくるlo-fi hip hopのランダムライブ音声と、ぼくが入力し続けているキーボードの音だけが響いていた。ときおり椅子がギシッ、ギシッという。空調が切り替わる音。

イヤホンのバッテリーが切れた。

Power off...

アラーム音声のあと、ふと、耳の穴の周りを流れている血管の脈動が気になった。




血液の音だ。

大動脈の中を、血が流れる音は、ゴオオオと鳴るんだ。

ぼくは、聴診器で、聞いたことがある。自分の動脈血が流れる音を。

遠い記憶だ。ぼくはあのとき、生命を感じたんだ。

自分の体の中に、ゴオオオと、音が鳴っている。




医局に行ってデスクをあさるが、昔つかった聴診器はどこにも見つからない。そういえばだれか、コスプレしたいと言った友人にあげてしまった記憶もある。

研修医室を覗いてみると二人くらいがソファにいた。一人は仮眠している。もう一人は起きてフラジャイルを読んでいた(元々、ぼくのだ)。

「ちょっと聴診器借りていいかな」

ぼくは聞いた。

「どうぞ。いいですよ。」

研修医は快く貸してくれた。

あまり汚れないように、耳の浅い部分にイヤーピースをつっこむ。

自分の腹に、シャツ越しに、聴診器をあててみた。

もちろん何の音も聞こえない。そんな雑な聴診方法で、血管の音が聞こえるわけはない。




「無理か。サンキュー」

「何やってんすか。またツイッターすか」

「違うけどまあ似たようなもんだよ。」

「何の音ですか? 腸音?」

「いや大動脈の音」

「大動脈っすか? それは聞こえないのでは?」





そんなはずはないだろうと思って、ぼくはいろいろと検索してみたのだが、確かに、大動脈を流れる血流の音が聞こえるなんてことはどこにも書いていない。

ぼくはこの20年、体の中にはなんとなく、ゴオオオ、ゴオオオと血液が流れているイメージで暮らしていた。

音を聞いたことがあるというのは夢だったのだろうか。

夢だったのかもしれない。




病理に向けて廊下を歩いた。外ではまた風が強くなってきているようだった。生命の音は意外と聞こえない。生命の音はそう簡単には聞こえない。

そうだろうか。

ぼくは、まだ、疑っていた。

Google検索の仕方がへただから見つからなかっただけだ、そう自分に言い聞かせながら、歩いた。

しかし、結局、その日も、次の日も、もう「大動脈 音」で検索することはなかった。