2021年12月9日木曜日

病理の話(605) 論文が掲載拒否されたときの話

ある論文を投稿し、掲載拒否(リジェクト:reject)された。よく言う話だが医学論文は投稿しても5割とか7割といった割合で掲載を拒否される。これにはさまざまな理由があるが、端的に言うと、


A)論文のできがわるい

B)単にその雑誌との相性がわるい


のどちらかである。同じ内容のままで投稿先を変えるとすんなり受理(アクセプト:accept)されることもあるので、一般的には(B)のほうが多い。


さて、今回のぼくの論文であるが、(A)とも(B)とも言えた。雑誌を変えればすぐにアクセプトされる気もする一方、やはり(A)の問題が少し気になっている。


当たり前だが投稿するときには「この論理は筋道が通っている」と思って執筆している。しかし今回の論文については、途中、数多くの専門家たちの意見を聞いて、内容をどんどん付け足し、あるいは変更していったために、最終的には結論がけっこう突飛なものになっていた。「これが本当ならばすごいことだ、本当ならばね。」みたいな感想をもらっても無理もないのである。はたして、論文リジェクトの際のコメントを読むと、


「この症例はおもしろいね。でもこの名付け方は違うんじゃないか」


のような、ぼくが最初の論文でそうとは書いていなかったんだけど直しているうちにだんだんそういう表現になった、みたいなところを的確につっこまれていて、「うっ、『(A)み』があるな」という気持ちになった。


では次にどうするか。これも医学研究の世界ではよくやられていることなのだけれど、論文をちょいと手直ししてすぐに別の雑誌に投稿する。ただし今回に関しては、ぼくは「ちょいと手直し」じゃなくて大幅に手直ししてもよいかもな、というのを考えている。今回は雑誌の形式にあわせて「文字数制限」を厳しくかけて、そのせいでニュアンスがそぎ落とされた部分もあったので、今度はもう少し長文を載せてくれる雑誌を選んで、そこで丁寧に解説を増やして勝負したほうがいいのではないかと思うのだ。この作業には早くても2週間はかかるだろう。こうして論文投稿は数ヶ月の単位にわたる長い仕事となる。


これから論文を手直ししていくにあたっては、「共著者」全員にいろいろ確認していかないといけない。ひとつの論文にさまざまな協力者がいる(今回のぼくの論文にも10人の名前が書き連ねてある)ので、そういう人たちを差し置いてぼくだけの意見で論文の内容を入れ替えてしまってはいけない。昔の医学論文のように、たいして貢献していないのに同じラボだからというだけで名前を載せるようなことは今はまずあり得ない。名前が載っているからには働いてもらうし、名前が載っているからには全体の進行に納得していてもらわないといけない。


あと、細かいけれども、今回リジェクトされた雑誌はイギリス英語を推奨しており、次に投稿する雑誌はアメリカ英語で書くよう求められているので、英語を見直さないといけない。有名なところでは腫瘍という単語があり、tumour(英)をtumor(米)に直す、みたいな感じだ(※なお今回のぼくの論文に腫瘍は出てこないのだけれど)。言い回しなんかも微妙に違う(らしい)ので、ネイティブ・スピーカーに見てもらって、「英語を米語に直す」。こういう細かい作業にお金と時間が少しずつ消費されていく。やれやれがんばらないと。

2021年12月8日水曜日

ハイアリナイズドスカー

仕事場のPCの横に、無節操にキーホルダーをぶら下げている場所がある。近江神宮のお守りはいつかのクラウドファンディングでもらったやつだ。実際に行ったことがない神社のお守りが一番目立つところに飾られているというのもなかなかキワい光景である。その裏にケロリン(銭湯の桶のあれ)、丸山動物園のWe ♥ Polar Bearグッズ、宮古島のまもる君、マリオのコイン、奈良の鹿、稚内の鈴、さるぼぼ、ヒグマキティ、USJの蜘蛛、モンゴルの馬などがぶらさがっている。動物が多いなあ、無意識に動物を集めていたのか、と思うけれどUSJの蜘蛛は動物というよりは人間なので(※スパイダーマン)、一般化するにはちょっと無理がある。まもる君は動物ではなくあれは……えー……人形だ。


ほか、デスクの周りを見直すと、幡野さんの写真(額装、2枚)、ROROICHIさんのボールペン画、おかざき真里先生のイラストのジークレーなどがあって、幡野さんの写真のうち1枚をのぞけばほかはきちんとお金を払って手に入れたものである(1枚は幡野さんからもらった)。


自分の家に、何かを買って飾ることはない。しかし、職場は相変わらず「こう」。こっちがぼくの本来のやり方なのかもしれないなとはよく感じるところである。


20年以上前、はじめて一人暮らしをしたとき、部屋の中に何を置こうかウキウキと雑貨屋を巡って歩いたことを昨日のように思い出す。自分に文脈の紐が結び付いていないようなヘンプ(大麻)模様のグッズやhighway 66のロードサイン、知らない風景の絵はがき、観葉植物……。そもそもこういうグッズは壁紙や天井のランプなどをすべて整えた上で配置してはじめてそれっぽく居場所を手に入れるものなので、単発で買っても「単発で買ったなあ」としか思えないからなかなか部屋になじまなかったし、引っ越しするたびに特に思い入れもなく捨て続けたのだけれど、なぜか今けっこう鮮明に思い出してしまう。ぼくが最初に大学のそばに借りた部屋は家賃なんと17000円、シャワーとトイレは共同で、共用の廊下には絨毯がしいてあり、部屋のドアには「親指で押し込むタイプのカギ(昔のトイレによくあったやつ)」しかついていなかった。8畳一間、木造2階建ての2階、冬に部屋に入ると下の住人の熱ですでに部屋が暖かい。そんな築50年の骨董アパート(ぼくはここをよく「木造平屋2階建て」と呼んでいた。平屋なのに2階建てはおかしいだろ、と言う人はみな、実際に部屋を見ると納得した)の中にコタツがひとつあり(灯油ヒーター1つでは容易に凍死できた)、それ以外には本当になにもない部屋で、前の住人たちが無尽蔵にあけた壁の穴のひとつを拝借して釘を差し込み(打たなくてよい)、そこにHighway 66を飾ったところで、高速道路どころか道道(※北海道の県道にあたるもの)すら騙ることはできないのだ。弱い子犬のマーキングであった。「滑稽にもがくこと」が一人でやっていくことだと勘違いしていたころの話である。


その後さまざまな部屋に住むたびに小物を捨てては買い換え、捨てては買い換えしていた。最後に一人暮らしをした部屋は家賃35000円だったと思う。ツイキャスをやったときに部屋の中に映っていた光景がぼくの居住空間の7割くらいであったのだから、学生時代から「住み方」の基本は変わっていない、あそこも相当狭かった。ただし、置くものについてはさすがにスレていた。壁際にどこかのリサイクルショップで買った「棚のついた姿見」を置いてはいたけれど、特にそこにオブジェが並ぶことはなく、冷蔵庫にはもうマグネットは貼っていなかったし、壁にもポスターの類いはなかった。すでにぼくの部屋にも、あるいはぼくの体そのものにも、かつて虚勢が析出して既存構造を破壊しながら浸潤し、そのまま固着して器質化していつのまにか個性となってしまったものがべっとりと沈着していて、いまさらショップで手持ちのコインの限りを注ぎ込んだぶかっこうなアクセサリーを買い求めてアバターをデコる必要などなくなっていた。その後、家族ができて引っ越ししたとき、ぼくの部屋には何もなくなった、というか、ぼくは部屋自体を持たなくなった。


そうやってぼくの周りはだんだんそぎ落とされていったのだが、「職場のデスク」だけはなぜか昔のままである。大学生のときから大学院の講座には自分のデスクがあり、そこもおそらく今と同じようにさまざまなクッズ(グッズではなくて雑貨の屑(くず)のこと)が並んでいたはずで、結局そういう部分だけが残ってしまった、瘢痕という言葉を思う。たくさん無くしてきたのにまだ残っている。エアグルーブのぬいぐるみはどこに行った? ブラッド・サースティ・ブッチャーズのコースターはどこに行った? 膨大なノイズが失われた先でまだ雑音を抱えている。そういう場所でぼくは今日も仕事をしている。




2021年12月7日火曜日

病理の話(604) プレゼン下手を救ったZoom学会

各種の医療系学会・研究会がZoom中心になって、便利なことは山ほどある。

札幌に住むぼくはいちいち東京に移動しなくてよいので本当に便利だ。お金も時間も節約できている。

そしてなにより、パワポによるプレゼンが格段に見やすくなった。これまで、多くの発表は「広い学会会場のスクリーンにプロジェクタを通してPC画面を投影するスタイル」で行われてきた。このとき、パワポスライドのデザインが込み入っていたり色の使い方が下手だったりすると、発表の要点がよくわからなくなることは頻繁にあった。

しかしZoom学会だと、発表者が映したパワポスライドを、視聴者はそれぞれ自分のPCで高解像度・適切な色彩で見ることができる。これだととても理解しやすい。

ぶっちゃけ、「これまで学会発表がヘタだと言われていたような医者のプレゼン」がすごく見やすくなった。なぜだろう。



……ゆるやかに切腹をしながらここからの文章を書く。リアル会場の学会で映えなかったプレゼンが、Zoomの共有だと見やすくなる理由は、おそらく、

「多くの発表者が、巨大スクリーンを見上げる人びとのことを想像せず、自分のPC上での見栄えだけを確認してパワポを作っていた」

からだと思う。

長時間かけてPCと向き合ってプレゼンを微調整し続けるとき、どうしても、パソコンのモニタの明るさ、解像度、自分の眼との距離の範囲内で「最適化」をしてしまう。この空白がもったいないから画像をひとつ追加しておこう、みたいなことが起こる。このとき、発表者は、「スクリーンに投影されると見え方がどう変わるか」というのをつい忘れてしまう。

おまけにZoom学会では、発表している自分の顔が常に映し出されるというふしぎな効果もある。自分の顔を意識しながら人前でしゃべるということに、苦手感を表明した人の数はすごく多いと思う(ぼくもいやだった)が、これが続くと、なんというか、「人から見られていること」をいやでも意識するので、プレゼンテーションのスキルのようなものを考えるいいきっかけになる。




さらにさらに。Zoom学会では、しばしば、通信障害によって発表者と会場との接続が切れてしまうことが起こる。「発表7分、質疑応答2分」のように、発表者が与えられる時間が極めて短い一般のセッションで、発表者が3分くらい「落ちて」いると学会の進行がめちゃくちゃになるから、最近の学会はたいてい「発表者は事前にパワポに音声を吹き込んだものを学会事務局に送り、当日はそのパワポと音声を学会事務局が再生する」というやり方をとる。この間、発表者は、自分が作り自分が声を吹き込んだパワポスライドを「Zoom上でじっと眺めて待っている」ことになる。プレゼンが終わって質疑応答のところだけリアルタイムで発言するのだ。

この「自分の発表を自分で聴く時間」というのがエグいくらいにフィードバックにつながる。「なんでここでこんなに平板にしゃべってしまったのだろう」とか、「なんかこのスライド1枚だけやけにビジー(込み入っている)だな……」とかをぐいぐいと気づくことができるのだ。



こうしてZoom学会の普及によって、医者や研究者は……いや、少なくとも「ぼくは」、自分の発表を客観的に見直す機会をたくさん得ることになった。これじゃ伝わらないよなーみたいな部分を細かく直すのに忙しい。これをやらずに40代を通り過ぎていたら50代、60代でだいぶポンコツな発表をしていたかもしれないな、とすら思う。瓢箪から駒とはこのことだ。しかしまあ毎日反省ばかりして疲れる。





あ、それと、今まで「プレゼン上手」とされていた人たちがZoom学会だと急に下手になっている現象もけっこういっぱい観測されている。慣れないとそうなるよね。あたりまえだな。みんながんばろう。

2021年12月6日月曜日

嫌いを毎日書く人にだけはなりたくない

内容は非常によいのだが日本語訳が「硬い」本を読んだ。


……と、かんたんに書いてしまったけれど、実際には原文(英語)がそもそも「硬い」のかもしれない。となれば、日本語翻訳は十分に本来のニュアンスを汲み取っていることになる。もしそうなのだとしたら、「悪い」のは翻訳ではない。


今、思わず「悪い」と書いたけれど、「硬い」文章の本は読みづらいが「悪い」わけではない。硬さが必要だと思って硬く書いている本はむしろ「良い」。






形容詞を使う度に、それはほんとうに適切なのだろうかというのをくり返し考える。形容詞こそは主観そのものだ。

「白い」も「熱い」も相対判断である。「広い」も「狡い」も感じ方次第だ。「細かい」ことを言えば、「あの人は努力している」のように、形容詞がなくても主観的な表現というのはいくらでも作れるが、ともあれ、形容詞が多い文章を書けるときは自分でも調子が「良い」と感じる。最後の「良い」は形容詞ではなかったかもしれない。



作家のイーユン・リーが『理由のない場所』で、副詞と形容詞に別様のこだわりを持つくだりを描いていた。本筋とは関係なく……いや、それこそが本筋だったのかもしれないけれど、本を読み終わってからもそのあたりがずっと気になっている。言葉で何かを修飾することについて、ぼくはこれまでさほど頓着してこなかった。


論文や教科書を書く際には形容詞を使うのが難しい。程度を表現するには比較対象を設定して根拠を述べなければいけないからだ。「俺がそう感じたのだからそう書いていい」が一切通用しない世界で、形容詞を用いる機会は減る。そうして少しずつ言葉との関係がぎくしゃくしはじめる。


論文のような特殊なケースはともかくとして、このブログのように思ったことを適当にちょちょいと書いていい場所でも、ぼくはこれまでさほど形容詞のことを気にしていなかった。そういうのを気にする人が作家として食っている、と言われればその通りなのかもしれない。ただ、そもそも形容詞が多い文章をぼくはあまり好んでいないのかもしれないなとは思う。読み手に、形容詞の奥に隠れた不定形を感じとれるような文章、形容詞の部分が余白になっている文章のほうが、今のぼくは好きなのだと思う。


「好き」というのは形容詞ではないが動詞なのだろうか? ググってみたら「好く」という動詞の連体形であると書いてあった。でもときには形容動詞のこともあるという。どうも読んでいてもしっくりくるようなこないような、煙に巻かれたような感覚はある。「好きな食べ物」「好きな音楽」として使うならまだしも、「フガジ? ……好き」とつぶやくときの「好き」の品詞が動詞とか形容動詞だというのは、体のどこかが納得しない。


「好き」の品詞はよくわからないままだけれど、それは置いておいて、主観をあらわす言葉に対する抵抗感が強いときにぼくが書く文章はあとで読み返すと「硬い」し「悪い」。「好き」をやわらかく書き続けることにはあこがれがある。「好き」をうまく書くために大量の文章を書いている。ひとつの文章だけで「好き」が書き切れることはなく、いくつもいくつも書いているうちに相対として「ああ、こいつはなんかこういうものが好きなのかもしれないな」と、読み手にローンを返すような感覚で少しずつ積み上げていってようやく「好き」が書ける、あるいはまだ書いている途中だなと思う。

2021年12月3日金曜日

病理の話(603) 病理専門医試験

マンガ『フラジャイル 病理医岸京一郎の所見』の第89話が月刊アフタヌーン2022年1月号(2021年11月25日発売)に掲載された。これはもう涙なくしては読めない回でぼくは職場で読んでその日の仕事をする気が一切なくなったしでもこれを読んでこの仕事をする気がなくなるというのはちょっと変な話だなと思って、結局は普通に胸を張って仕事をした。2014年からずっと読み続けてきて良かったと思える回である(いつもだけど)


単行本になるまでネタバレしないでほしい人がいっぱいいるだろうから、最新話についてはこれ以上書かないことにするが、それはそれとして、今日は「病理専門医試験」の話をする。


病理医になるために必要なものは医師免許だけだ。じつは、ほかに何も持っていなくても病理医として働くことは可能である。とはいえ、たいていの場合、「死体解剖資格」という国家資格と、もうひとつ、「病理専門医」という日本専門医機構の資格がないと一人前の病理医としては見てもらえない。

このうち前者の死体解剖資格は、病理医の大事な業務のひとつ、「病理解剖」を主執刀者として行うために必須! である。当然のように国家資格だ。

すごく厳密に言うと、一部の検査センターとか、解剖がぜんぜん行われない独特な病院、あるいは近隣の大学から多数の応援病理医がやってきて代わりに解剖をやってくれる病院などで、一切解剖をしなくてもよい顕微鏡診断専門の病理医としてひっそりはたらく、みたいなレアな勤務形態は可能である。この場合は解剖をしないので資格も必要ない、でも、そんな病理医を雇おうという病院はあんまりない。

で、まあ国家資格は取るとして、その次の病理専門医。こちらは本当に必須ではない。正直な話、これがなくても病理医として病院に勤務して診断を行うことは十分可能である。より正確に言うと、この資格は「病院に勤務して継続的に病理診断を行ってきたことの証」だ。ポケモンのジムバッジみたいなものである。取らなくてもポケモンを集めて戦うことはできるけれど、レベルを普通に上げて、順当に戦えば取ることができるし、レベルが上がってるならジムリーダーに負けることもまずない。取らないことにメリットがほとんどないので(試験のお金を払わなくていい、とか、書類を書かなくていい、くらいか)、わざわざ取らないままでガマンするものでもない。

むしろこれを取らないと、「病理専門医なんて普通に病理医やってれば絶対に落ちない試験なのに、あえてこれを取らないってことは何かちょっと性格的に偏屈なところがあったりするのかしら?」と邪推されてしまうタイプの資格でもある。別にそこまで言うことはないんだけれど、印象としてそういうところがある。

ぼくは病理専門医を取得する際に試験勉強をしていない。書類を揃えた記憶もおぼろげだし、当日どこでどのように試験を受けたかもほとんど覚えていない。「絶対に受かる」と言われていたので対策をしなかったし、本当に受かった。それはぼくが病院の病理部に常勤して、毎日ふつうに病理診断をしていたからである。


では、病理専門医をとる人がみんなこういう状況で試験を受けるのかというと、そうでもない。


病理医には「診断ばかりする人」もいれば、「大学で研究をしっかりやるタイプの人」もいる。研究は病理医のだいじな仕事のひとつだ。専心してしっかりやらなければいけない。この診断と研究のバランスというのは、病理医ごとに異なる。一方で、病理専門医になるための試験はもっぱら「診断」の部分だけを問われるので、ぼくのように「診断だけやっている期間が4年ほど続いた」人間にとっては本当に楽な試験だったけれど、研究に軸足を置いている病理医にとっては、サブでやっている仕事に対してテストを課されるようなものですごくしんどいらしい。


逆に言えば、現在は研究者をやっているにもかかわらず、資格として病理専門医を持っている人というのは、キャリアのどこかで一度まじめに診断と向き合ったことがあるよ、と名刺に書いているようなものである。偉い。研究ばかりやっているのによく専門医取れたね、努力家なんだな、という感想が自然とわきあがる。病理研究者はほとんどの場合、脳腫瘍なら脳腫瘍だけ、食道がんなら食道がんだけ、肝臓がんなら肝臓がんだけ、子宮がんなら子宮がんだけ(それも例えば子宮頸がんだけ)を研究しており、それ以外の臓器についてはまるで触れる機会がないし病理診断もほとんどしない。でも、病理専門医試験では頭の頂点から足の指の先まで、あらゆる臓器の病気、細胞が出題される。これ、言うほど簡単ではないよ。病理専門医資格をもっている研究者たちはみんな(少なくとも受験当時は)勤勉だったのだ。そして、これがおもしろいところなのだけれど、たとえば食道がんしか扱っていない病理研究者も、たまに、「全身の勉強をしておいてよかったな……」と感じることがあるらしい。研究者というのは深く鋭く切り込むものではあるが、脳のどこかに手広く雑多にアイディアを集めておく資質も必要で、そういった「俯瞰するための力」を養う上では病理専門医という資格はそれなりに役に立つのかもしれない。




長くなったが最後にひとつ。病理専門医試験に落ちる人には2種類いるという。

・本当に研究ばかりしていて診断をあんまりやりたがらなかった人

・大学の上司や同僚などから適切に情報収集ができず(自分で何でもやろうとするタイプに多い)、書類に不備がありまくった人

・なめすぎていた人


3種類だった。すんません

2021年12月2日木曜日

AIの寿命の話

早朝や夜中、つまりは時間外。まわりから話しかけられたり電話がかかってきたりすることがないのを良いことに、仕事のかたわらよく音楽を聴いていた。オルタナ、エモコア、インストゥルメンタル。懐ゲー(※懐かしいゲーム)のBGMや、Lo-fi hiphopを聴くことも多かった。

では音楽にじっくりとひたりながら仕事をしているのかというと、どうもそういうわけでもなかった。高度の集中を要する仕事の最中は、「音楽が鼓膜の手前で引き返すような感覚」に入る。つまりは耳の外で何かが振動していることだけはわかるのだけれど、その音楽の記憶が飛ぶのである。気づいたら好きなアルバムの好きな曲が終わっていた、みたいなこともよくあった。

ところが最近そういうのがぜんぜんできなくなった。音楽を聴きながら何かをすることがすごくつらくなってきたのである。半年ほど前に、偉い人から突然舞い込んだメールの返事を書こうとして、「音楽聴いてる場合じゃねえ!」と思ってイヤホンを耳からはずしたとき、あれ、俺って前はメールの返事も音楽聴きながら書いてたんじゃなかったっけ……と気づいて驚いた。

実際、ぼくがはじめて書いた一般書である『いち病理医の「リアル」』の中には、イヤホンを片耳に入れてバックグラウンドで小さく音を鳴らしながら仕事をしているので、メールの着信があったときにそれにすぐ気づいて、すばやく返事をする、みたいなくだりがある。でも43歳になってこれができなくなった。




なんとなく連想したのは、「Windows update」であった。パソコンのOSはしょっちゅうアップデートをするが、たまに大きな更新があり、デスクトップのデザインまで変わることがある。Microsoftはすぐに「これからはもっと便利に!」みたいなことを言うのだけれど、そして実際、Windowsは年々便利に進化しているのだけれど、更新が終わって再起動を2回ほどかけると、それまでふつうに動いていたはずのメモリがなぜか足りなくなり、挙動が不安定になったり、動きが遅くなったり、ソフトウェア(アプリ)を同時に立ち上げるのがつらくなったりする。

これを思い出した。つまり、ぼくはupdateによってメモリを食うようになってしまったのではないか、と思った。今のぼくが以前のぼくより衰えたとはあまり思わない、むしろ、仕事にしてもプライベートにしても、できることの幅を少しずつ地道に広げてきて今があるとは思っているのだけれど、ここに至るまでに脳内では膨大な量の並行処理が更新され続けていて、「音楽を聴きながら概念を扱う」ために必要な脳内メモリが不足しはじめたように感じる。

このメモリばかりは増設するわけにもいかない。




大好きなマンガ『空に参る』の中で、AIロボット的な存在であるリンジンに「判断摩擦限界」というものが設定されていたことにとても感動した。外環境の情報を取り入れて学習をくり返していくうち、AIの判断の挙動が遅くなる、それが一定より遅くなると人との関わりが困難になり、いわゆる「AIの寿命を迎える」。この設定にぼくはのけぞって感動した。遠い将来、ドラえもんのような人工知能が開発されたとして、きっと「持ち主・飼い主」が寿命を迎えたあともドラえもんは生き残らなければいけない、その本質的なさみしさにオールド・マンガファンは密かに涙していたはずなのだけれど、冷静に考えて、Windows updateのように、電子の知能は更新をくり返して複雑性が増すと急激に使いづらくなっていくものなのだ。つまりAIにも寿命がある。過適応みたいな状態になってハングアップするのだ。それはきっとAIにとっての「痴呆」のような、あるいは「超越した仙人」のような、もしくは「仏」のような状態なのではないかと思う。もし将来のAIに意思が発生するとしたら、そのときAIたちは、自らの脳に寿命を設定して定期的にフォーマットするか、もしくは情報のアップデートをやめてそこまでの知識で生き続けるか、あるいは第三のまだ想像もつかないなにか、を選ぶことになるのではないか。ぼくは仕事をしながら音楽を聴けなくなった。AI、君にもいずれこの感覚がわかる日がくる。

2021年12月1日水曜日

病理の話(602) なぜそれがA病だと思ったのですか

超音波検査をやっている技師さんがいっぱい参加する勉強会に、よく顔を出す。みんなで一緒に勉強をするのだ。


勉強会と言っても、塾に並んで座って教科書を読んだり問題集を解いたりするわけではない。社会人には社会人なりの勉強方法がある。


たとえばとある勉強会では、参加者が持ち回りでホストを勤める。ホスト役の人は、自分の職場で撮像した「超音波画像」をみんなに見せる。先月はA病院のBさんが画像を出しましたね、では今月はC病院のDさんに画像を出してもらいましょう、みたいな感じだ。


ホストは会の最初にこのように言う。


「○○歳男性、健康診断で肝臓に病変を指摘されました。精密検査の超音波画像を供覧(きょうらん)いたします。」


供覧という言葉はほかでなかなか見る機会がないが、要は、「これをみんなで見て考えようね!」ということである。


ホスト以外の出席者は、出された画像を見て考える。超音波検査技師さんたちは皆、日ごろは自分で超音波のプローブ(端触子)を手にして患者にあて、超音波画像を撮っているのだが、勉強会のときは他人が撮った画像を見て考えることになる。


そこで何を考えるか?


映し出されたものが何なのか。診断は何か。それを知るために、どうやって画像を撮ったらいいか。超音波検査は技師の実力によって見え方が変わってくることがあるので、勉強会に出て、上手な人の撮り方を真似するのはとても大事なことである。




出席者たちは次々に発言する。


「この肝臓の病変ですが、私は○○病だと思いました。」


でもこれだけで終わってはいけない。なぜ○○病だと思ったのか、それを、他人がわかるように説明しなければいけない。


画像を見て考えることを一般に「読影(どくえい)」という。レントゲンという「影絵」方式の画像検査があることから、画像を見て考えることを「影を読む」と呼ぶ。超音波検査は超音波を反射させる検査だし、MRIは磁気をあててスピンの変化を見ているので、正確には影を読む検査ではないのだけれど、慣習的にすべて「読影」という言葉を用いる。


そして、勉強会では、読影する際には「根拠」を述べなければいけない。○○病だと思ったから○○病なのです、では通じないのである。個人の頭の中でだけ完結するストーリーで画像診断をしてはいけない。勉強会のキモがここにある。


「なぜ○○病だと思ったのですか?」


「病変のふちの部分がギザギザとしているから、周りにしみ込んでいる(浸潤している)のではないかと推測し、それならば『がん』であろうと考えました」


「病変内部の模様がわりと均質で、ムラがないので、全体が一様な成分から構成されているだろうと考え、それならば『がんではなく良性よりの病変』ではないかと考えました」


読影の根拠をぶつけ合う。参加者がもし、「もう少し違う写真も見て根拠を探したいな……」と思ったら、次の超音波検査の際に、「他人が見ても考えが進めやすい画像の写真を撮ろう!」という気持ちにつながっていくだろう。こうして、他人の撮った画像を見ながら診断を考えて、勉強する。



なおぼくの役割は、最後のほうで出てきて、手術で採取されてきた病気の正体を「病理学的に」あばきだし、超音波画像でなぜ「あのように」見えたのかを解説する役目である。「ホストを除けば一人だけ回答をしっている男」みたいな立場になることが多い。でもそればかりだとつまらないので、ときどき、病理診断をあらかじめ教えてもらわずに、みんなと一緒に超音波画像を見て考えるようにしている。こういうのもいずれ病理診断の役に立つ。