2022年5月13日金曜日

病理の話(655) 病理医にとっての緊急案件

患者さんからとってきた臓器の全部や一部に、さまざまな処理をしてプレパラートにして、顕微鏡で見るのがぼくら病理医の仕事である。


で、この仕事、「処理工程に時間がかかる」のが弱点だ。目の前で苦しんでいる患者がいて、そこから細胞を採取して、「オラッ すぐに見るぞ!」と言っても、プレパラートの準備には、薬品が浸透する時間などによって最低でも丸一日かかる。


だから病理診断は超特急の検査としては使えません。


もっとも、「丸一日」を短縮するための努力なら、ある。手術の最中に「迅速組織診」という判定を行うときは、普通なら薬品を使うところを「凍結処理」ですませてしまう。これによって1日かかるはずの工程がなんと15分程度で終わり、ただちに顕微鏡で見ることができる……。


……のだけれど、このときのプレパラートの質はとても低い。そこにがんがあるかないか、くらいはなんとか見分けられる(でも難しい)のだけれど、そのがんが「どのようながんか」は、判別できなかったりする。やはり、「本来必要な処理をぶっとばす」ことには無理があるのだ。


というわけで、原則的に、検体を採取してから病理医が顕微鏡で見るまでの間は1日くらい時間をかけたほうがよい。


ところで病理医は一度に何十人もの患者のプレパラートを相手にするが、これらをぜんぶ同時に見て考えられるわけではない。「検査室に持ってきた順番」にしたがって番号をふって、その番号順に顕微鏡を見ていくことになる。

たとえばぼくが月曜の午後に見るプレパラートの枚数は、150枚~250枚くらいだ。これだと、仮に、1枚30秒で見たとしても2時間かかる。しかも数枚見るごとに(=患者ごとに)「診断文を書く」必要があるからその時間も計算しなければいけない。もっというと、診断が難しい患者の場合は1枚30秒では到底おわらない。

したがって、ぼくが月曜の午後に仕上がったプレパラート(150枚~250枚)を見るのに、だいたい……平均して4時間くらいかかる。ちなみに10年目くらいの病理医だと、この量を見るのに12時間かかる。こないだ病理診断をはじめた研修医だと、プレパラート10枚見るのに2時間かかるから、250枚だと50時間かかる計算だ。

ここで言いたいのは「ぼくが早い」ということではない。医師20年目のぼくが診断しても、ある日しあがったプレパラートをはしからはしまで見るのに、「検体作成終了から4時間くらいかかっている」という事実のほうだ。「ぼくくらい早くても4時間かかる」ということを意識しないといけない。「プレパラートって1日でできるんでしょ?」というのは所詮は理論値にすぎない。実際にはもっとかかる。

で、ほかにもいろいろ、追加検査うんぬん、みたいな話があって、たいていの病理ラボでは「検体をとってから診断が帰ってくるまでに1週間くらいは覚悟してくださいね」という告知を出している。



ね。病理診断ってけっこう時間がかかる。

それがわかっているから、数日単位で急ぐようなケースでは、主治医はそもそも病理診断をオーダーしない。

正確には、病理診断を病理医に進めてもらっている裏で、診断が付く前にさっさと治療を開始している。だから病理医はそこまで急ぐ必要がない……ことが多い。

これが、俗に、「病理医の働き方はフレックス」と言われる理由である。平日の日中に、患者さんや主治医が病院にいる間にどうしても働かなければいけないわけではない。自分のライフスタイルにあわせて、夜間や、土日に、ゆっくり診断しても十分に人びとの役に立てるというスンポーなのである。




それはそれとして、ぼくは日ごろ、めちゃくちゃ急いで診断をしなければいけない案件を主に取り扱っている。

「病理診断に時間がかかるのはわかっています! わかっていますが! この病気は、病理診断で、○○タイプの□□病、というところまで決めてくれないと、治療がはじめられないのです! 数日単位で患者はどんどん悪くなる。ああ、1日でも、1時間でも早く、病理診断できませんか?」

というケースが、まれにあるのだ。逆に言えばまれにしかないのだけれど、まれにあるのだ。


Q. 「それって、がんってことですか?」


A. いえ、たいていのがんは、数日どころか、2か月くらい待つことも十分可能です。ただし、まれに、「数日単位で悪くなるタイプのがん」もある。さらに言えば、がんでなくても、数日単位でどんどん命に危険がせまる病気もほかにいくつかある。


そういうのは、主治医がピンとくる。で、ピンと来たらどうするかというと、真っ先にぼくに電話をかけてくる。なんなら外来で、患者さんの目の前で、ぼくに電話を……いや、さすがに患者さんは別室で待たせている(と信じたい)けれど。


主治医「あ、市原~? 今いい?」

ぼく「(タメかよ)いいよ~」

主治医「急ぎでさー」

ぼく「(病理診断用電子カルテを開いて待つ)あいよー」

主治医「IDが1234567の人なんだけどさーこれ40分後に検体出したらいつ結果出せる?」

ぼく「おk いい時間に検体出してくれてありがとう。ちょっと待ってね技師さんと相談する、どこまで結果ほしい? 主診断? サブタイプ?」

主治医「ベストはサブタイプ」

ぼく「おk」

主治医「じゃあとで電話ちょうだい」

ぼく「いやもうわかった 明日の午後に第一報 明後日の昼14時に第2報でファイナルレポート出すわ」

主治医「りょ」(ガチャ)



こういうことをたまーにやります。病理医がひとつの病院に常勤している意味ってこういうところにある気がする。あと技師さんいつもありがとうございます。なるべく時間外には働かなくて済むようにこれからもがんばります。

2022年5月12日木曜日

タイムマシンの価値

昔に戻りたいと思ったことは残念ながら一度も無い。ただ、忘れてしまいそうな昔の風景を、もう一度目に焼き付けて、これ以上忘れないようにしたいと思うことはある。そのためにならタイムマシンに乗りたいと思う。


大学時代によく通っていたのは、札幌市北区、地下鉄南北線・北18条駅から徒歩2分の「カネサビル」である。客のほとんどは北海道大学の学生、通称北大生で、ほかに近隣の大学や専門学校の学生も出入りしていたとは思うが、基本的に北大生、雑居ビル内のどの飲み屋にも北大生がパンパンに詰まっていた。ビルとは言うが2階までしかなく、エレベーターもなく、1階には入ったことのないカラオケスナックや居酒屋、飲み屋があって、でも当時は1階の店には一度も入ったことがなかった、店の名前も茫漠として全く思い出せない。狭く危険な階段を上がった先に、さらに4軒の飲み屋があって、その4軒にはそれぞれ入ったことがあった。どこがどこだったのかは一部記憶がおぼろげであるが、右奥にあった通称「つくし」と、左真ん中にあった「ばっぷ」の2軒に私は居着いていた。剣道部の先輩たちに連れられて入った「つくし」は、ママさんが一人で切り盛りしているメニューの多い居酒屋で、カウンターよりも畳の小上がりが人気で、かますチャーハンや米米チーズ、ナスときのこのチーズ焼きなどを好んでオーダーしていた。基本的にはビールをビンで飲んでいたが場が温まるとなぜかよく「一の蔵」を飲んでいた記憶がある。


金曜日の夜、剣道の稽古が終わるのが夜9時、そこから片付けて「つくし」にたどり着くとスタートは9時半。晩飯を食い酒を飲むと当時11時半だった終電までにお腹がいっぱいになることはなかった。先輩達はほぼ全員が大学のそばで一人暮らしをしていたが、当時まだ実家から通っていた私は途中で帰らなければいけないのが嫌で、実家から通えるにもかかわらず大学周辺に貸間を見つけて、家賃17000円の部屋で暮らすようになった。風呂なし、シャワー・トイレ共同、8畳一間で水道しかついていない小さな流しがあり、ドアにはボタンをプッシュするタイプの、いまどきトイレでも見なくなったチープなカギがついていた。貴重品は絶対に部屋の中に置いておけなかったが、貴重なものを持ち込めるほど金のある人間はあそこには住まなかったと思う。そんな部屋でできることなど何もないから私は次第にカネサビルへ足を向ける頻度が増えた。


剣道部員と行くときはとにかく「つくし」、それに対して一人で飯を食って酒を飲むときはもっぱら「ばっぷ」であった。「ばっぷ」はとにかく小さい店だった。引き戸をあげるとすぐ小上がりになっていて、その奥に「掘りごたつ」のように足をつっこむカウンターがあって、カウンターの向こうはマスターの作業するスペースだ。客がいていいスペースはせいぜい8畳程度だったのではないかと思う。そこは小さな秘密基地だった。明かりが必要以上に暗くないのがよかった。入り口に小さな靴置きスペースがあり、そこで靴を脱いで少し高くなった床の小上がりスペースには四角い座卓が2つあって、座卓にはそれぞれ4人ずつ座るともう店はいっぱいだ。たまに友人が友人を連れてくると貸し切り状態であった。私は部活の稽古がなかった火曜日や木曜日の夜、あるいは稽古があっても家に帰りたくない水曜日の夜遅くに「ばっぷ」を訪れ、小上がりをやりすごしてカウンターに一人で座って、マスターの作るキムチチャーハンを食ったあとはマイヤーズ・ラムをひたすらコーラで割りながら何時間もそこにいた。マッドマックスの1作目を見たのも、水曜どうでしょう・西日本カブを見たのも、NYのツインタワーに旅客機が突っ込んだのを見たのも、一人目の妻と出会ったのもすべて「ばっぷ」の店内だった。私は大学4年のときに東日本の大会で団体優勝し、その後、秋に剣道部の主将になるのだが、大晦日の直前あたりで医学部剣道部に稽古をしにきていた近隣の女子大の学生に反旗を翻され、「もっとゆっくり明るく楽しい剣道をする部活にしてほしい、ついては主将の稽古は厳しすぎるから剣道部をやめてほしい」と言われて何かどうでもよくなってしまい剣道部をやめた。その際、歴代の主将たちが私をなぐさめてくれたのも「ばっぷ」の店内だったし、明るく楽しくなった剣道部からなぜか女子部員たちが大量に辞めた次の年の春、私が主将だったときに副主将だった、今は新しい主将となっていた後輩が私と話したいと言って、「もう一度剣道部に戻ってきてくれませんか」と言ったのも「ばっぷ」だった。


「ばっぷ」のマスターはずっと「ばっぷ」をやっていたが、その後、とつぜん隣にあった「多良福」という店をなじみのママから買い取って、軽く改修して「タラフク食堂」という名前で新たに居酒屋をはじめた。旧「ばっぷ」は誰か知らない人に引き継いだのだようで、その後も長いこと「ばっぷ」のまま営業していたが、私は店には憑かず人に憑くタイプだったので「タラフク食堂」に通うようになった。このあたりの時系列はもはやよく覚えていない。私は「タラフク食堂」でもたまに朝まで飲んだりしていたと思うのだけれど、どの話が「ばっぷ」時代で、どれが「タラフク」時代なのかがこんがらがってきている。


大学院を卒業するころには次の人生が待っていた、荒波に揉まれているうちに波濤に洗われるように20代の記憶は失われてしまった。唯一こうして語れる「ばっぷ」とその周囲のことについても、じつはもうほとんど忘れてしまっていて、上に必死で書き起こしてみた内容以外、多くのことが脳から散逸してしまった。こんな、1日でブログに書ける程度のことしか経験しなかったわけではないのだが。

2022年5月11日水曜日

病理の話(654) いまどきの病理解剖

病理医って、あまり知られていないかもですけど、ときどき「解剖」をやります。


解剖って何をやるの、とか、何のためにやるの、みたいな記事をよく見ます。そこにはたいてい、「死因をあきらかにする」とか、「まれな病態を解明する」みたいなことが書いてある。その通りです。あってる。

ただし、実際の現場で行われている病理解剖はもっとはるかに豊かな意味を持つんですよ。今日はそういう話をする。



解剖は、「なんかちょっと診療がずれていったんだよなあ」の「ズレ」を補正するものである。




たとえば、ある病気だと診断が付きます。それは「がん」だったり、心臓・血管にかんするものだったり、脳神経にかかわるものだったり、ほかにもいろいろ、いっぱい。

「診断が付く」と、そこで治療法がぜんぶベルトコンベアーみたいに運ばれてきて、あとはなんか自動的に、ペッパー君が配膳するみたいに医療が進んでいくかというと、ぜんぜんそんなことはないわけ。

この薬は効くと言われてるよ~(かの有名な「エビデンス」があるよ)ということで、ある病気にある薬を使ったとしますね。

すると、その薬の効き方って、じつは毎回違うんです。めちゃくちゃしっくり効く(言い方)こともあるし、効きはいいんだけど副作用がけっこう強いなんてこともある。

なんかむくんでくるんですけど、とか。肌がかゆくなったわ、とかね。

そのつど、医療者と患者は相談をして、この薬よく効いてますけど少し減らしましょうかとか、似ているけど少しメカニズムが違う別の薬を試してみましょうか、とか、「副作用はそこそこつらいけどがまんできるからやってみたい」というなら、副作用を減らすためのコツをお教えしますので、このまま飲み続けてみましょうか、とか、そういうことをずっとやっていく。


「エビデンスを持ってきて何かをしました」で臨床は終わらないんです。昔、「恋愛はキスでは終わらないのよ」みたいな名言がありましたけどそれと似ています。「医療はエビデンス通りの処方では終わらない」のですね。すみません似てはいませんでしたけどね。

「その先」がある。

ずっと調整し続けることが必要。




医療現場でこのように、さまざまな「現在進行形の治療」が行われて、患者と医療者がずっと二人三脚でやっていくわけですが、そこで、どうやっても調整がうまくいかないことはある。

普通、この病気ならば、あの薬もこの薬も効くことが多いのに、今回に限ってはぜんぜん効きが良くないなあ、とか。

これまで順調だったのに急に具合が悪くなってしまった、医療者も患者もまるで予測できなかった、とか。

ときには、患者も医療者も診療の進み方にはすごく納得しているんだけど、検査のこの結果だけ、どう解釈したらいいかわからないまま、長年わりと無事にようすを見ている病気、なんてのもあるのです。


つまりはこう……ズレとか欠落みたいなものが、現場にはいっぱい存在する。


そして患者さんが亡くなるとする。そのとき、残された医療者は、生前の患者さんの意志を継ぐ意味でも、未来の患者さんに対してまた似たようなことが起こったときにどうしようかと考える意味でも、「ズレたこと、わからなかったこと、見えなかったこと」をそのままにしておきたくないんです。


だから病理解剖をする。


患者さんが生きている間、医療者は、患者の体内で起こっていることを、あたかも壁に耳を当ててとなりの部屋の音を聴くようなイメージで探ろうとします。臓器を直接手に取って見るのではなくて(それをやったら死んじゃう)、検査データや画像データ、診察の結果、そして何より患者さん自身のうったえをよく聞く。間接的に見て、間接的に触るのです。


それでわからなかったことを、解剖で深掘りする。臓器を直接手に取って見る。細胞を顕微鏡で拡大する。遺伝子やタンパク質の異常を深く調べる。壁を破って答え合わせをする。


このことを「死因をあきらかにする」とか、「まれな病態を解明する」と、ひごろは近似して説明しています。でも本当は、もう少し細かい疑問にも答えようとしている。



「なぜこの患者さんは生前、腎機能が、説明の付かないレベルでずっと悪かったのだろう?」


「なぜこのがんは、珍しい場所に転移したのだろう?」


「なぜこの病気は、治療にまるで反応しなかったのだろう?」






さてとまだまだ言いたいことはあるけれど、最後に「あるあるのエピソード」をひとつ。


病理解剖をしたからと言って何がそんなにわかるの? いまどき、CTもMRIも強力だから、わざわざ臓器を直接手に取らなくてもいいじゃん。みたいなことを言う人がいっぱいいますし、じつはぼくもときどきそう思っています。

ただ、ぼくらが解剖をやるとき、「非常によくある」のは……。

解剖がはじまって、臓器を取り出すためにぼくが手を動かしている最中は、主治医といっしょに患者さんのあれこれを振り返るトークをします。手術中の医者が周りと会話するみたいなかんじで。

この、トークの段階で、大きな疑問や小さな疑問が次々と解決していく、ってことがあります。まだ臓器を見る前に、会話だけで。

臓器を取り出し終わるころには、臨床医も病理医も、なんというか、「一段進んだステージ」にたどり着いていることがある。本当によくある。

そしてぼくらはこんな会話をする。


「ああ、生前にここまで考えておきたかったなあ」

「いえ、でもそれは、先ほどもお話ししたように、生きているうちはどうやってもわからないことなんですよ」

「たしかになあ……だとしたら、生きているうちに、この考えにたどり着くためには、いったい何を検査すれば良かっただろう?」

「それを知るためにも、今から臓器を実際に見て、顕微鏡でも見て、体の中で本当に起こっていたことをより細かく明らかにしてから、後日、じっくりとカンファレンスをしましょう」

「そうしましょう」


何が言いたいかというと。

「病理解剖の一番のメリット」についてなんですけど。

「普段ちがう仕事をしている病理医という職業人が、主治医と患者の二人三脚の様子を、別の角度から俯瞰してコメントしようとすること自体に意味がある」

と思うんですよね。



会話するだけ? なら解剖しなくていいじゃん、会議でいいじゃん、と思いますか? いやあ、違うんですよ。臨場感がぜんぜん違う。言語化が届かないレベルの、「精細な臨床の絵面」を、死んだ後も患者を見るプロである病理医が実際に「診察」して「検索」していく。そうするとまるで見えてくるものが違うんです。

長くなるからこのへんにしときましょう。今日は疲れたね。だから最後に豆知識をどうぞ。



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2022年5月10日火曜日

マイクに直接イヤホンつなぐってなんか変じゃないっすか

職場でZoom会議をやる。症例検討会もやる。学会の準備もあるし、書籍にかんする悪巧みも多い。そういうのを今まで、安物のヘッドセットひとつでこなしてきた。


しかし今回、とうとう!


マイクを買った!


高いヤツだ。すごくよさそうなやつだ。オーディオテクニカのAT2020USB+、という。16000円以上する。ついでになんか吐息を防ぐシールドみたいなやつと、あと、万力でデスクに固定するアームみたいなやつも買って、マイクを目の前にぶら下げられるようにした。これを導入したのにはわけがある。「日本医学会総会」というでかい学会の準備にあたって、ぼくが何か、音声を使ったコンテンツをやらなければならない……かもしれない、ということで、今までよりも一段よい種録環境が必要になったのである。


で、実際に、このマイクを付けて、ためしにZoomの機能を使って音声のリハーサルをしてみた。すると。


背景のノイズがけっこう気になる。


というか、自分が動く時の衣擦れの音すら拾ってしまっている。なんだこれは、ぜんぜんだめではないか。どうしたんだこのマイク?


……と思っていろいろ調べると驚くべきことがわかった。このマイクは、ラジオ局のスタジオでも使えるほどの高性能で、非常に優れたマイク性能を持っているために、かえって、環境の音をバカスカ拾ってしまうのだという。


だったら安いマイクのほうがよかったではないか!


人に尋ねながらいろいろ聞いてみると、このマイクにはいちおう「この方向からの音ならよく拾うという指向性があるらしい。向きを微調整するのと、あと、Zoomの昨日でノイズを軽減させることで、なんとかきれいな音声が拾えそうな目処がついた。



考え込んでしまう。最近は、ものを選ぶときに、「一番安いやつじゃなく、それなりにいいものを買った方が、長い目で見たときにお得なことが多い」的なことばかり考えていた。外出をしなくなってモノを買わなくなった分、いざ、何かを買うときには多少奮発してでもいいものを買えばいいとばかり思っていたのだ。


でも、マイクという沼……ぼく程度のこだわりのない人間が、さまざまな用途ごとに細かく調整された、専門性の高い領域で、値段が高めであるという理由だけでマイクを選んではいけなかったのである。初心者は初心者らしく、エントリーモデルをもう少しきちんと選び抜くべきだったのかもしれない。だいたいこの16000円もするマイクなんて……



と、ここまで書いて、ふと思いたってマイクの相場を調べてみたところ、たしかにこれより安いマイクは山ほどあるのだけれど、今回のマイクも別に高級品ではなくて、わりとわかりやすいエントリーモデルであった。うーむ。こんなに考えることがいっぱいあるのに、初心者向け、なのか。ぼくは考えこんでしまった。



「わかりやすい医療情報」とかも、ふだん、医療にあまり興味のない人からしたら、ぼくから見たマイク情報なみに、細かくてよくわからん、ってことになっているんだろうなあ。

2022年5月9日月曜日

病理の話(653) ビョウリイングイレブン

いくつか並行して病理AIの研究をしている。うまくいったり、もう少し工夫が必要だったりする。


今や、病理AIの研究者の数は国内に数百人、いや、数千人くらいいる。誰もが使えるオンラインのプログラムで、めんどくさい部分をすっとばしていきなり研究を始められるから、昔ほど専門技術がなくても気軽に研究できる。Nintendo Switchで、子どもでもプログラムっぽい何かができるソフトが出ているのをご存じだろうか? 要は、ああいう感じに近い。学会で「AIを使って何かを成し遂げました」は珍しくもなんともない。ぼくが共同研究者と出している論文の数々も、AI研究に先鞭を付けた人の手間に比べれば、何十分の一くらいの時間しか使っていないし、内容は昔よりはるかに高度だが、同じようなことをしている人たちが国内外にいっぱいいるので、あと半年もしたら古い内容になる。

では、片手間でできるほどの仕事だから研究しない(若い人にまかせる)、とか、いずれ古くなるから研究しない(若い人にまかせる)、という選択肢はあるだろうかというと、ない。ぼくはこの研究をかなり楽しんでいる。

今やっているAI研究がそのままの形で未来の医療に組み込まれることはあり得ない。だから、直接的に「患者のために」やっているのとはちょっと違うようにも思う。それでもぼくはAIの研究を続ける。なぜならAI研究を通じて病理診断自体が深化していく、その過程を目撃することができる状況が、あまりに「おいしい」からである。

これ、何かに例えることができるだろうか。




サッカーのゲームでウィニングイレブンというシリーズがある。

ぼくはたしか大学生くらいのときにはじめてプレイした。今はもう複雑になりすぎていてついていけていないのだけれど、昔はだいぶやりこんだ。

ウィニングイレブンはとてもよくできたゲームだ。昔のサッカーゲームと違って、登場する選手たちにちゃんと個性がある。それも、足が速いとか、ジャンプが高いといった、わかりやすい個性だけではなくて、パスを失敗しやすいとか、トラップが大きくなりやすいとか、それ、どうやってプログラムしてるんだろう、という細かい部分がきちんと再現されている。

しかし、再現されているとは言っても、「所詮はゲーム」だ。昔、ぼくがウィニングイレブンをプレイしていたときには、人間ではあり得ない角度のドリブルを無理矢理させて、人間なら上がらないであろうタイミングでのクロスボールをあげさせて、人間ならそんな頻度ではできないであろうダイビングヘッドをめちゃくちゃやろうとしていたし、そういうことが実際にできた。

ところが、ウィニングイレブンがシリーズを重ねるごとに、そういう、「人間であればできないはずの動き」はゲームでもだんだんできなくなっていった。

おそらく、開発陣は、常に最高のサッカーゲームを作ろうと思ってその都度最新のプログラムを組んで、世に出して、みんながそれを遊んで、そこで出てきた「実物と比べたときの違和感」や、「ある程度ファンタジーだけどゲームでしか楽しめない部分」のバランスをずっととり続けてきたのだろう。

おかげで今のウィニングイレブンはかなり「リアル」である。もちろん現実のサッカーとはいつまでも別モノであるが、「ハァ? ゲームと現実は別じゃん」という評価では収まらなくなってきている。もうちょっとなにか、別種の、違う関係になりつつある。

「このディフェンダーの動きはゲームだからこうやって反応できるけど、実際には人間はこのタイプのドリブルに対してこういう反応は難しいよな」とか、「ゲームみたいにサイドバックがこの動きをずっと繰り返せりゃいいけど、実際には途中で心が折れたりするんだよな」みたいなことを、かなりリアルなゲームをやっている間中、たまに考える。これはサッカーの素人であるぼくが言うことではなくて、先日、小学校から社会人までずっとサッカーをやっていた同い年の友人が教えてくれたことだ。「ウィイレやってるとさー、自分のサッカーを振り返ることもあるんだよな。」


友人がそう言ったとき真っ先にぼくが考えたのが病理AIのことだった。「病理AIやってるとさー、自分の病理診断を振り返ることもあるんだよな。」

AIが行う診断のメカニズムも結果の出力方式も、ヒトのそれとは違う。違うが、一部、似ている部分がある。AIが進化するにつれて、だんだんその「リアルさ」がヒトに近づいて来た。ただし、近づいてはいるのだけれど、そもそも病理AI研究者は(ぼくもふくめて)ヒトの診断が最高のものだとは思っていない。よりよい治療、よりよい医療のために、AIを研ぎ澄ませてどのようなアウトプットをさせたら一番役に立つかということを考えていた結果として、「ヒトとは違う診断方法」を残したまま、AIはパワーアップしていく。そういうのをぼくは、研究をしながらじっと見る。見て、「うっ、これ、人間だったら絶対やらない方法をとっているけれど、それでこの精度で診断できちゃうのか……」なんてことをよく考える。

「人間だってこのやり方で診断しようと思えばできるはずなんだけど、現実的に、これをやると、現場でこれこれこういう不都合が起こりそうだから、人間はやらないんだよな、でも、AIはこれをやる、なぜだろう?」みたいなことも考える。

ウィニングイレブンをプレイしながら、実際のサッカー選手が自分のプレイを振り返るときのように、ぼくもまた、病理AIの研究をしながら、自分の診断の可能性を振り返っているのだ。これはちょっと楽しすぎてうけるぞ。みんなももっとやればいいのに。

2022年5月6日金曜日

紅歴史

ときおり本を読むのだけれど、最近はよくないことに、ついイヤホンを用意して音楽をかける。

気が散る。

歌詞があるのがよくない。口ずさんでしまったりする。文章を目で追いながら、気もそぞろになって、いつまでも同じ行を何度も行き来していたりする。

Lo-fiのchillならいいか、みたいに途中で切り替えたりもする。この「音楽の切り替え」の時間でまた、集中が途切れてしまう。


そもそも、読書の最中には音楽は必要ない。

しかし、最近はつい音楽をかけてしまう。どうしてだろう。

もともとは車での移動中に音楽を聴いていた。けれどもちかごろはあれもこれも、聴きたいPodcastがいっぱい増えてしまって、移動中はほぼフルでPodcast漬け。だから、音楽らしい音楽を聴かなくなった。

「読書に使えるくらいの自由時間」があると、本を手に取りながらも、つい、「音楽聴くのだって今しかできない」みたいな気持ちが湧いてくる。

「今この瞬間はこれだけをやろう」という時間の使い方ができない。

ある種の貧乏性だ。せっかくの空き時間だから、あれもこれも……。



こうして考えているうち、ぼくは、昔から脳内にすごくわかりやすい「あこがれイメージ」があったことに気づいた。

大柄で引き締まった体型の老人。ログハウスにいる。暖炉の前でアームチェアに座っている。小さなテーブルに、ロックグラスが置いてあって、氷は入っていなくて、中にはウイスキーか何かが少し注がれている。横に大型犬が寝ている。老人はカバーのついていない文庫本を読んでいる。それはきっと五大陸がまだ踏破されていなかった時代の冒険記か、もしくは戯曲の台本だ。

椎名誠なのか、高倉健なのか、元は武闘派だったはずの大きな男性が黙って本を読んでいる姿に、ぼくはずっとあこがれていた、しかもそれにあこがれていたことを今日までずっと忘れていた。今を去ること二十年ちょっと前、ログハウスではなく、アームチェアもない、一人暮らしの安いアパートで、毛足のやや長い安物のラグを買い、座椅子を置いて背もたれにして、何かちょっと「そういう格好」がつくような時間を過ごすためにどうしたらいいかと若いぼくは試行錯誤を始めた。ラグと座椅子を同時に使うとほこりがたまって面倒だ、ウイスキーを飲みながらの読書だとすぐに眠くなってしまうとか、暖炉の火がはぜる音の代わりになるのは何だろうとか、どういう本を読むと一番絵になるのだろうかとか、そういう微調整をし続けているうちに、いつしか、心の芯の部分にあった根源的なあこがれみたいなものの周りに大量の蔦が生えて、ログハウスは森に飲まれて見えなくなってしまった。



あこがれを満たすための読書。内容を必要としない読書。ガワから入ったぼくは、しかし、あれもこれも試し、あこがれからの遠ざかりを自覚することもなく、多忙にかまけて本を全く読まなかった日々をまたいで、元のあこがれを忘れて、惰性で本そのものに没入することにいつしか小さく喜ぶようになっていた。しかし、おそらく、根っこの部分がまだ欲望を失っていなくて、ぼくはおそらく言語化する前の粗い感情の部分で、本を読むときに暖炉の火がパチパチはぜる程度の音がないのは「あのイメージに反する」とぼんやり感じているふしがある。いまだに戯曲の台本は読む気がしないし、冒険記も、古い翻訳ものだと途中で文体にゆさぶられて眠ってしまうのだが。

2022年5月2日月曜日

病理の話(652) 昔より今のほうが大変なら昔話をしている場合ではない

かつての医学生が大学で習った「ゲノム」の知識。今や、中学や高校の理科で習うのだという。すごいな、将来生命化学をやらないであろう人が山ほど受講するカリキュラムで、ここまでやるんだ……。

「免疫」あたりもすごいぞ。B細胞とT細胞とNK細胞、そして樹状細胞やマクロファージの話が定期試験に出ると聞いた(YouTube動画でもそういう試験対策があったりする)。「はたらく細胞を読んでおかないと生物の試験が解けない」みたいなレベルである。


一方で、物理、化学、数学の教え方は、予備校が出している動画とか、書店に並ぶ参考書をぱらぱらめくってみる限り、昔とほとんど変わっていないように見える。細かいところでは、数学Cがなくなっているみたいな違いがあるのだけれど、ごく一部の超絶受験大学で扱う難問が変わったという話を無視すれば、昔も今もだいたい一緒だ。

英語や国語はどうかな……骨子は変わっていないが要素が変わっている、みたいな感じかもしれない。


こうして考えると生物は特別だなあと思う。必修レベルで求められる知識、その内容はもちろんだが、なにより量が20年前とは雲泥の差である。めちゃくちゃ増えた!

生命化学は、年単位でどんどん積算されていく情報を扱う分野だ。あたかもWindowsパソコンが20年前と今とでは搭載している容量が何千倍も違う、みたいな話である。



「理系科目だと生物かもしれないけど、社会はどう? 社会だって変わったじゃん、特に歴史とか。」

たしかに、歴史が積み重なれば、社会で習う内容も右肩上がりに増えていくよな。昔話だけど、高校で日本史を選択したとき、「近代」の項目が異常に多くてびっくりしてしまった。

「いくやまいまいかやおてはたかやき」。

伊藤博文、黒田清隆、山県有朋……頭文字で無理矢理覚えながら、「これって、総理大臣が増えるたびに、暗記する内容も増えるってことだよな」と呆然とした記憶がある。

その意味では生物は社会と似ている。証拠の積み重ね、経験の参照、過去をひもといて未来に備えようとする姿勢。



今日は「病理の話」なので、病理学とか病理診断の話をここにくっつける。病理医が習わなければいけない内容もまた、かつてより確実に増えている。「中学・高校生物」がどんどん複雑になっていくのと同じ事だ。

かつて、病理医になってから論文などで勉強した全エクソーム解析、エピジェネティクス、マイクロビオーム、これらはもはや医学生向けのテスト問題に出るのだからびっくりする。研究的な話だけではない。「自己免疫疾患と自己炎症疾患の違い」、「ピロリ菌未感染胃に出現し得る病変の鑑別」、「免疫チェックポイント阻害剤を使うにあたって必要な外注検査の種類」。ちょっと前まで学会・研究会で目にした内容だが、いまや、「ごく普通の病理医が知っておかなければいけないこと」だ。研修医・専攻医(専門医を取る前の人)のうちから勉強しておかなければいけない。さらっと言ったけど大変なことだ。


昔よりいっぱい勉強しなきゃいけないんだね~、で話を終わらせるつもりはない。


そもそも研修医や専攻医と呼ばれる「タマゴたち」が病院で過ごす時間は、昔より減っている。自分の生活や家族との時間を圧迫するようなブラックな勤務・研鑽がだんだん許されなくなってきた。それ自体はいいことだ、人生も華やかになるだろう。でも、当のタマゴたちは困惑している。

「覚える内容が多いのに勉強時間が減ってる、これ、どうしたらいいの?」

できるだけ早く独り立ちしたいけれど、病院がそんなに働かせてくれない……と、空回りしてしまう若者たちもいるようだ。


でも、焦ることはない。ていうか、もう、個人の努力でどうにかしようなんて、物量的に無理である。

はっきり言って、今の病理学は、2年(初期研修修了)とか5年(後期研修修了)とか、なんなら7,8年(専門医取得)ほど死ぬ気でがんばったところで、絶対に履修しきれない量になっている。

月に何回徹夜しようが、365日連続勤務を何年も続けようが、無理。

となれば……以前と同じ価値観で、専門を急いで極めようとしなくていい。

「病理専門医をとれば一人前、病理専門医をとるまえに必死に勉強してあとは悠々自適」みたいな考えで、自分のキャリアプランを狭めないほうがよい。



かつて、若いうちに急いで医学・医術を極めるにあたっては、休日出勤、夜討ち朝駆け、病院に泊まり込むくらいの気合いが必要だとされてきた。実際ぼくもそうやって、早く「一人前の病理医」になりたいと願った。10年そうやって頑張って、体も家庭もぼろぼろだが、ようやく一人前になれたかなー、と思わなくもなかった。

しかしそこには落とし穴があった。10年間徹夜で勉強している間も医学は進歩しており、技術もまた10年分先に進んだ。つまり、長い医者生活の「たかだか最初の10年」で体を壊すほどがんばって勉強をしてたどり着いた場所は、そもそも、「最新の病理学」のごく一部でしかなかったのだ。

じゃあ、さらに10年、同じペースで働けるか? 無理だと思った。思ったというか、体が追いつかなかった。20代のつもりで徹夜をしても効率はそれ以上あがっていかない。


じゃあ、どうする?


病理医という仕事は、脳だけでしっかり貢献することができる(立ち仕事・体育会系の仕事とは異なる)ので、70歳になってもキレ味衰えることなく働ける。「勤務寿命」が長い。そうやって、「上」が長く病院で働ければ、下の人たちの業務は程良い量に抑えることができる。ぼくはここにひとつの解決方法が見えると思っている。

そもそも、下の人たちがあわてて一人前になるなんてないのだ。「上さえきちんと働き続けてくれれば」。

しかも……。

病理医として最低限の知識を(古いとは言え)身につけている「上」こそ、最新の医学を常にアップデートすることにおいては若手よりも楽な環境にいる。

だったら。

若手よりも楽に勉強できるくらいに「上」になったのだったら。

若手が困っている雑用や、勉強にならないけれど必要な業務を、「上」がどんどん代わってやるべきだ。残業するべきは「上」である。若い人のタスクを引き受けて、少しでも若手が勉強できるように、「上」が汗をかけばいい。



大きく肥大した、病理診断という学問の世界。ここをそぞろ歩く上で、もっとも大事なのは、「自分ひとりの努力でどうにかしようとしない」ことだ。周り、特に「上」と連携して、知識や労力を補い合うことだ。いざというときにオンラインでもオフラインでもいいから「一番詳しい人」に秒で繋がれる環境にいることだ。

一人前になんて一生なれない、それが令和の病理学である。「みんなでスクラムを組んで一人(?)前」ということを、しっかりと理解する。

自分一人で学問をしょいこむような気持ちになって、自分ばかりが徹夜徹夜とやる必要はない。というか、やらないほうがいい。年を取っても長く働けるように、自分が一生勉強し続けられるだけのペース配分をするべきだ。

短距離走では42キロは走れない。徹夜と休日出勤で42年(28歳で大学院を出たぼくが70歳まで勤めれば勤務は42年である)はもたない。

マラソンの気分で一生勉強をする。膨大になった医学の知識を自分がすべて背負うなどというはかない夢を見ない。「俺一人では無理だが、俺たちなら別だぞ」という関係をきちんと作る、そのために必要なのは……。

いくつになっても勉強を続けるタイプの、若手の業務量に応じて仕事を調整して初期の勉強をしっかり整えてくれる、話のわかる上司。




その上でなお、徹夜したいという若手もいる。ま、わかるよ。やれるとこまでやってみな。でも、無理はしないで。